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04 タンザナイトの瞳・パライバトルマリンの瞳

 青紫色の瞳がエルーシアをとらえる。ジッと見つめられ、エルーシアは動けなくなった。テオドールの双眸は熱を帯びていて、目が離せないでいる。


「シア、行かないでくれ。僕はシアが……」


 テオドールの絞り出すような声が、エルーシアの胸に突き刺さる。幼い頃に呼ばれていた愛称を久しぶりに耳にし、仔犬のようにじゃれていた日々が思い出される


(私もテオドール様と離れたくない。魔王の討伐に好きこのんで行くわけがない。でも、その思いが、魔王に敗れた原因になった。この想いを振り切らなければ、テオドール(あなた)を守れない!)


「私が聖女に選ばれたのも、何か意味があるはず。私は王国を、領地を、何よりテオドール様を守りたいのです」


 光を発するような水色の瞳は凛としていて。青紫色の瞳は苦しそうに細められる。


「シア、僕は幼い頃からシアが好きだった。愛している。僕の妻になってほしい」


 思いがけない言葉に、エルーシアは驚き、目を丸くした。一呼吸置いて、嬉しさが込み上げる瞬間に母の声が頭に響く。




『エルーシア、テオドール様を好きになってはいけないよ。赤子のときから一緒に過ごしてきたけれど、テオドール様は陛下の甥にあたる、高貴なお方よ。平民の私たちとは住む世界が違うの』




 幼い頃から幾度も繰り返し、言われた言葉。母の言葉は、呪いのようにエルーシアの心に(くさび)を打ち込む。


 テオドールに対し、恋心を抱いたことに罪悪感も抱いた。実ることのない想いなら、せめてそばにいて、見つめていたいと望んでいた。


「……私は平民です。身分が違います。テオドール様に想っていただけて、それだけで……十分です」


 苦しげに告げると、エルーシアはテオドールから二歩ほど下がり、距離を取った。テオドールは慌ててエルーシアの手を取り、間合いを詰める。


「シアは聖女だ。聖女なら、身分なんて関係ないはず。お願いだ! 僕を選んでくれないか?」


 必死に愛を乞う姿に、エルーシアの決意が揺らぐ。今すぐテオドールの胸に飛び込みたい衝動を抑え、唇を噛みしめ目を伏せる。


「今すぐ妻になってほしいとは言わない。約束してほしいんだ。魔王を倒し、凱旋したら、きっと王族があなたを妻にと望むだろう。他の男に、シアを渡したくないんだ!」


 他の男に渡したくないと、想いを寄せていたテオドールの口から飛び出した言葉に、身分不相応だと思いながらも嬉しさが胸に広がる。エルーシアの目から大粒の涙がこぼれ、嗚咽が漏れる。


(頷いても、いいのかしら? 女神様は許してくださるかしら? 明日からは聖魔法の習得に全力を尽くします。どうか、今だけは――)


