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16 女神の森

 女神像の前で眠っていたのか、意識を失っていたのか、わからない状態で不思議な光景を目にしていた。


 神官たちの声で現実に引き戻された感覚と、頭がぼんやりとしてはっきりしない状態が続いている。

 冷たい大理石の上で崩れ落ちたような姿勢になっていたせいか、身体中から痛みを感じる。


 湯に浸かれば痛みも引くだろうと、湯浴みの準備をし、大浴場に向かう。

 足先に湯をかけるとじんわりと熱さが伝わってくる。湯に浸かれば温かさが身体にジンジンと沁みる。エルーシアはホッと一息つく。


 あの光景は何を示しているのだろうか? ただの夢では片付けられない思いに囚われている。


(きっと、何か大切な……)


 エルーシアの意識は途切れた。





(何だろう? 周りがざわついている……)


 目を開いたら、心配そうにのぞき込む顔で輪ができている。目を開けた、気がついたと、歓声があがる。エルーシアは現状を理解できていないようで、ぽかんとしている。


「もう! 心配したわよ。あなたが湯船に沈んでいくのを見つけたの。すぐに引き上げて処置したからよかったけど、気づいた私は生きた心地がしなかったわよ!!」


 介抱してくれた神官は目を真っ赤にして大声で怒鳴った後、大粒の涙をこぼした。


「ごめんなさい。助けてくれて、ありがとう」


 頭がはっきりしない状態で湯に浸かったのがまずかったらしい。大事な役目の前に命を落とすところだった。


「あなた、疲れているのよ。二、三日安静にしていなさい」

「……はい」


 安静を申し渡されたエルーシアは猛省し、ベッドに横たわる。レニが冷たい果実水を持ってきてくれた。


「お加減はいかがですか?」


 心配そうなレニにエルーシアはありがとうと、申し訳無さそうに果実水を受け取り、口にする。レモンとハーブ、はちみつがほんのりと香り、冷たさが身に沁みる。


「皆さんに迷惑をかけてしまったわ」

「食事も部屋に運びますので、ゆっくりと休んでくださいね」


 レニの懇願するような声に、エルーシアは言葉もなく頷き、果実水をゆっくりと飲む。


「明日の朝、森に行きたいの。……レニも一緒に来てくれる?」

「はい! あっ! 軽食を持って森で食べましょう。きっと気分転換になりますよ!」


 森で食事をする発想はなかったが、森の中で食べるのもいいかもしれない。今は女神の神気を感じたいと強く思う。


「そうね。では、軽食の準備をお願いしますね」

「はい!」


 レニは嬉しそうに空になったグラスを持ち、部屋を後にした。


 エルーシアは横になり、タンザナイトのネックレスを握りしめる。


 女神の聖紋が発現してからの生活は、一度目とは違う道のりを歩んでいる。一度目の勇者一行のメンバーは二度目のメンバーの中にはいなかった。


 緑の聖女……王太子から婚約を破棄された公爵令嬢。巻き戻る前には存在しなかった聖女がいる。


(私はまだ、力不足なのかしら)


 心もとなさがじわりと広がる。一度目の死を鮮明に覚えているからだろうか。ささいなことで能力が足りないのではないかと、思いグセがついてしまっている。


 エルーシアはネックレスを握りしめた手を口もとにあてた。


(遠く離れていても、テオドール様のタンザナイト(想い)に支えられている。だけど……)


 想いを告げられ、想いを告げた。唇を重ねた感触と抱きしめられたときのぬくもりが、たまらなく恋しい。


(テオドール様の声が聞きたい……)


 エルーシアはいつの間にか眠りについていた。枕に涙の跡を残して。




 翌日。

 小鳥たちのさえずりで目を覚ましたエルーシアは朝の支度を始める。いつレニが訪ねてきてもいいように、支度を終え、椅子に座り待っている。


 ノックされ、扉が開く。


「おはようございます。あれ? エルーシア様はすでに支度をされたのですね。軽食を作ってもらいました。では、森に行きましょう!」

「おはよう、レニ。私のわがままに、朝早くからつきあってくれて、ありがとう」

「私はエルーシア様のお世話を任されているんです。エルーシア様が望むことは叶えたいじゃないですか」


 レニはお礼を言われて、照れたのか、エルーシアに背を向ける。





 エルーシアの世話役を任されてから、世話役兼友人としてエルーシアのそばにいた。


 魔力を伸ばすために貧民街に通い、水魔法を学ぶために魔術師のもとで頑張る姿や、騎士団長に筋肉愛を熱く語られ、げんなりしながら身体を鍛え、聖女としての教養を身につけるために、妃教育並の厳しさを耐え、身につけた。


