桜色の帽子を被った少女
線路を走る電車の音。
優しい日差しが駅前の広場を照らし、幾人かの男女が目の前を通り過ぎていく。
「寒い」
桜色の帽子をかぶった少女は、目の前を通り過ぎる大人達を見上げながら呟いた。
日曜日の早朝、平日は人々で溢れるこの場所も、この時間は人が疎らだ。
「雫、これで良いか?」
若い男性の声が聞こえた、
振り向くと、白いジャケットを羽織った背の高い青年が微笑んでいた。
「ありがとう兄さん」
手の平サイズの小さなスピーカーが二つ左右に置かれ、それに繋がれたスマホがブルーシートの上で転がっている。
「緊張する」
青年は膝を折り、少女と目線の高さを合わせ、背負っていたバックから少女に小さなそれを差し出した。
外国の舞踏会か何かで出てくるようなやつだ。
それをそっと付けてもらった少女は、彼を見た。
「少し見にくい」
「ごめん・・・痛くないか」
お面はプラスチック製で、両脇に空いた穴に太めの白いゴムが通っている。
「大丈夫だよ」
口元を僅かに綻ばせ、答える。
青年は、床に転がっていたスマホを手に取り、再び少女に目線を送る。
「準備はいい?」
「うん」
青年はスマホを操作し、画面上にあったひとつのアプリを起動させた
すると、床に設置してあった二つのスピーカーから静かに聴き慣れない音楽が流れた。
青年が先程起動させたアプリは、いま流行りの【曲製作アプリ】
自分が作った曲を動画へアップする事が今流行っている。
突然駅前に流れた音楽に、数少ない道行く人がこちらを見つめたが、すぐに興味を無くしたのか目的地である駅の改札へと視線を戻す。
いつもの日常。
いつもの景色。
少女は、ゆっくりと口を開いた。
瞬間。
ぴたりと、足が止まった。
近くを歩く『皆』の足が、である。
張り詰めたこの空気は、決して冬の寒さだけがそうさせているのではない。
皆の視線が、少女へと集まった。
明らかに、違う。
少女の口から流れるそれは、到底想像しうる少女のそれではなかった。
上手いとか、感動するとか、そんな類の言葉では表現できないもの。
あえて言葉にするなら、『揺さぶられる』そんな声。
時間にして、三分程度であったろうその曲は、その後にアップされた動画で、話題となった。
溢れるコメントの中で、誰かが呟いた一言に、皆が同意した。
沢山の人によって拡散されたその動画のタイトルに、皆が一様にこう名付けた。
『歌姫』と。




