10 魔王討伐メンバーのお茶会
今日は勇者一行の顔合わせを兼ねたお茶会が催される。勇者、魔法使い、槍使いは男性で、剣士、弓使いは女性だそうだ。
エルーシアは湯浴みをし、身支度を整える。大神殿で着用している神殿服にマゼンタ色の腰紐を結ぶ。大神殿から王宮まで時間がかかるので、護衛とともに早めに出発した。
馬車に揺られて、エルーシアはふと思い出す。一度目のときと、勇者一行のメンバーが違うのだ。一度目のときは勇者、聖女、魔法使い、弓使いだった。やり直しの今回は勇者一行のメンバーに剣士と槍使いが加わっている。
(一度目のときにはいなかった剣士と槍使いがいる。私も上級魔法を習得し、今も新しい魔法を開発している。過去との違いが多すぎて……)
女神がくれた二度目の魔王討伐。エルーシアは今度こそ魔王を討ち滅ぼし、テオドールのもとへ帰るのだと、テオドールがくれたタンザナイトのネックレスを握りしめる。
『たまには僕のことを思い出してほしい』
あの日に言われた言葉と照れた様子のテオドールを思い出し、エルーシアの胸は焦がれるように早鐘を打つ。
(お屋敷を出てからテオドール様を思い出したのは初めてだわ。お元気かしら? 一年半も過ぎたもの。記憶の中のテオドール様とはきっと違う姿になっているはず)
エルーシアは身も心も成長した。光を放つような水色に僅かに緑がかる瞳には、強い意志が宿っている。
馬車は王宮の敷地に入り、王宮の入口で止まる。馬車の扉が開き、護衛が差し出した手を取り、馬車から降りたエルーシアは王宮へと足を踏み入れた。
エルーシアは護衛とともに顔合わせの場所に案内されている。廊下を歩いていると、王宮で働く人々とすれ違う。
月あかり色の髪と光を放つような水色に僅かに緑がかる瞳、整った顔立ちの女性が神殿服を身にまとい、鮮やかな紅紫色の腰紐を結んだ姿に、すれ違う人々の視線を引きつける。
マゼンタ色の腰紐を着用できる人物は稀な存在である、聖女のみだ。
聖女が王宮に現れたと、人から人に伝わり、聖女の姿を拝もうと、行く先々には人だかりができている。エルーシアが通り過ぎた後には人々が感嘆の息を漏らす。
案内人が扉の前で止まり、ノックする。内側から扉が開かれた。
「聖女様がお見えになりました」
案内人が告げると、中にいた面々は、一斉に扉に視線を向けた。エルーシアは怯むことなく、優雅に一礼し、部屋の中へ歩を進める。
円卓には討伐に選ばれたメンバーが座っている。エルーシアは空いている椅子に座った。
メイドが紅茶の用意をし、円卓に菓子とともに紅茶が置かれた。
「では、全員揃いましたので、まずは自己紹介をしましょう。勇者殿から時計回りにお願いします」
勇者は席を立ち、円卓にいるメンバー全員に視線を向ける。
「俺は聖剣に選ばれた勇者、ジークヴァルト・ノルデン。王国騎士団所属だ」
バーントオレンジの髪にグレイの瞳、人懐っこい笑顔を見せる。一礼し、ジークヴァルトは座る。隣りにいた槍使いが席を立つ。
「僕は槍使いのエドガルド。平民だから姓はない。バスラー伯爵の騎士団に所属している」
栗色の髪にライムグリーンの瞳、穏やかそうな青年だ。
「わたしは剣士で、ジークリンデ・ノルデン。勇者のジークヴァルトとは双子の姉になるわ」
ストロベリーブロンドの髪に淡い水色の瞳の持ち主で、目力が強い。
「私は聖女と呼ばれています、エルーシアと申します。平民なので、姓はありません」
月あかり色の髪に光を放つような水色に僅かに緑がかる瞳、珍しい色の瞳と神殿服の出で立ちで、興味深げな視線を感じる。
「わたくしは弓使いのトルディラ・アインホルン。王女ですが、皆とともに魔王を討伐するメンバーに選ばれたので、身分は気にしないで接してもらえると嬉しいわ」
