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17 王都の神殿へ

 エルーシアは一時間ほど眠り、目を覚ました。


「私、いつのまにか眠ってしまっていたのね」


 身体を起こし、座る。


「ほんの一時間ほどですよ」

「そうなの? 深く眠れたみたいで頭もスッキリしているわ。身体が軽くなったみたい」

「それは良かったです! 私は女神様に捧げる花を摘んできますので、エルーシア様はゆっくりなさってくださいね」

「ええ、そうさせてもらうわね」


 レニは立ちあがり、いってきますと森の中に入って行く。

 

(こんなにゆったりした気分になったのは、いつ以来だろう)


 木々や草花、苔など、森に生息している植物の香りが混じり合い、心地よい香りが心を穏やかにしてくれる。


 空を見上げ、姿を変えながら流れていく雲をぼんやりと眺めていた。


 パライバトルマリンの瞳に映るものは、雲のように純白の花が舞う、白い世界での光景だった。手のひらでもろく崩れた花を思い出している。小さな花の名は……


「お待たせしました」


 息を切らして戻ってきたレニは白い花を抱えている。


「おかえりなさい。ずいぶん早かったわね」

「はい! 近くで咲いていたので。花がしおれてしまう前に、帰りましょう。女神様、喜んでくださるといいな」


 レニは上機嫌で、花束をかごの上に乗せて帰り支度をはじめた。何気なくかごの上に置かれた花束に目がとまり、息を呑んだ。


「ねぇ、レニ。この花の名前を知っているかしら?」

「はい? 名前ですか? えっと、確かシュネークラインですが」


(シュネークライン……この花だわ。白い世界で見た花が実在するなんて。何か関係がある、のね)


 エルーシアとレニは神殿に帰るために歩き始めた。


「シュネークラインの花言葉がロマンチックなんですよ。運命的な出会い、奇跡的な再会なんです。後は思いやり、広き心、過去の愛だったかしら」


 レニははにかみながら花言葉を教えてくれた。運命的な出会い、奇跡的な再会というフレーズは、年頃のレニにとって魅力的な言葉なのだろう。


「あのね、都合のいいときに、この花を摘んだ場所を教えてほしいの」

「場所ですか? いいですよ~ いつにしましょうか? 私はいつでもいいので、エルーシア様の都合のいい日に行きましょう!」


 レニは花を捧げに行くので、神殿前で別れた。エルーシアは部屋に戻り、トルディラに手紙を書いている。

 王都に食物など、買い付けに行く人に王宮に手紙を届けてほしいと手紙を差し出すと、快く引き受けてくれた。






「トルディラ様、エルーシア様から手紙が届きました」

「エルーシアから?」


 トルディラは手紙を受け取り、開封し、手紙に書かれた文字を目で追い、読み終えるとすぐに返事を書いてエルーシアに届けた。


 トルディラからの手紙を受け取ったのは、エルーシアが手紙を出してから半日も経っていない。

 驚きの早さで届いた手紙を開封し、読み進める。読み終えると、エルーシアは部屋を出て大神官に面会を申し入れると、すぐに呼ばれた。


 大神官に面会を申し込んでも、長時間待たされるのが普通だが、エルーシアの場合、すぐに呼ばれるのは、何か起こったなと、話を聞くのが楽しくて、順番を飛ばして呼んでしまう大神官の悪い癖だ。


 さてさて、何が起こったのやらとエルーシアを迎え入れる大神官は好奇心を隠し、威厳を示す。


 大神官と対面で座るエルーシアは落ちついていた。


「今日は何の用じゃ?」

「魔王について調べようと、トルディラ様に王宮の図書館の利用許可をもらいました」

「ほう、魔王について、文献が残っておるかは定かではないが、魔王を封印した勇者と聖女の子孫じゃ。何か手がかりが見つかるとよいな」

「はい。それと、私、緑の聖女に会ってみたいです」


 大神官の目が見開かれた。大神殿側が緑の聖女について真偽を確かめようとしたが、王都の神殿は応じなかった。


 大神殿の使者も、けんもほろろに追い返されていた。どうしたものかと、神官たちを悩ませていた問題だ。


 エルーシアが王都の神殿を訪ねても、追い返されてしまうのではと、大神官の頭をよぎる。


「そなたが出向いても、追い返されるだけじゃぞ? 大神殿(こちら)の使者も何度も追い返されたでな」


 ため息混じりで大神官はつぶやく。


「門前払いされたら、門前で大きな声で言います。大神殿から聖女が訪ねてきたのに、追い返すのですかと。民衆に向かって、女神様に選ばれた聖女が訪ねても、王都の神殿は相手にしてくれません。由々しき事態ですと、叫んできます」


