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08 勇者

 赤子がぐったりとしていると聞き、エルーシアは赤子がいる家に赴く。赤子の父親が沈痛な面持ちの母親の肩に手を置き、エルーシアの様子を見つめている。


「ヒール」


 手のひらが光り、赤子に光が当たると、血色が良くなり泣き出した。母親は我が子を抱き、涙を浮かべてあやし始めた。


「ありがとうございました」


 父親が泣きそうになりながら感謝の言葉を述べる。家の入口からエルーシアが赤子の治療を終えたのを確認すると、病人を抱えた住民から次々と声がかかる。

 治療を終えたら次はうちの子をと、休む暇もなくあちらこちらの家へ連れて行かれる。


 喉の乾きを覚え、護衛に視線を向けると、護衛も察したらしく、水筒を手渡してくれた。

 早く早くと急き立てられるので、水をゆっくり飲む暇もない。エルーシアは水筒の水を一気に飲み干し、患者が待つ家に向かった。


 貧民街に来て半日経った頃、ヒールをかけていたら目眩を感じた。


(今日はこの患者さんで終わりにしなければ)


 折れた骨が元の状態になるまでヒールをかけ続けた。骨がきれいにくっついたのを感じ、治療を終了した。


 次に治療してもらえると、待っていた住民にエルーシアは向き合った。


「大変申し訳無いのですが、魔力の限界を迎えました。今日の治療は終了します。明日も同じ時間に治療を始めます」


 突然の治療終了に、待っていた住民は不満を口にした。長く待っていたんだ、早く治療してやってくれよと口々にする。


 住民の思いは痛いほど伝わってくる。半日で限界を迎えた未熟さに、申し訳なさを感じる。


 護衛がエルーシアの前に立ち、住民の前に立ちはだかった。


「彼女は休むことなく治療を続けていました。あなたがたも見ていたはず。限界を迎えた彼女に、まだ治療をさせるというのですか?」


 凛とした声が響く。住民たちもばつが悪そうに黙り込んだ。護衛はエルーシアを促し、家から立ち去り馬車に乗せた。

 動き出した馬車の中で、エルーシアは船を漕ぐ。休憩もせず、住民たちの家に連れて行かれ、治療を施していた。


 魔力を引き出すためとはいえ、過酷である。まだ二日目だが、よく耐えているなと護衛は思う。


 大神殿でも、王都の真ん中にある神殿にも、回復魔法の使い手はいるが、一人が一日に治療を施せるのは、十人程だという。


 エルーシアは半日で三十五人も治療した。護衛はエルーシアが治療した人の性別、年齢、症状を記録している。大神官に報告するためだ。昨日のような重篤患者がいなかったことで大人数の治療ができた。


 大神殿に到着し、エルーシアは眠たいのを我慢し、湯浴みに向かった。一日の疲れを癒やしてから、早めに夕食をいただいた。体力をつけるためにおかずを大盛りにしてもらい、おいしく完食する。レニと話す間もなくベッドに入り、眠りについた。






 貧民街で治療を始めてから一ヶ月が過ぎた。

 大神官からお呼びがかかり、エルーシアは大神官の執務室へ向かう。


「おや、一ヶ月でずいぶんと面変りしたのぅ」


 大神官は目を細める。エルーシアが大神殿に来た一ヶ月前は、あどけなさが残る、おっとりとした顔が、キリッと引き締まった顔つきになっている。


 一ヶ月間、休むことなく貧民街に通った。エルーシアの評判を聞きつけ、他の地区にある貧民街からも声がかかり、ローテーションを組み、街を訪れ、治療を続けた。


「それでは、明日から聖魔法を教えようかのぅ。午後からは騎士団に行き、体力作りじゃな」

「大神官様、週に三日、貧民街へ行きたいのですが……」


 エルーシアは言いにくそうに口にした。魔力を引き出すために、貧民街に赴いて治療をしてきた。一ヶ月だけの約束だったが、このままやめてしまうことに、罪悪感を抱く。 

 本腰を入れて魔法を学ぶが、治療も続けたいと強く思う。せめて、討伐の旅に出るまで続けたい。


「ふむ、良い心がけじゃな。しかし、水魔法は魔術師に教わる手はずを整えたからのぅ、魔術師と話し合い、調整するしかあるまい」


 大神官の話しぶりでは、貧民街に通えそうだ。エルーシアは治療を続けられることに、安堵の表情を浮かべた。


「三日も削るのじゃから、聖魔法も水魔法も、厳しく指導するぞ?」

「はい。よろしくお願いします!」


 エルーシアはホッと胸をなでおろし、紅茶に手を伸ばした。


「おぉ、そうじゃった。ようやく勇者が現れたぞ」

「勇者様ですか?」

「うむ。毎日たくさんの男たちが聖剣を手にしようと挑戦しておったが、なかなか聖剣を抜ける者が出てこずに、騎士団長の娘も、飛び入りで参加しておったな。かなりの手練と聞いておったが、だめじゃった」


 アインホルン王国には、女性騎士はいない。騎士団長の娘ということで、父から剣を習っていたのだろう。女性騎士が誕生したら、きっとかっこいいだろうとエルーシアは思う。


「聖剣を抜いた者は騎士団長の息子じゃ。先に聖剣に挑んだ娘と双子で誕生し、娘が姉で息子は弟じゃ。剣の腕前では娘のほうが上らしく『私に勝てない弟が聖剣を抜くなんて、認めたくない』と、荒れていたそうじゃ。じゃじゃ馬娘だのぅ」


 大神官は愉快そうに話してくれた。魔王討伐隊は、勇者と聖女は決まった。他に魔術師、剣士、弓使いで構成するか、槍使いも入れるかで、見解が割れ、なかなかまとまらないらしい。


 仲間が何人になるかも決まっていない状態だが、エルーシアは、魔法をしっかり学んでいく。


 聖魔法と水魔法を融合させた、新しい魔法を生み出すことを目標にしている。


(魔王に致命的なダメージを与える魔法があれば、有利になるわ。水と聖魔法、攻撃の型、どのような……)


 考えごとに夢中になり、大神官と面会中だということを忘れてしまっているエルーシアを、大神官は温かい眼差しで見守っている。

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