 必要なことを、言われるまま成しとげてきたエルーシアから、レニは弱音を聞いたことがない。


 エルーシアから何かがしたいと、言われたことはなく、森に行きたいと言われたときは、飛び上がるほど嬉しかった。

 森でおいしいものを食べ、緑の中でゆっくりと過ごし、日頃ためこんでいるものを解放してほしい。


「森へ行きましょうか」

「ええ」


 二人は居住区を抜け、女神の森に向かう。


「おや、おはよう。君たちも森へ?」


 森で散策を終えた神官とすれ違う。


「おはようございます! 今から森へ行きます。神官さまはお帰りですか?」

「ああ、清々しい気分だよ。道の途中ででこぼこした場所があるからね。転ばないように気をつけて」

「はい。ありがとうございます!」


 レニは神官にお礼を言う。レニは産まれたばかりで大神殿に捨てられていた。大神官つきの神官に育てられたが、大神殿の神官たちはレニの成長を見守ってきた。

 レニにとって、大神殿の神官たちは父であり母でもある。


 森の入口をくぐると、空気が一変する。背筋が伸びるような神気が漂い、身が引きしまるが、どこか懐かしさを感じさせる森の雰囲気は、母のような優しさも醸し出していて。

 訪れる者が清々しく感じるのは女神の存在を肌で感じ取っているのだろう。

 この森に立ち入りが許されているのは神殿に仕える者だけだ。王族であっても立ち入りは許されていない。


 森の中に開けた場所がある。レニは大きな敷物を敷き、靴を脱いで座る。エルーシアもレニにならい、敷物に座った。

 レニはカゴから皿と食事を取り出し、てきぱきと並べていく。皿にチーズ、ウインナー、オムレツ、トマトを彩りよく盛り付け、パンと紅茶を用意した。


 軽食と聞いていたエルーシアは朝食と遜色ない食事を用意されて驚いている。


「さぁ、いただきましょう!」

「ええ。いただきます」


 自然に囲まれていただく食事は、神殿で食べているものと同じなのに、数倍おいしく感じた。


「いつもの食事がとてもおいしいわ」

「はい! 森の中で食べると、おいしいんですよ。本当は森での飲食は禁止されていますけど」


 レニがさらりと禁止事項を破っていて、エルーシアはむせた。苦しそうにせき込むエルーシアの背を撫でているレニの話は続く。


「大神官様には許可をとりましたよ。神殿には娯楽がありません。楽しいことがないのは不憫だと、神官様が幼い私を連れ、森で一緒に食事をしてくれたのです。とても楽しくて、優しい思い出です」


 幼いレニは手の空いている神官たちと、かわるがわる森を訪れ、食事をしたり、おやつを食べたり、散策をしていたらしい。先ほどすれ違った神官には肩車をしてもらった思い出があるという。


 レニは神官たちの愛情を受けて育ったのだと、エルーシアは感じた。きっと、レニは女神の愛情も受けていたのだろう。


「ごちそうさまでした」


 レニは食器をカゴの中に片づけ、ゴロンと仰向けになる。


「エルーシア様も横になりませんか? 仰向けになると、大地の力が伝わってくるようで、気持ちがいいですよ」


 森に来てからレニは生き生きと輝いている。レニが言うならと、エルーシアも仰向けに寝ころんだ。

 空は青く澄み、遠くから鳥たちのさえずりが聞こえ、木々から通り抜ける風は心地よい緑の香りを運んでくる。


 エルーシアはいつしか眠りについていた。

 眠ってしまったエルーシアを守るように、レニはそっと起き上がり、空を見上げていた。

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