死んでしまった婚約者が、もし生きている世界があるのなら観てみたいですか?
空が泣いている。私の心を映しているように泣いている。私の頬を伝う雨は次々と流れ、私の黒い服を濡らしていきます。
傘を差しているはずなのにおかしいわね。
黒い棺が地中深くに掘られた穴に納められ、その上から土が覆いかぶさっていきます。
ああ……待って!埋められてしまったら息ができなくなってしまう。そこから出られなくなってしまう。
声にはならない嗚咽のみが私の口からこぼれ落ち、天からの雨は冷たく私の身体を冷やしていきます。
どうしてあの時引き止めなかったのでしょう。
どうして私は突き放してしまったのでしょう。
もう会えないとわかっていれば、私は……私は……。
「エリス嬢……エリス嬢。このままだと、貴女も倒れてしまいます。そうなれば、あいつも悲しみます」
私に声をかけてくださったのは、あの人の同僚の方でした。いつのまにか手放してしまった傘を拾って、私に差してくださっています。
「今回の戦いで功績を得て結婚すると意気込んでいたのですが……」
そう、喧嘩は些細なことでした。本当であれば今回の西の国境沿いの戦いに、あの人は行かなくても良かったのです。だた、もう一階級上がると内地勤務が可能になるということで、あの人は功績が欲しいがために戦いに行ったのです。
ただ、私たちは結婚式が3か月後に控えていたということで、行くのであれば結婚式後にしてほしいと言ったのですが、あの人はもう決まったことだと聞く耳を持ちませんでした。私達の結婚式の方が先に決まっていたというのにです。
私はあの人に言いました。結婚式の方が優先なのではないのかと。しかし、私の言葉は否定されてしまいました。それが国の為に戦うと決めた婚約者に言う言葉なのかと。あの人は私の為に戦場に赴くのだと言ったのです。
ですが、私のためというのであれば、必ず3か月後に戻ってくると保証されない戦場へ行くよりも、今まで通り過ごすことなのではと思ったのです。
既に招待客に招待状を送っていますし、教会も予約し、一年かけてドレスも作っているのです。
なのに今更キャンセルなんて出来ませんわ。そう、私は言ったのです。
しかし、あの人は既に決まったことだと、背を向けます。
私はうつむきながら下唇を噛み、背を向けました。
「お好きになさればいいわ。ただ、3か月後には戻って来てください」
「わかった」
これがあの人との最後の言葉でした。あの時私は素直にあの人に行かないでと、すがれば良かったのでしょう。
そうすれば、私はあの人を失わずにすんだのでしょう。幼い頃からお慕いしていたあの人を。
後悔はとめどなく溢れてきます。
「私はきっと選択肢を間違えたのでしょう」
頬に伝う雨と共にこぼれ落ちた言葉。私は……私は……
「エリス嬢。そのように泣いていては目が溶けてしまいますよ」
そう言って、あの人の同僚の方は私にハンカチを差し出してくださいました。
しかし、私は泣いてはいません。ただ、雨が頬を伝っているだけ。私は首を横に振ります。必要ないと。
必要ないと示しましたのに、私の頬にハンカチを当ててきました。
「エリス嬢。先程選択肢を間違えたと言っておられましたが、もしもの世界を見ることができるとすれば見たいですか?」
その言葉に顔を上げます。青い目が私を見ていました。
もしもの世界が見れる?私があの人と一緒に幸せに暮らしている姿が見られる?
「見てみたいです」
私はあの人の同僚の方に手を取られ、車に乗せられシュラーヴァル伯爵家のタウンハウスに連れてこられました。私はシュラーヴァル伯爵家の方々に新しい服に着替えさせられ冷えてしまった身体を温めるために暖炉の側で、紅茶を出されました。
暖かい火の側で紅茶を一口飲むと落ち着きます。
「お待たせしました」
あの人の同僚の……ロベルト•シュラーヴァル様がそう言って私の向かい側の席に腰をおろしました。
そして、テーブルの上にコトリと物を置きました。それは手のひらに乗るほどの大きさの置物です。それも青い宝石の周りを金色の円状の輪がくるくると回ってなんとも不思議な感じの物でした。
シュラーヴァル伯爵家は建国から存続する由緒正しき家柄なのです。ですから、このような不思議な魔法具を持っていてもおかしくはありません。
「きれい」
ただ、心のままに言葉が溢れました。
「『アーミラリ天球儀』と呼ばれるものです」
ロベルト様がこの不思議な物を説明してくださいます。
「普通は暦の計算に使われるものなのですが」
「暦の計算ですか?」
「そう、例えば種を蒔く時期とか収穫の時期を調べたりするものですね」
確かに作物は大切ですわね。麦の育ちが悪いと民は困窮してしまいますもの。
「これで星の動きを見ることで、別の世界線を調べることができるのです。ですから、きっとエリス嬢が後悔していることがなかった世界もあると思うのです」
私は恐る恐るくるくると幾重にも回っている輪をまとっている青い宝石に手をかざします。
