13 姿写し機
藤色のドレスは、心に秘めた人の瞳を彷彿とさせて。
自分の中に眠る、膨大な魔力を使えるようになるための訓練の一環として、魔力切れ寸前まで回復魔法を使い続けてきた。
魔法を覚え、研究した結果、失われた身体の一部を再生させる魔法を編み出すことに成功する。
旅に耐えられるように騎士団長の指導のもと、体力づくりもしてきた。
一度目の失敗を繰り返さないよう、無我夢中で取り組んだおかげで、エルーシアの魔力と技術は大神官からお墨付きをもらうが、いつまでも一度目の失敗を悔やみ続けるエルーシアの背中を大神官が押してくれて、ようやく他に目を向けられるようになれた。
勇者一行の仲間である王女からお茶会に招待されたのに、なぜか、たくさんのドレスの中から好きなドレスを選んでと言われ、藤色のドレスを選び、身にまとう。
光が当たるとつややかに照り返す生地は絹でできている。
「よくお似合いですわ」
「ええ、本当に」
着替えを手伝ってくれた侍女たちは、ほぅっと息を漏らした。
「さぁ、王女様がお待ちですよ。まいりましょう」
「はい」
エルーシアは侍女に促され、隣の部屋に移動する。
「とても似合っているわ」
「わぁー、エルーシア、とてもきれいよ!!」
藤色のドレスをまとったエルーシアを、目を輝かせて褒めてくれるトルディラとジークリンデ。エルーシアは気恥ずかしそうにほほえみを浮かべた。
「さぁ、次はお化粧ね!」
侍女が眉の形を整え、白粉を肌にのせて、目の形に沿って陰影をつけ、ほおべにで血色よくみせる。口紅を差してお化粧が終わり、二人が選んでくれた装飾品を身につけ、平民の娘から淑女へと変わる。
侍女に促され、トルディラとジークリンデの前に、はにかみながら背筋を伸ばして立つ。エルーシアの姿に二人は黄色い声を上げた。
こんなにきれいなのに、愛でるだけでは惜しくて後悔しそうなトルディラはいい案を思いつく。
「姿写し機の職人を呼んでちょうだい!」
興奮気味のトルディラは侍女に申し付ける。
「はい」
侍女は職人を呼びに部屋から退室した。
「これから姿写しをするわ。姿写しでエルーシアの姿を残したいの。わたくしたちも一緒に写してもらいましょう!」
「わぁ、嬉しいわ!」
急遽呼び出された職人は急いで準備をして来たようで、息が上がっている。
「急に呼び出してごめんなさいね。わたくしたちを写してほしいの」
「仰せのままに」
職人は王女に一礼し、姿写し機と三脚の準備を始める。
トルディラは姿写しの背景はどこがいいかとジークリンデと相談している。エルーシアの立ち姿、椅子に座った姿や日傘をさしてもいいわねと、会話が漏れ聞こえる。
「サロンとバルコニーはどうかしら? 温室も素敵だけど、ここからだと遠すぎるのよね」
右手を頬に当て、トルディラは残念そうに呟く。
「サロンとバルコニーは近いから、移動に時間がかからないし、エルーシアに着せたいドレスも写してもらえるじゃない」
「まぁ! いいアイデアね。そうしましょう。まずはバルコニーで写してもらいましょう」
トルディラがエルーシアの手を取り、バルコニーへ移動する。職人はエルーシアの立ち姿、見返り姿、日傘さした姿と、トルディラとジークリンデの三人の姿を次々に写していく。
サロンに移動し、代々受け継がれてきた調度品を背景に写してもらう。
「次はジークリンデが選んだドレスで写しましょう」
サロンからトルディラに引っ張られるように部屋に入り、ジークリンデが前もって選んでおいたドレスを手にした。落ちついた赤とボルドーの生地に金糸の刺繍が施された、大人っぽいドレスだ。侍女にドレスを渡し、エルーシアは隣の部屋に移動する。
「リンデったら、ずいぶん思い切ったドレスを選んだわね」
「淑女と言うより貴婦人なドレスも似合うかなって。ディーはどのドレスを選んだの?」
「わたくしはこれよ」
光があたると銀色に輝く濃いグレーの生地と金色のレースがふんだんにあしらわれたドレスだった。
「着る人を選びそうなドレスね」
「エルーシアの髪色が淡い色だから、ドレスは敢えて濃い色にしてみたの。ふふっ、たのしみだわ」
いたずらっぽくトルディラは笑う。
赤とボルドーのドレスを着せてもらい、口紅の色を赤みのあるものに変えてもらうと、エルーシアは姿見を覗き込んだ。
エルーシア自身は変わらないのに、ドレスと口紅の色が変わっただけで別人のように感じるのは、情熱の赤とボルドーが持つ重厚さが着る人に力を与えるからだろうか。
藤色のドレスと違い、浮き立つ思いにとまどいを感じる。
ジークリンデが選んだドレスをまとい、部屋に入ると、部屋の雰囲気がガラリと変わった。清楚な雰囲気だった藤色のドレスとはうってかわり、あでやかな雰囲気を醸し出しているエルーシアに、一同は目を見張る。
「エルーシア、何か、大人っぽい雰囲気ね。素敵だわ」
「一瞬、別人に見えて、驚いちゃった」
ドレスを選んだ本人が驚いたという。ジークリンデの思い描いた姿とかけ離れていたのだろう。どのように想像されていたのか、エルーシアは気になったが、敢えて聞くことはしなかった。再び背景選びが始まり、バルコニーの角度を変えて写してもらい、サロンでも扇で口もとを隠した姿など、ポーズを変え、写してもらう。トルディラの気が済んだら部屋に戻り、トルディラの選んだグレーのドレスを身にまとう。口紅の色をベージュピンクに変えて、髪を結い上げ、装飾品は真珠を身につけた。
「このドレスも素敵ですね。上品で、凛としたエルーシア様にとてもお似合いです」
「ありがとうございます」
美しい、趣きが異なるドレスをまとえただけで夢心地なのに、その姿を残せるなんて、なんて幸せなのだろうとエルーシアは思う。いつか、テオドールにも見てもらえたら、彼はどんな言葉をくれるだろうか。