 これなら緑の聖女に会わせてもらえるでしょう、我ながらいい案を思いついたものだわと、エルーシアは胸を張る。


 エルーシアの発言に、大神官はぽかんとしていたが、腹の底から笑いがこみ上げ、声を上げて笑いだした。


 身をよじらせて笑いながら腹が痛いと言う大神官は、きょとんとしたエルーシアと目が合うと、再び笑いがこみ上げ、ぐふふっと吹き出し、エルーシアから視線を外した。


(ええぇ……何で笑うの? 私、本気なのに)


 大神官の笑う姿に、納得がいかないと、頬を膨らませたエルーシアだったが、笑い終えた大神官の真剣な眼差しで、背筋をしゃんとする。


「いや、笑ってすまなかった。あまりに奇抜なアイデアに、王都の神官たちが泡を食う姿が浮かんでしまってな」


 大神官は紅茶に手を伸ばし、喉を潤す。


「そなたのやりたいようにしなさい。エルーシアなら、緑の聖女と会えるじゃろう。邪魔をするようなら、王都の神殿の体面を潰してやるのじゃ」

「はい」





 王都の神殿に出向く許可をもらい、王宮に行く許可をもらった。王宮のほうは日にちが指定されるので、王宮からの連絡待ちとなった。


 問題は王都の神殿だ。エルーシアは大神官に言った通りの覚悟がある。王都の神殿は女神に祈りを捧げる人々であふれている。

 明日は晴れそうだし、人の多い時間帯に王都の神殿に行くつもりだ。


 エルーシアは護衛のもとを訪れ、明日の作戦を打ち明けた。初めは真面目に話を聞いていた護衛だが、話が進むにつれ、笑いをこらえて顔を引きつらせている。

 我慢ができず、くっと笑いが漏れ、慌てて口に手をあて、何事もないような仕草をする。


「明日はついてきてくれるだけでいいわ。お願いします」

「承知、しました」


 護衛の声は笑いをこらえているため、震えていたが、すぐに口を真一文字に結んだ。


 翌日。

 エルーシアは神殿服にマゼンタ色の腰紐を結び、護衛ととも馬車に乗り王都の神殿に向かった。王都の神殿は参拝者でにぎわっている。


 馬車を神殿関係者の出入口前にとめて、護衛の手を借りてエルーシアは馬車を降りる。

 出入口付近にいた神官たちは何事かと集まってきた。神殿騎士が駆けつけ、訝しみながらエルーシアに近づいてくる。


「お嬢さん、部外者だろ? どこで神殿服を手に入れたかは知らんが、ここは神殿関係者しか入れないんだ。さっ、帰った帰った」


 エルーシアを追い払うように背中を押した騎士に、護衛は割って入る。


「あっ? 何だお前は」

「無礼だぞ」

「はっ、何をほざいて……」


 騎士は追い払おうとした若い女性の腰紐の色に言葉を失くす。


「私は大神殿から来ました。緑の聖女にお会いしたいのです」


 凛とした声に、周りにいた神官たちは息を呑む。目の前にいる女性が、聖女だと気づいたからだ。


「あっ、わっ、もっ、申し訳ありません! まさか聖女様とは知らず……」


 騎士は青くなって謝罪するが、エルーシアは見向きもせず、神官たちに近づき、笑みをたたえる。


「緑の聖女にお会いできますわね?」


 神官たちはエルーシアの有無を言わせない笑顔に圧倒され、民芸品の首振り赤牛のようにコクリコクリとうなずいている。


「どっどうぞ、こちらに」

 

 一人の神官がエルーシアを招き入れる。エルーシアは護衛と別れ、神官の後をついていく。


 エルーシアの姿が見えなくなった頃、神官がつぶやいた。


「勝手に招き入れて、よかったのかな?」

「仕方ないだろ。聖女様だぞ。無碍(むげ)にはできないだろ」

「まぁ、そうだけど。神官長の許可をもらってからにしたほうが、よかったんじゃないか? 後で怒られるんじゃ?」

「許可をもらうまで、あの重圧に耐えろってか?」

「無理だよ」

「ああ、恐ろしい笑みだった」


 神官たちは冷や汗を拭い、神殿の中に入って行く。


 あんな作戦を思いつかなくても、マゼンタ色の腰紐が身分を示しているのに気づかないなんて、聖女様も抜けているよなと、一人残された護衛は肩を揺らし、笑いを押し殺した。

☆シュネークラインは造語です。言葉の響きがいいなと思い、使用しました。モデルにした花は花言葉で調べてみてくださいね!☆

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