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22 愛称

 勇者一行は魔王が封印された地を目指し、旅の初日は宿屋に泊まることになった。

 三人部屋が空いていたので二部屋を取り、男女別に部屋に入る。

 

「一日中馬に乗っているのって、結構辛いわね」


 仰向けでベッドに横たわったジークリンデはグッと伸びをして力を抜く。

 クスッと笑うトルディラは疲れていても王女らしく気品を保っている。


 昼の休憩時に馬上で動けなくなったエルーシアは宿に着き、下馬する前にヒールをかけて動けるようにしていた。


 乗馬の時間を削ったことを後悔しているエルーシアは、荷物を置いてすぐにストレッチを始める。

 騎士団長が熱く語っていた筋肉の大切さを身をもって実感したので、団長の言葉を思い出して身体を動かす。


「エルーシア、いきなりストレッチなんて、どうしたの? 休憩したほうがいいわよ」


 部屋に入るなりストレッチ始めたエルーシアを不思議に思い、トルディラが声をかける。

 仰向けのままのジークリンデは休憩時に動けなくなってへこんでいたエルーシアを思い出し、筋肉を鍛えようとしていると、察した。


「ディー、エルーシアのやりたいようにさせてあげて」

「でも……」

「いいから。ディーもくつろいだら? ここは宮殿じゃないし、気を張り詰めてると良くないわよ?」


 幼い頃から王族たるものはと言われ続け、姿勢良く座ることが身に染みついている。

 くつろげと言われても、どうしていいのかトルディラには理解できない。


 困惑しているトルディラにジークリンデが身を起こし、トルディラの肩を押した。


「きゃっ」


 自室のベッドより硬いベッドに倒れたトルディラは小さな悲鳴をあげる。


「リンデ、何をするの」

「そのまま仰向けで伸びをしてみてよ」


 笑顔のジークリンデに、トルディラは仕方がないとグッと伸びをして天井を見上げる。


 宿の天井は木が持つ温かみのある色に木目が模様のように見える。同じ木目がないと気づき、自然と目が新たな木目を探して動いていく。初めて目にする木目の美しさにトルディラは惹きつけられている。


 壁紙も貼られていない木の色の部屋。飾り気のない部屋と硬いベッド。トルディラは魔王討伐の旅に出たのだと急に実感する。


 王宮を後にした今朝は、馬に乗り、討伐の旅だと分かっていても、どこか観光気分でいた。


 ふわふわした気持ちが、一気に現実に引き戻された。


 慌てて起き上がったトルディラの顔には恐怖が浮かんでいる。先祖である勇者と聖女が激闘の末、最後の力を振り絞り封印したという魔王を、本当に討伐できるのか? 


「ディー?」


 ジークリンデに声をかけられ、我に返る。弱みを見せてはならないと、恐怖に歪んだ表情を消す。


「あ……わたくし、木でできた天井を見るのが初めてで、ちょっとびっくりして……」


 とっさに誤魔化そうと口にしたが、木の天井で驚くなんてないだろうと、下手な言い訳に、思わず顔に手を当てた。もっとましな言い訳はなかったのかと思いながら。


 夕食の前に入浴を済ませて、約束の時間より早めにエルーシアたちは食堂へむかう。まだ夕食には早い時間で他の宿泊客の姿はない。


 食堂は広く、テーブルとイスが二脚、四脚、六脚と宿泊客や外食に来る客に合わせて用意されている。

 夜は冒険者や旅人で賑やかになりそうだ。荒れる夜もあると、テーブルについた刃物傷や倒された拍子にへこみ傷がついたイスが教えてくれる。


 すでにジークヴァルトが場所を確保してくれていた。姉の姿を見つけ、大きく手を振る。


「あら、ヴァルト。もう来ていたの? エドガルトとベルトラートは?」

「まだ部屋にいる。一番広いテーブルを確保したくて、先に来たんだ」


 六人で座れるように場所取りをしてくれたようだ。ジークヴァルトの向かいにジークリンデが座り、トルディラ、エルーシアと並んで座る。


 他愛のない会話をしているとエドガルトとベルトラートが食堂に現れた。


「おっ! エド、ベル、こっちだ」


 ジークヴァルトは手を振る。


「待たせてしまったか」


 エドガルトは大柄な身体を丸めて申し訳無さそうにしている。


「大丈夫よ。まだ集合時間より早いもの」


 ジークリンデが答えるとホッとした表情を浮かべ、ジークヴァルトの隣に座る。ベルと呼ばれたベルトラートはローブで顔が隠れているが、エドガルトの隣、エルーシアの向かいに座った。


