05 属性
神官とレイノルドに別れを告げ、エルーシアは用意された部屋に案内されている。神殿を抜け、神職に携わる人々が暮らす居住地へ向かう。
「ここが聖女様のお部屋になります。私は、聖女様の世話を仰せつかったレニと申します」
部屋に案内してくれたレニは神殿の雑務を仕事としているらしい。エルーシアは世話係がつくことに驚いたが、身の回りは自分で出来る。暮らしに慣れるまで、世話をお願いしようと考えた。
「私はエルーシアです。ここでの暮らしに慣れるまで、色々と教えてもらえると助かります」
「承知しました」
お茶をお持ちしますねと、レニは下がっていった。改めて部屋の中を見回す。簡素な作りのベッドや机と椅子、クローゼットには、衣類が用意されている。腰紐は紅紫色だ。
衣類の色は全て生成り色である。腰紐の色で階級が分かるようになっているようだ。大神官は紫色と金色の腰紐だった。
後ろに控えていた神官は赤色の腰紐を結んでいた。レニの衣服も生成り色で、腰紐は服と同じ生成り色だ。
神職だからか、体の線を出さない、ゆったりとしたワンピースが、神殿での装いのようだ。
レニが紅茶と焼菓子を用意してくれた。今日から聖女としての生活が始まる。討伐の旅に出るまでに、体を鍛え、魔法の腕を磨き、万全の状態にしなければならない。
午後から大神官のもとを訪ねた。レニが扉をノックをし、聖女様をお連れしましたと告げると、扉が開き、三十代くらいの女性が、どうぞと声をかけてくれた。失礼しますと一礼し、部屋に入る。
「よく来たね。まぁ、座りなさい」
大神官はエルーシアに座るように促す。言われたまま座り、背筋をしゃんとして大神官と対面した。大神官は人払いの合図をし、二人きりになった。大神官はまじまじとエルーシアを見つめ、頷いた。
「すでに腹をくくっておるな」
思いがけない言葉に、エルーシアは驚き、クッと息を呑んだ。なぜ、分かるのだろう。座っているだけで言葉も発していないというのに。その感情が表情に出ていたのか、大神官は口角を上げた。
「いい目をしている。守りたいもののために、魔王に立ち向かうのか」
「どうして……分かるのですか?」
エルーシアは戸惑いを隠せずに、体を揺らした。大神官はスッと指をさす。差された先にはテオドールからもらったタンザナイトのネックレスが服の中に隠されている。思わず服の上からネックレスを握りしめた。
「ソレに込められた想いが、痛いほど伝わってくる。贈り主の想いと、そなたの決意が」
「想い……ですか?」
大神官は無言で頷いた。穏やかな眼差しでエルーシアを映す。その瞳はエルーシアの心の中も見透かしているようで。
「魔王を討伐するために、聖魔法を習得したいという、志は大変尊いものだが、気を張りすぎているのも、どうかと思うぞ。まずは肩の力を抜いて、自然体でいることが重要じゃ。気を張るのは魔王の前だけでいい。よいな?」
大神官の声は独自なゆらぎがあり、聞いているエルーシアの体から力が抜けていくのを感じた。逆行してから、今まで、無意識に気を張っていたらしい。
己の最期を覚えていたからだろうか。
今度こそと、焦りにも似た感情に囚われてしまっていたのかもしれない。
(大神官様のおっしゃる通りだわ)
カップに手を伸ばし、紅茶を一口飲んだ。
「明日はそなたの属性を調べ、聖魔法と一緒に属性魔法も学んでいくのがいいじゃろう。午後は体力作りのために運動を教えよう」
「運動も、大神官様が教えてくださるのですか? 一緒に走りますか?」
大神官は老女だ。どれだけ若く見積もっても八十代に見える。大神官だから、運動もできるのかと、エルーシアは尊敬の念で大神官を見つめた。
「バカを言うでない。わしを殺す気か? 体力作りは騎士団が教えてくれる」
「……そうですよね」
大神官の口ぶりで、勘違いをしてしまったエルーシアは、恥ずかしそうに頬を赤らめた。明日は魔力の属性を調べ、神殿騎士団に挨拶に行く。討伐の旅に備えて身体能力向上を目指し、指導をお願いする。
翌日。
エルーシアは生成り色のワンピースに鮮やかな色の腰紐を結んだ。紅紫色の腰紐をしているのはエルーシアだけだ。
この色を身に着けられるのは“聖女”という、特別な力を秘めた者だけだと教えられた。
エルーシアは神殿の一角にある、属性を調べる部屋に通された。
立会人は大神官と、数名の神官がいた。白い大理石でできた台の上には、エルーシアの頭と同じ大きさの水晶が置かれていた。
「水晶に手をかざしてごらん」
大神官に促され、エルーシアは水晶に手をかざした。水晶に白と水色が現れた。その場にいた神官はどよめいた。
「聖属性と水属性か。この水晶全体を染めるなんて、今まで見たことがない」
水晶は白と水色で二色に染まっている。魔力が多い証拠だ。水晶に現れる色と大きさで、属性と魔力の強弱がわかる。
「あなたは貴族ですか?」
神官がエルーシアに問いかける。
「いえ、平民です。私には姓がありません」
「これだけの魔力……平民ではありえない」
「母君が貴族の屋敷に勤めていたことは?」
神官は申し訳無さそうに質問する。エルーシアに、貴族の血が流れているのではと、思いおよぶ。
「ないと思います。私の父も平民らしいです。私が生まれる前に父が亡くなり、父の母に家を追い出されて、領主様に拾っていただいたと、聞いておりますが、詳しくは……」
エルーシアも己の魔力の多さに驚きを隠せなかった。王侯貴族は魔力が多いと聞く。
エルーシアに貴族の血が流れているのではと、思われても仕方がないほどだ。
平民の魔力は少なく、生活に困らない程度らしい。平民で魔力が多いとなると、貴族の血を引くことが多いようだ。
しかし、エルーシアには先祖をたどるすべがない。この身に貴族の血が流れていようがいまいが、平民には変わりない。
「では、明日から魔法の勉強を始めましょう。場所はレニに伝えますから、遅れないように」
「はい。よろしくお願いします」
エルーシアは一礼し、部屋を後にした。