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 かくして、この国で初めての鬼族主催の『ぱぁりぃ』が開かれた。


 会場は王都の貴族街にあった空き屋敷を買い取り、鬼族総出で準備にあたった。

 主催者であるネネと義父のヤマーダ伯爵は、おろしたての装束(しょうぞく)に身を包み、それ以外の鬼族は男衆(おとこしゅう)は紋付き黒装束に、女衆(おんなしゅう)は色鮮やかな浴衣という姿であった。


 招待客を出迎えるのは、うずたかく積まれたサッパたわあ――生のサッパをうずたかく積み上げることは無理だったので、やむなく酢漬(すづ)けにして、その小壺(こつぼ)を天まで届けと積み上げた。すごい威圧感だ。さらに隣のテーブルに申し訳程度の高さに積まれたサッパ(※ナマ)たわあが強烈な異彩を放つ。


(なんでこんなところにナマの魚が??)


 その向こうに見えるのは紅白幕、その四角い台座の上に太鼓やら鐘が()えられており、四隅の竹竿からは提灯のぶら下がった縄が延びている。もうすでにドンドンピーヒャラと楽団(?)は演奏を始めており、わけはわからんがなんとなく心浮き立つ。


 その向こうを、本来夜会には参加しないはずの子供たちがねじり鉢巻(はちま)きをして、金キラキンの謎オブジェを(かつ)ぎ棒にのせ、ワッショイワッショイとゆっさゆっさと揺さぶりながら行ったり来たりしていた。これ何の儀式?




  これはアレか。絵物語にある異世界転移というやつなのか??




 『ぱぁりぃ』に主賓(しゅひん)として招かれたナルシスは、そこかしこに飾られた紫や緑の実に細い棒きれを突き刺した謎置物にしゃくれた(あご)を傾けた。


「ふわぁ~! なんだかオモシローイ!」


「そ、そうだな。俺も楽しい。……なんとなく」


 とりあえず、アンナが楽しそうだからまあいいか。


「ナルシス様ァ、あの人たちは何をしているのですか??」


「…………へ?」


 アンナが笑顔で指したのは、紅白幕のまわりをぐるりと囲む()(かい)な衣装の男女。何か始まるようだが、ナルシスにはそれが何なのかさっぱりわからなかった。あの(すそ)の短い衣装の女の子たちとはぜひともお近づきになりたい。だが、作法がわからない!


(スマートに話しかけたい。でも、どうしたらいいんだ!)


 夜会でまさかの作法がわからないとは、これいかに。そうこうする間に、紅白幕のそばの壇上に(しま)の浴衣を着た熟女となにやら変わった形の楽器を抱えた老女が上がって、深々と(こうべ)を垂れた。


(な、何が始まるんだ?!)


 ドンドン、と太鼓が打ち鳴らされ、ベンベンッと老婆が楽器――三味線の弦を弾いた。そして……


〽はあぁ〜〜 呼べば応える~♪


 熟女が(うた)いだした。ベンベンッ!

 三味線が(いき)な音色を奏で、やたら(うな)りとコブシが効いた歌声が響く。


〽可愛いやあの娘の~♪


 そうだあの白い太腿まぶしい女の子たちのところへ行きたいのだ。だけど、作法が


〽里は良いとこ 草の香りが~♪


 そのかわい子ちゃんたちは、風変わりな音楽にあわせて手をヒラヒラ動かしながら、紅白幕の周りをゆっくりまわりはじめた。ザ・盆踊り。それを遠巻きに眺める洋装の招待客たち。みんなポカンとしている。


 緩やかな唄は、太鼓と三味線の音に彩られ、同じ旋律を数度くり返し、ナルシスがようやく振り付けを覚えたあたりで終わった。


「………………」


 お辞儀をする謎衣装男女に、招待客からパラパラと拍手が起こった。


(よ、余興(よきょう)だったのかな?)