 食事を注文し、美味しそうな料理が次々と運ばれてくる。


「では、食事をしながら、改めて自己紹介をしよう。俺はジークヴァルト。ヴァルトと呼んでほしい」

「僕はエドガルト。ヴァルトにエドと呼ばれているよ」

「ヴァルト、愛称で呼んでいるの?」


 驚くジークリンデに、ジークヴァルトは得意げに鼻を鳴らした。


「名前は短いほうが呼びやすいし、みんなで力を合わせて魔王に挑むんだから、仲間意識が芽生えたらいいだろ?」

「そうね。これから旅が続くんだもの、他人行儀ではうまく戦えないかも」


 ジークリンデも双子の弟(ジークヴァルト)の意見に同意のようだ。


「じゃあ、わたしもエドって呼んでもいいかしら?」

「はい、喜んで」


 槍使いのエドガルトは胸に手を当て、笑顔で答えた。魔術師ベルトラートは会話に加わらずに黙々と食べている。


「ベルも自己紹介しろよ」


 ジークヴァルトが興味なさげなベルトラートに水を向ける。食べていた手をとめて、面倒くさそうにため息をついた。


「ベルトラートだ」

「おい、ベル、それだけか? 他に言うことはないのか?」

「ない」


 ピシャリと言われ、ジークヴァルトな苦笑いを浮かべる。


「ベルは言葉足らずというか、愛想がないっていうか……まぁ、いいや。リンデはリンデでいいんだろ?」


 ジークヴァルトは気持ちの切り替えが早い。姉の愛称の確認をしてきた。


「そうね。わたしはジークヴァルトの双子の姉でジークリンデよ。リンデって呼んでほしいわ」


 ベルトラート以外は頷いた。


(ベルトラートさんて、こんなに無愛想だったかしら? 昼に馬から降りられないと、誰より先に気づいてくれたのに)


 エルーシアは昼間のベルトラートと目の前のベルトラートに隔たりを感じる。


「わたくしは弓使いのトルディラよ。リンデからはディーと呼ばれているの。愛称はディーでいいかしら?」

「王女様を愛称で呼ぶのは……」


 エドガルトは不敬にあたらないかと不安そうにジークリンデに視線を向けた。


「ここでは身分は関係ないわ。エドもわたくしも勇者一行の一人よ。対等な関係でしょ?」


 柔らかい笑みを浮かべて同意を求める。有無を言わせないオーラを感じ、エドガルトは何度も頷く。

 自己紹介の最後はエルーシアだ。いつの間にかエルーシアに視線が集まり、エルーシアの背筋が伸びる。


「……聖女のエルーシアです」


 何となく気恥ずかしくて、みんなの顔を見られないエルーシアはうつむきがちで顔を上げられない。


「エルーシアかぁ、かわいい名前だね。エルかシアか、どっちがいいかな? エドがいるし、シアって呼んでもいい?」


(えっ……)


 シアと呼ばれ、テオドールの姿が思い浮かぶ。

 リンデンベルクでもテオドールだけがシアと呼び、テオ様と呼んでいた幼い頃の記憶が鮮明に広がる。


『シア、森にドングリを拾いに行こう』

『シア、ドングリを埋めたところから芽が出たよ! 見に行こう』

『今夜、星がたくさん流れるんだ。シアと一緒に見たいな。きっとキレイだよ』

『豊穣祭のお祭りを見に街に行かないか? 街は混んでいるからシアは僕の手を握って離さないで。いいね?』

『シア、行かないでくれ。僕はシアが……』


 記憶のなかの幼い姿や少年のテオドールがシアと呼ぶ。タンザナイトのネックレスを首につけてくれて、声変わりが始まった声でシアと呼ばれたのが最後だった。


(シアと呼んでほしい人は唯一人だけ)


 服の上からタンザナイトのネックレスを握りしめる。


「なぁ、シアっていいよな。シアって呼……」


 上機嫌でエルーシアの愛称を決めようとしたジークヴァルトの声を遮るようにエルーシアは無意識に立ち上がる。


「ごめんなさい。シアは嫌です」

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