23 ベルトラート
「ごめんなさい、シアは嫌です」
無意識に立ち上がり、拒絶してしまった。
言い出しっぺのジークヴァルトは口をポカンと開けたまま固まっている。
エルーシアの勢いに圧倒されたようで、トルディラたちは動きがとまる。
「何で嫌なのさ。かわいいと思ったのに」
食い下がるジークヴァルトは軽い気持ちでシアと呼びたかったらしい。まさか拒絶されるとは思わなかったので、内心面白くない。
そんなに嫌なら理由が知りたい。問い質そうと口を開きかけた瞬間だった。
「エルでいいじゃない。ね、エルーシア。これからエルって呼んでもいいかしら?」
視線で座るように促すトルディラに、エルーシアは意図を汲み取り、腰を下ろした。
「私のことはエルと呼んでください」
感情的になってしまったことで雰囲気を悪くさせてしまったと、申し訳なく思う。場を和ませようと懸命に笑みを浮かべる。
「せっかくの夕食が冷めてしまうわ。温かいうちにいただきましょう」
それぞれが好きなように食べ始めた。ジークヴァルトが中心になって話が弾んでいる。
何も持たない使用人だったエルーシアに、シアという愛称をくれたテオドールは、乳兄弟という間柄では収まらない程、大切な存在だ。
(面倒くさい人だと思われたかしら。でも、どうしても嫌なの。シアと呼んでくれる人はテオドール様だけ)
心に秘めた想いがあふれてしまい、エルーシアはほんのりと頬を染めて料理を口に運ぶ。
「結構頑固なんだな」
口に運ぶ手をとめて正面を見る。フードを目深に被ったベルトラートが楽しそうに口角を上げている。フードで影ができて顔の全容は見えないが、鮮やかな緑色の瞳がじっとエルーシアを見つめていた。
「そうですね。融通が利かないと、よく言われました。ベルトラートさんも中々頑固そうですね。頑なにフードを外しませんよね? お顔を拝見してみたいわ」
「ローブは魔術師の象徴だからな。顔を知らないほうがミステリアスだろ?」
ベルトラートは楽しげにクックッと喉を鳴らす。
「おい、ベルが笑っているぞ!」
「おぉ、笑うなんて初めて見たな」
ジークヴァルトとエドガルトが驚きの声を上げた。ベルトラートは咄嗟に手で口元を隠し、咳払いをする。
何事もなかったように料理を口にする。
「ベルは年齢や出身地など聞いても教えてくれないんだ。俺たちとは喋らないし、何でエルとは話をするんだよ。エルだって会話に入って来ねーし」
(そんなこと言われても……)
ジークヴァルトの拗ねた物言いにエルーシアは苦笑を浮かべる。
のどかなリンデンベルクで育ち、俗世から切り離された大神殿で聖女として鍛錬を続けてきた。
なので、ジークヴァルトたちの会話に入らないのではなく、入れないのだ。
華やかな王都で生活をしているトルディラ、ジークリンデ、ジークヴァルトやエドガルドは王都の話で盛り上がっている。
「聖女様が使える魔法は聖属性だけか?」
「いえ、水魔法も使えますよ。聖魔法と水魔法の混合魔法もできます」
ベルトラートは食事をする手を止め、興味深そうに前のめりになっている。エメラルドの瞳は輝きを増し、エルーシアの瞳を捕らえる。
(ベルトラート様の顔はフードで隠れて見えないはずなのに、どうして瞳の色が、瞳から興味を持たれていると分かるのかしら?)
ベルトラートはフードを目深に被り、顔が見えない。なぜ瞳だけが見えるのか。エルーシアは小声で話しかける。
「あの、もしかして認識阻害の魔法を?」
「ああ、正解だ。まぁ、容姿にコンプレックスがあるから、誤魔化しているとでも思っておいてくれ」
愉快そうに目を細めるベルトラートに、不思議に思っていたことを放つ。
「皆様に、ベルトラート様のお顔がどう見えているのか分かりませんが、目だけが見えるのは、ちょっと……」
「ちょっと?」
言い淀んだエルーシアに、すかさず反応したベルトラートは言葉の先を催促する。
「えっと……不気味です」
思わぬ言葉が飛び出し、ベルトラートはポカンとしている。言葉にしたエルーシアは、言っても良かったのかと、気まずそうに視線を逸らした。
ベルトラートの肩が揺れている。気分を害してしまったかと、心配になって謝ろうとした瞬間。
「クッ、クククッ、フッ」
ベルトラートは身をよじり、横に向いた。
「フハハハハッ」
笑いがこみ上げ、我慢ができずに吹き出し、声を上げて笑っている。ベルトラートの笑い声に五人は驚き、ベルトラートを凝視している。
ひとしきり笑った後、テーブルに視線を向けたベルトラートは五人から凝視されてビクリと身体が跳ねる。
「うぉっ?」
びっくりして素っ頓狂な声が漏れた。
ベルトラートの驚き方がツボに嵌ったのか、トルディラが笑い出し、つられてジークリンデもジークヴァルトが吹き出した。
エドガルドはベルトラートがこんなふうに笑えるのかと、穏やかな目で見守る。
勇者一行の中でエドガルドが最年長だ。一行のまとめ役的な存在である。
合同練習でも一匹狼なベルトラートを何かと気にかけていたが、袖にされて苦笑していた。
皆と馴染んでほしいと気を揉んでいたが、エルーシアとは打ち解けたように感じ、もう大丈夫だと確信した。
バツが悪そうにフードの上から頭をかくベルトラートに、頭をかくならフードを外せばいいのにと一同は同じ思いを抱く。
(自分から壁を作っておいて、自ら壁を壊すなんて、何だか憎めない人ね)
エルーシアはクスリと笑う。
「〜〜エル! 笑うな!」
先程までは聖女様と呼んでいたはずなのに愛称呼びになっている。余裕綽々だった態度は一変し、余裕をなくして過剰に反応しているベルトラートに、エルーシアを除く四人は生温かい目でベルトラートを見守る。
小鳥の囀りで目を覚ましたエルーシアは両腕を上げて伸びをする。トルディラとジークリンデも目覚めたようだ。
「おはようございます。トルディラ様、ジークリンデ様」
「おはよう。エル、昨日愛称で呼び合うって決めたじゃない。ちゃんと呼んでほしいな」
「おはよう。リンデの言う通りよ、さあ、呼んでちょうだい」
トルディラが愛称呼びを催促してきた。平民の身で王女と伯爵令嬢に愛称で呼ぶのは躊躇われて。モジモジしているエルーシアにしびれを切らしたジークリンデがため息をついた。
「エルは頑固ね。昨日、ベルにも言われていたでしょ?」
ジークリンデに指摘されてベルトラートを思い出す。
「一度口にしたら抵抗が無くなるわ。ね?」
トルディラに優しく諭されて、エルーシアは覚悟を決める。
「おはようございます。ディー、リンデ」
「ふふっ、良くできました」
トルディラは穏やかにほほえむとジークリンデはにこやかに頷いた。二人の反応を目にし、エルーシアは気持ちが軽くなった。