 いいえ。ダンスタイムでした。


 だが、戸惑うナルシスたちを『ぱぁりぃ』は待ってくれない。


 バァン! と、中庭に通じる扉が開け放たれてあらわれたるは、巨大な(かまど)、その上にドデカい鉄鍋。(まき)が火の粉を舞い上げパチパチと暖かな音をたてる中、大皿に山盛りになった芋やちぎったコンニャク、真っ白な長ネギが次々投入され、最後に登場したのが霜降り牛肉だ。アンナがボヨヨンを揺らして歓声をあげた。


 グツグツグツグツ具材が煮える音と、もくもく上がる白煙の食欲をそそる香りたるや。招待客はゴクリと唾を飲み込んだ。


「さあ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ギョロ目怪魚の解体を始めるよー!!」


 呼び声にふり返れば、そこには牛より大きなおどろおどろしい見た目の巨大魚が横たえられている。その怪魚を前にするのは、派手な法被(はっぴ)を着てノコギリみたいな解体包丁を手にした男衆(おとこしゅう)。ギラリと光る刃が、怪魚の頭とヒレを剣舞もかくや、スパッと切り落とし、背中側の四分の一身を切り出した。


「そぉれ、これが中トロよ!」


 鮮やかな包丁さばきで切り出した薄紅色の刺身を食べた客が目を輝かせたのを皮きりに、怪魚に群がる招待客。


「そぉれ、中落ちは早い者勝ちだよ! ホイ、イシ・カミ・ハサミ!」


 じゃんけんに勝ちぬいた招待客が喝采(かっさい)を浴びる後ろでは、できたてホヤホヤの芋煮がせっせと配られていた。




◆◆◆




「なかなか酔狂(すいきょう)なことを考えたものだな」


「シオン殿!」


 賑やかな芋煮会を眺めていたネネに、シオンは話しかけた。そう、ネネは彼も招待していたのだ。ハレの日に相応(ふさわ)しく、今宵はシオンもきちんと礼装に身を包んでおり、異国の貴公子といった風情であった。


「私一人ではこのような盛大な『ぱぁりぃ』にはできやせんでした」


 里のみんなあってのことでやんす、とネネは飲めや歌えやの鬼族たちに目を細めた。(ひそ)やかに笑う彼女の横顔はとても美しかった。


「それに婿殿やボヨヨンにたっくさんありがてぇ助言をもらいやして」


「そうか」


 見下ろせば、無邪気な笑みの幼馴染みが(おのれ)を見上げていた。めんこい。実に可愛らしい。


(そうか。婿殿やボヨヨンから助言を……)


「…………ん? 助言とは?」


 ピクリと眉を跳ね上げたシオン。にわかには信じられなかったからだ。だってネネを()めた貴族とその愛人だぞ?


「一つ! 絢爛豪華な最先端『どぅれぇす』を(あつら)えるべし!!」


 が、疑問も解けぬうちに、隣の幼なじみがズビシィ! と人差し指を立てて叫んだので、シオンはギョッとネネを見た。


「二つ! もの珍しい豪勢な料理と美酒を振る舞うべし!!」


「あ、ああ」


 勢いに押されながら、シオンは目を瞬いた。なんだか様子がおかしい。


「三つ! 有名な楽団を呼び、優雅なダンスタイムを作るべし!!」


 ……意外とまともな助言だった。


 いや、そうではなくて。やっぱり幼なじみの様子がおかしい。ドヤ顔をキメた後に、おかしそうにクフクフ笑う彼女はいっとうめんこいが、頬が少し……いやもうリンゴみたいに真っ赤ではないか。


(……酔ってる)



◆◆◆



 ネネは酒に弱い。ただ、酔ったネネは可愛い。普段のつれない態度が嘘みたいによく笑う。それに今宵はめかし込んでいて、とても美しい。シオンの語彙(ごい)が「美しい」を残して白く燃え尽きてしまうほどに。


 だが、まだ『ぱぁりぃ』は終わっていない。ホストであるネネにはまだ一本締めという大役が残っているのだ。まだ、酔わせるわけにはいかない。


「ネネよ、ネネよ、しっかりしろ。まだ一本締めが残っているのだろう?」


 フラつくネネからお猪口(ちょこ)を取り上げ、シオンは彼女を揺すぶった。


「んぅ?」


 対するネネは大きな瞳をトロンと(とろ)かせて、シオンの顔をジィッと見つめた。


「シオン殿……」


 (うる)んだ瞳にドクリと胸が鳴る。好いた娘の顔ほど毒になる物はない。ほんのり朱に染まったうなじのなんと(あで)やかなことか。


「サッパさ融通(ゆうづう)しでぐれてかたじけねぇ……」


「あ、ああ。気にするな」


 ……まあ、アレだ。これがネネである。ベロンベロンになれどもなお律儀。このめんこさに免じて、一本締めくらいシオンが代わってやってもよいか……


「いたぁーー!! シオン様ァ!!」


 だが、(つや)っぽい雰囲気は長くは保たなかった。自慢のボヨヨンを揺らしてアンナが突撃してきたのだ。


 その奇天烈(きてれつ)な姿は、きっと生涯忘れられまい。闇夜駆ける忍者がクナイを構えるがごとく、その右手には、すべての指と指の間に計四本ものリンゴ飴を挟みこみ。その左手には、欲張りすぎてもはや新種の巨大キノコと化した綿飴(わたあめ)束が握られていた。


「お、おい、アンナ!」


 それを這々(ほうほう)の体で追って来たるはナルシス。その右手には、舞妓の広げたる扇子がごとく、イカ焼きが四本握られ。その左手には、(おか)()きの十手(じって)がごとく、立派な穂先の焼きトウモロコシが握られていた。御用だ!