「テオドール様、戦いで、酷い怪我を負うかもしれません。腕や足を失くすかもしれません。それでも、愛してくれますか?」


 無事な姿で帰還できる保証はない。牽制を込め、胸に握りしめた手を当て、涙で潤んだ瞳で真っ直ぐテオドールを見つめた。


「かまわない! どんな姿になろうとも、シアはシアだ!」


 エルーシアの心の中にある(くさび)がかき消えた。魔王を討伐したら、テオドールの妻になりたいと、想いがあふれ出して止まらない。


「テオドール様、幼い頃から、お慕いしていました」

「シア……」


 青紫色の瞳と、光を発するような水色の瞳が見つめ合い、テオドールの顔が近づくとエルーシアの目が閉じられ、口づけを交わす。


 テオドールの唇が離れ、エルーシアは目を開けた。近い位置にテオドールの顔があり、のぞき込むように見つめられていた。

 じわじわと頬に熱が帯び、恥ずかしくなり、うつむいてしまった。


 手を引かれ、テオドールに抱きしめられた。柔らかいグリーンフローラルの香りが、エルーシアの鼻腔をくすぐる。

 テオドールの胸が早鐘を打つ音と温もりが、泣きたくなるような幸せを感じさせる。

 同時にエルーシアの鼓動がテオドールに伝わっていると思うと恥ずかしくて。


「シア、これを」


 テオドールは小箱を差し出した。キョトンとしているエルーシアの手のひらに乗せた。


「開けてもいいですか?」

「もちろん」


 リボンを解き、箱を開ける。エルーシアは思わずテオドールに視線を向けた。

 箱の中にはテオドールの瞳と同じ色をした、タンザナイトのネックレスが入っていた。 

 

 エメラルドカットが施されたタンザナイトは、揺れるたびにキラリと煌めく。

 この国には、恋人や婚約者に、自分の瞳の色と同じ色をした宝石を贈る習わしがある。


「この石が僕の瞳の色に一番似ていたから、旅に出てもつけていてほしい。たまには僕を思い出してくれたら、嬉しいな」


 テオドールは人差し指で顔を掻きながら、照れた様子を見せる。


「ありがとうございます。肌身離さず身につけますね」

「今からつけようか?」

「お願いします」


 エルーシアは月明かり色の髪を手で束ねた。白い華奢な首筋に、胸の高鳴りが強くなり頬を赤らめたテオドールだったが、ネックレスをつけた。


「とっても似合っているよ」

「ありがとうございます」


 エルーシアは花がほころぶような笑みを浮かべた。


「僕はこれを身につけようと思っているんだ」


 テオドールが小さな巾着を取り出し、逆さにした。手のひらにコロンと転がり出てきたものはピアスだった。

 光を発するような水色にわずかに緑がかる、パライバトルマリン。エルーシアの瞳と同じ色。

 テオドールはピアスを持ち、耳につけようと手を動かす。


「あのっ、ピアス、わ、私に……」


 顔を赤くし、戸惑う仕草で口にしたエルーシアを、テオドールは目を丸くさせた後に微笑んだ。


「ピアス、お願いしてもいいかな?」

「はい!」


 ピアスを受け取り、テオドールの耳にピアスをつけた。お互いに身につけた宝石を見つめた後に、顔を見合わせて、笑顔が弾けた。





 夕方からエルーシアの旅の安全と魔王討伐を願い、宴が催された。

 領主家族と使用人たちや騎士などが集まり、にぎやかに時が過ぎていく。


 エルーシアは初めて口にしたお酒でほんのりと酔い、酔い醒ましに庭園に出て風に当たっていた。柔らかく吹く風が、おくれ毛をなびかせる。


 一度目のときは、酔い醒ましに庭園に出ていて、テオドールに愛を告げられ、口づけを交わした。


 一度目と今とは、違うことが多い。一度目はネックレスをもらうこともなかった。

 タンザナイトのネックレスに触れながら、聖女と身分を考える。


(平民出身でも聖女だと、王族に嫁げるらしい。なぜなのかしら?)


 考えても、答えは出てこなかった。




 翌日。

 エルーシアは母に別れを告げ、レイノルドとともに神殿に向かった。神殿に到着し、神官と三人で転移魔法陣で大神殿へ向かう。


 初めて体験する転移魔法は、落下するような感覚にとらわれ、背筋に冷たいものが走る。足に力が入らず、へたり込んでいたら、ざわめきが聞こえた。


「その娘が聖女かね?」


 長い時を重ねた威厳のある声が、エルーシアの頭上で響いた。見上げれば、厳かな雰囲気をまとった老女がエルーシアに目を向けている。


「大神官様におかれ……」

「堅苦しい挨拶などいらん」

「……」


 神官が大神官に挨拶を述べようとするが、大神官に遮られてしまった。へたり込んだままのエルーシアに、大神官は歩を進めて目の前に立つ。


「そなたがやる気にあふれた聖女か? 鍛えがいがあるのぅ」

「!?」


 フォッフォッと笑い、深く刻まれた皺を伸ばすように、口角を上げた。




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