私があの人を引き止めていれば、きっと私は今日結婚式を挙げて幸せになっていたはずなのですから。
くるくると回る輪が勢いよく回りだし青い宝石が熱を帯びるかのように明るく輝き始め、室内が光に満たされたのです。
眩しく閉じてしまっていた目を開けますと、真っ白なウエディングドレスを着て、緊張したように椅子に座って、窓に流れる雨を眺めている私がいました。金髪はベールに隠され、すみれ色の瞳を何かを探すように窓の外を見ているのです。
どうしたのでしょう。今日は結婚式のはずですのに。どうして、そのように不安な顔をしているのでしょう。
「エリス嬢」
ノックもなしにロベルト様が慌てたように入ってきました。それに合わせて真っ白なドレス姿の私も慌てて立ち上がります。
「アレン様は?」
「連れてきたのだが……」
ロベルト様の言葉をすべて聞かずに私は扉の外に出て、あの人の姿を探します。
いました。しかし、私とお揃いの色で仕立てたモーニング姿ではなく、何処かに旅立つような装いでした。それも、怪我をしているのか、横腹を押さえておられます。
何か事件に巻き込まれたのでしょうか。
「貴女なの?私のアレンに強引に結婚するように権力で圧力をかけたっていうのは」
その声に私はそちらに視線を向けます。怪我をしているアレンを支えるように寄り添っている女性がいました。私の目にはアレンしか写っておらず、気が付きませんでした。
「私のお腹の中には彼の子供がいるのよ!なのにお貴族様のお姫様だからって、嫌がっている彼と結婚しようだなんて、図々しい女ね!」
お腹に子供?確かに私とは違い魅惑的な身体に沿うような衣服は異様にお腹が膨れていました。子供?アレンとの子供?……子供。
「アレン様、どういうことなのでしょう?」
私は視線をアレンに向けて尋ねます。美しい顔を歪ませ、赤い瞳は睨みつけるようにアレンは私に視線を向けてきました。
「公爵家の姫君のお遊びに付き合うのはもう懲り懲りだ。国外追放でもしてくれ」
お遊び……私との婚約がお遊び。私に微笑んてくれていたことも私に優しい言葉をくれたことも全て嘘だったのですか。
失って二度と見れないと思っていたあの人の顔は滲んでよく見えなくなってしまいました。
今まで信じていたあの人の信じられない言葉に真っ白なドレスを着た私が倒れていき、景色も滲んでいきます。
そして、先程いた暖かな暖炉の光に満たされた部屋に戻っていました。室内ですのに、雨が降っているのか、震えた手にポタポタと雨が落ちてきます。
私は……私は……
「っーーーーーーーーーーあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
慟哭のような叫び声を上げたエリス嬢は気絶するように眠ってしまった。俺は使用人にエリス嬢を客室に連れて行くように命じて、『アーミラリ天球儀』を宝物庫に戻すために、天球儀と名付けられているが、魔石が一部欠けており、本来の使い方ができない魔道具を持って席を立つ。
「まぁ、妥当な世界線だろうな」
俺は先程見せられた映像はあり得たものだっただろうと、鼻で笑う。そう、あり得たのだ。
そもそもあいつは見た目だけで、エリス嬢に選ばれ、将軍の愛娘の娘婿としてエリートコースのレールに乗ったというのに、求められる能力に応えられないと言って娼婦に入れ込み、辺境の戦場から隣国に逃亡しようとして女共々しまつされた。本当に愚かなやつだ。
今回のことも建前は手柄を上げて昇格しようということだったが、そもそもエリス嬢と婚姻すれば少将のポジションが与えられるのだ。戦場に出向く必要なんて全くなかった。
宝物庫の扉を開け、『アーミラリ天球儀』があった元の場所に戻す。そして、同じ棚にある一つの魔法具に視線を向けた。
「本当にこれを手に入れてから運が巡ってきたな」
鈍く金色に光るスプーン状の魔法具だ。見た目は本当にただのスプーンだが、幸運をすくい上げるという魔法具だ。
「このまま公爵家の姫君を囲い込めば、少将の座は俺に巡ってくる。愚かなアレンに感謝だなぁ」
くくくくっははははははは!!
少将に成れば中将なんてすぐだ。俺の手の内にエリス嬢がある限り、幸運は舞い込み続けるだろう。
ここまで読んでくださいましてありがとうございました。
別のサイト様の“魔法具”というもののお題で書いたものになります。“魔法具”の物自体が決められているので、このような感じになりました。
恋愛か悲恋かと問われれば、恋に恋をした主人公の悲恋なのでしょう。そのふわふわした主人公の背後から彼女の持つ“将軍の愛娘”というものを虎視眈々と狙う伯爵子息。恐らくこの後、主人公は真意に気づくことがないようにデロデロに甘やかされ、落ちていくのでしょう。
魔法具は使いようによっては如何様にもなるのでしょうね。
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