 つまり……二人は『ぱぁりぃ』を満喫していた。



 食べ物は、中庭で配っているものだ。ボヨヨンが「エラい貴族なら、客の目の前で料理を作って目も楽しませるのだ」とか言っていたため、各種屋台を用意したのだ。



「ふえぇ~……ナりゅシス様ァ~、私、このドレス欲しいっ!」


 ボヨヨンも酔っていた。


 へべれけな口調で、ネネのドレスが欲しいと言いだした。


 ネネが纏うドレスは、正絹緞子(しょうけんどんす)黒無垢(くろむく)を地に、金地に熨斗紋(のしもん)の華やかな帯生地を縫い合わせてオーバードレスとし、その下に(しゃ)を幾枚も重ねた裾が広がっている。髪にはつまみ細工の大輪の牡丹(ぼたん)が花開き、びらびら(かんざし)の先には小さな金の蝶や花がキラキラと揺れていた。


「ふむ。しょれは身ぐるみ()ぐというごどか? よがんす。果たし合いだべ」


「うはぁ~い♪ 決闘らぁ♪」


 へべれけなボヨヨンに酔いで回らぬ呂律(ろれつ)でキリッと答えるネネ。すぐさま二人のもとに木刀が運ばれてきた。え? マジでやるの?


「お、おいアンナ!?」


 狼狽(うろた)えるナルシス。幸いにも彼はまだ素面(しらふ)だった。大慌てで連れてきたのは、たこ焼きを頬張っていた護衛騎士。女相手に卑怯かもしれないが、アンナは何というか……決闘なんぞやったらご自慢のボヨヨンがボヨヨンしてボヨヨヨヨーンになりそうだったのだ。


「代理人だべか。よろしい! いざ勝負ゥ~!」


 相変わらず呂律(ろれつ)の回らない口でネネが木刀を振りかぶって突っ込んできた。それをギリギリで受けた護衛騎士は、あまりの馬鹿力に思わずよろけそうになった。なにこの酔っ払い、滅法(めっぽう)力が強いんだけど!!


 ネネは鬼族。人間の男ごときに遅れはとらない。今はへべれけに酔っているので、遠慮も加減もない。フルスロットル。


 木刀が打ち合う硬質な音が響く中、押されているのは護衛騎士。こちとら職務中、たこ焼きと焼きそばとフランクフルトは食べたけど、酒は一滴も口にしていない。対してあちらはベロンベロンの酔っ払い。しかもドレスなんぞ着た若い娘。なのにクソ力のバカ力だ。なんなのこの酔っ払い。人の皮をかぶった(いのしし)じゃなかろうか。


 このままでは防戦一方。決闘でこんな酔っ払い猪女に負ければ、ナルシス様の御名(みな)に傷がつく。なんとかせにゃならぬ。


「くらえぃ! 炎よ!」


 流れを変えようと護衛騎士は伝家(でんか)宝刀(ほうとう)、先祖伝来の魔法を放った。小さくない炎が、ネネめがけてぶわりと(ふく)れ上がる。


「いやああああ!! アタシのドレスが燃えるぅ!!」


 そこに飛び出したのはアンナだ。恐れ知らずや、彼女は炎からネネのドレスを守ろうとしたのだ。


「アンナぁああ?!」


 そこにナルシスも加わり、


「ナルシス様ぁ!!」


 護衛騎士も身を投げ出した。


 三方向から三人が一点めがけて疾走(しっそう)するとどうなるか。読者の皆様はおわかりだろうか。


 ゴッツーーン!!


「べぶしぃ!!」


 三人同時に頭をぶつけて星が飛び。衝突を華麗に()けて、ネネは気合い一閃、


「ちぇーーい!!」


 襲い来る炎を木刀で一刀両断。その人間離れした斬撃で炎はたちまち消え失せ、後ろには気絶した三人がまるで花が開いたみたいに転がっていた。

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