金色の髪に青い瞳の持ち主。魔王討伐の選考に催された弓の腕を競う試合に出場し、優勝したのがトルディラ王女だった。
「魔法使いのベルトラートだ」
フードを目深に被った人物は顔が分からない状態で言葉少なく自己紹介を終えた。
全員の自己紹介が終わり、お茶会が始まった。
トルディラとジークリンデが円卓に身を乗り出してエルーシアに近づいた。
「!?」
左右から間合いを詰められ、エルーシアは思わず椅子の背もたれに身体を預けた。
「まぁ、聖女様って珍しい色の瞳ね。あら、お化粧してないの? 白くて透明感がある肌で羨ましいわ」
至近距離で視線が絡む。青空のように澄んだ瞳には好奇心が宿っていて。
「淡い髪色なのね。ホワイトブロンドかしら? 肌もきめ細かくてきれいね。ね、どんなお手入れをしているの?」
淡い水色の瞳は好奇心をたたえ、キラキラと輝いている。
「え? あの……」
トルディラとジークリンデから質問され、エルーシアは交互に顔を向けて戸惑い気味に口を開く。
「特にお手入れはしていませんが……」
エルーシアの言葉に衝撃を受けたトルディラとジークリンデは顔を見合わせた。
「まだ若いからってお手入れを怠ると、後々大変よ!」
「そうよ。あっという間にシミとか出ちゃうから、しっかりとケアしなきゃ。おすすめの化粧水とか、教えてあげる!」
今日は魔王討伐のメンバーと顔合わせを兼ねたお茶会だったはず。男性陣は交流を持つことなく、無言で紅茶を飲み、菓子を食べている。
トルディラとジークリンデは化粧品だの、スイーツの話など、話題が尽きない。話題についていけないエルーシアを巻き込んで、お茶会がお開きになるまで二人はしゃべり続けた。
馬車の中でエルーシアはぐったりとしている。護衛もエルーシアの疲れ果てた姿に驚いている。
「だいぶお疲れのようですね」
「ええ、まあ。メンバーと交流を兼ねたお茶会が、王女様と令嬢と私のお茶会になっていたわ」
「それはまた……」
「今度、王女様のお部屋に招待されるの。ドレスがどうのとか仰られていたから、光栄ではあるけれど……」
エルーシアは言葉を濁した。護衛は苦笑いを浮かべている。
王女はエルーシアにいろいろなドレスを着せて、髪を結い、化粧を施し、淑女の姿をしたエルーシアを見たいのだろう。
叶うのであれば、エルーシアが着飾った姿を拝見したいと護衛は思う。
勇者一行のお茶会から数日後、エルーシアに手紙が届いた。王女からお茶会の誘いで、一週間後に催されるそうだ。欠席は許されないだろう。
お茶会と称して招待されたが、エルーシアを着飾る会になるだろうと感じた。
平民として生まれ、公爵家の使用人であったが、エルーシアも女性だ。おしゃれには興味があった。同じ年の使用人と給金を持って街に行き、リボンや髪留めなど、身の丈に合ったおしゃれを楽しんでいた。
聖女として、魔王討伐を目標に生きる日々は、おしゃれとは程遠くて。女神に誓いを立てた通り、真摯に向き合い、魔力を高め、魔法を習得し、旅に耐えうる体力をつけてきた。
討伐の旅に出る日は近いだろう。そんな時期に王女のお茶会に出席してもいいのか、エルーシアは悩んだ末、大神官に伺いを立てる。
「招待されたなら、参加して楽しんだらいいじゃろう? 悩む程のことかえ?」
大神官はきょとんとして、エルーシアの悩みに答えた。
「でも……」
エルーシアの表情は晴れない。ことを成し遂げるまでは、女神との誓いを守りたい。
「エルーシア、えらく頑なだな? 何か事情でもあるのか?」
「!」
大神官の言葉に、エルーシアの身体が揺れる。じっと見つめる大神官は頷いた。話してごらんと、声なき声が聞こえた。
(あのことを、話してもいいのかしら。私の過ちを、女神様の思し召しを……)
エルーシアは意を決し、大神官に打ち明けることにした。