21 出発
パーティーもお開きとなり、エルーシアは王宮にあるゲストルームに入ると大きなため息をついた。
もしかしたらパーティーにテオドールが来てくれるのではないかと淡い期待を抱いていたが、叶わなかった。
屋敷を出てからテオドールとは連絡を取っていない。どれだけ辛く悲しい思いをしてもくじけずに頑張り続けられたのは、片時も離さずつけていたタンザナイトのネックレスが心の支えになっていたからだ。
(テオドール様の姿を一目見たかったな……)
想いを交わした人は少年の面影を残しているのか、それともたくましい青年になったのか。
パーティーでレイノルドはテオドールのことに全く触れなかった。そういえば聖女として、王族にお披露目されたときもテオドールの話は出なかった。
レイノルドは気さくに声をかけてくれたが、テオドールに関しては聞いてくれるなと、貴族特有のやんわりと拒絶する雰囲気を感じ取り、エルーシアは口をつぐんだのだ。
にぎやかだったパーティーの余韻も抜け、エルーシアはあの日を思い返す。
一度目の人生で対峙した魔王を思い出すと今でも背筋が凍る。禍々しい魔力と凄まじい憎悪をたぎらせた目は全てを破壊するという欲望のみで攻撃してきた。
封印されて長い時が過ぎても憎しみの炎が消えることはなく封印を破壊し、復活した魔王は何に対して恨みを持っているのか。
魔王について何か手がかりになればと、王宮にある図書館に保管されている国王以外は閲覧不可の本を内密に読ませてもらえたが……
(私は魔王を討伐しなければならない。私が……)
エルーシアはネックレスを握りしめ、うつむいた。
二日後。
勇者一行は用意された馬に乗り、魔王が封印されている地へと一歩を踏み出した。
エルーシアも旅にそなえて乗馬の練習はしていたが、長時間乗っていると全身が重く感じた。
初日の昼食の準備で馬をとめて降りようとしても足がガクガクし、降りれなくて途方に暮れていたエルーシアに魔術師のベルトラートが手を貸してくれて、なんとか馬から降りた。
「ありがとうございました」
「大したことはしていない」
「でも、ベルトラートさんが手を貸してくださらなかったら、いつまでも降りられませんでした」
「そうか」
ベルトラートはローブのフードを目深に被り、顔が見えない。かろうじてフードからはみ出た髪の色が黒いことだけは知っている。
河原で食事と休憩をするために、勇者たちは拾い集めた枯木に火魔法で着火させ、スープを作り始めた。
馬たちは水分補給と脚を冷やすために川へ連れていき六頭分の桶に干草と飼料を準備する。
馬たちは大量の水と干草と飼料が必要だ。一日に水は二十リットル、干草と飼料は十キロは食べる。しかも一頭分でこの量だ。
ベルトラートが莫大な量の馬の餌を空間魔法で収納し、必要な分を取り出している。そのせいか、馬の世話は必然的にベルトラートの担当になってしまった。
ベルトラートの空間魔法は時という概念がなく、野菜や肉も痛むことはない。
一行は自炊で新鮮な食材を調理して食べることができる。パンも焼きたてのままで柔らかい。
「ベルトラートのおかげでうまい飯が食えるのはありがたいな」
騎士団の演習で配給される食事は、干し肉や乾燥した一口大のパンとナッツ類だ。
演習の度に食べていたものを、討伐の旅でも食べなければならないのかと、うんざりしていたジークヴァルトは柔らかいパンをほお張り、具沢山のスープに感動していた。
宿屋があれば宿屋に泊まれるが、魔王が封印されている土地は不毛の地が果てしなく続き、野宿しながら旅が続くと予想されている。
だが、柔らかいパンや新鮮な野菜のスープが食べられるなら、野宿の辛さも半減するだろう。
足がガクガクして歩くことがままならないエルーシアは全身にヒールをかけて筋肉を回復させた。
乗馬は普段使わない筋肉を使うのだと、改めて知る。
時間の許す限り貧民街に赴き、病やケガを治していた。限りある時間の中で一番時間をけずったのは乗馬だった。
乗馬に関する知識は取り入れたが、実践が圧倒的に不足していることに気づかないでいた。
長時間、馬に乗ることがなかったのだ。長くて一時間くらいだっただろう。
馬に乗るための筋肉が鍛えられる前に馬から降りていたのだから、半日も乗っていれば筋肉も悲鳴をあげるわけだ。
乗馬をおろそかにしていたことを、エルーシアはものすごく後悔していた。
「エルーシア、どうしたの? これ、あなたの分よ」
皆から離れた場所でひっそりと落ち込んでいたエルーシアに、ジークリンデが食事を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
パンとスープを受け取ると、隣にジークリンデが座る。
「実は、乗馬の練習をおろそかにしてしまい、足に力が入らなくて、驚きました」
苦笑いを浮かべるエルーシアにジークリンデがクスリと笑う。
「完璧だと思っていたエルーシアにも見落とすことがあるのね」
「完璧って……私は完璧からほど遠いのよ? いつも後悔ばかりして、不安がって」
「エルーシアも不安になるの? いつも凛としているから、そんなふうには見えないわ」
ジークリンデは意外だという表情でエルーシアを見つめた後、ポツリとつぶやく。
「不安に思うのはわたしだけじゃないのね。ちょっと安心したわ」
「えっ?」
「一瞬で国を滅ぼした魔王を相手にするんだもの、わたしに務まるのかなって」
ジークリンデの手が震えているのに気づくが、見ないふりをしてパンを口にする。
大丈夫なんて、安易な気持ちで言えるわけがない。
巻き戻る前は勇者が持つ聖剣でも魔王に致命的なダメージを負わすことはできなかった。
魔王討伐の旅は始まったばかりだ。不安を口にしたエルーシアは皆、口にしないだけで不安を抱えているのだと気づく。
(私のせいでジークリンデ様の不安を煽ってしまったわ。このままではいけない、そうだ!)
「お茶会の日にトルディラ様からいただいたドレスを覚えていますか?」
「えっ? ええ、わたしが選んだ赤いドレスや藤色のドレスよね」
いきなりドレスの話をされ、困惑しているジークリンデにエルーシアはほほえむ。
「私はトルディラ様が選んでくれた灰色のドレスで式典に出席して、赤いドレスで舞踏会に行くの。そして藤色のドレスを着てリンデンベルクに帰るのよ」
ジークリンデはぽかんとしてエルーシアの話を聞いている。
「私たちは仲間だわ。信頼して力を合わせればきっと――――」
言い終わらないうちにジークリンデが抱きついてきた。
「そうよね。わたしたちは仲間だもの。協力して魔王を討伐し、あのドレスを着るのよ!」
ジークリンデはエルーシアから離れ、立ち上がる。小さな声でありがとうと聞こえた。
不安で曇っていた表情が輝きを取り戻している。エルーシアは眩しそうに目を細めた。




