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08 試験と勝負 3




 本試験で勝負をすることになったシヅキたち以外の生徒も、中試験の結果に危機感を感じたのか勉強に力を入れるようになった。

 だが、教室はしん、と静まり返っていることは無く、以前と変わらない賑やかさがある。


「皆頑張っているわねぇ。座る席が以前とは変わったようだし、班学習が始まったのね? 真面目で偉いわぁ」


 天文学の授業、否、自習の授業は各班それぞれ顔を合わせて座り、班員に教え合う場となっていた。


「ルゥリャナ先生! 大好きです!」


 突然の告白。

 天文学の教師、ルゥリャナは生徒に、にこりと微笑んだ。


「きっと中試験の内容のことを言っているのね? 素直で良いわぁ。でも胡麻をすらなくても本試験も全く同じ内容しか出さない。大丈夫よぅ」


 そう言って一人教室を出ていく。

 教師としてそれで良いのかは分からないがルゥリャナの態度を見るに、他の教師から咎められても気にしなさそうな性格だ。


 シヅキ、ナギト、リュダ、ユーファは一つの机を囲んでいる。ナギトが注意を引くようにペンで机を叩いた。


「⋯⋯これで天文学以外に集中できるな。さて、ユーファは基礎魔法論、リュダは魔法史、シヅキは歴史をやろうか。分からないことがあればすぐに声を出してくれ」

「ああ、分かった!」

「は、はい」


 リュダとユーファは素直にナギトに従った。躊躇いのないナギトの態度に異議を唱えようとするものはいない。

 ナギトは一人返事をしない隣の女子の肩を叩いた。


「おい、シヅキ。起きろ」


 シヅキは首を下に落としたまま。瞼を閉じて動かない。


「ユーファ? シヅキは毎日こんな寝てて、声をかけても起きねぇのか?」

「はい⋯⋯私が声をかけて起きるときもあるんですけど、起きないときは何をしても」


 シヅキの睡眠欲は異常だ。

 ユーファは以前、シヅキに家で寝ていないのかと聞いたことがあった。

 しかし、シヅキは家でも最大限寝ているという。

 ユーファは自分が日がな一日横になっていることを想像して、頭が痛くなった。身体を動かせないなんて、考えられない。


 起きないシヅキにため息を吐いたナギトがシヅキの耳に口を寄せる。


「!!!!!」


 ナギトは耳元で大声を出そうとしただけだったが、悲鳴を上げようとして堪えた女子の声があちこちから聞こえた。

 見てはいけないものを見たように顔を赤らめる者や、鬼の形相でシヅキを睨み付ける者もいる。


 リュダは女子の態度に辟易するように身を縮ませると、聞きなれない声が耳に届いてきょろきょろと首を動かした。

 まるで大きな犬が唸っているような。


「獣の唸り声が聞こえないか⋯⋯?」

「──なんですって!」


 勝ち気そうな女子がリュダに食ってかかった。


「リュダくん⋯⋯女子の文句は気になりましたけど、そんな風に言ったら怒っちゃいますよ」

「は? いや、違うって! 揶揄(やゆ)してるんじゃない。ほんとに聞こえるんだって。は? 聞こえねぇのか? 俺の幻聴か?」


 途端に不安になり始めたリュダが耳を済ますと、まだ聞こえている。ユーファもはっとしたようにリュダと顔を見合わせた。


 ナギトだけが落ち着いていて、シヅキの耳をぎゅう、と引っ張った。


「シヅキ、起きろ! 今は勉強の時間だ」


 シヅキの肩がぴくりと動く。目を擦りながら瞼を開けて、気になったのか耳に手を当てた。


「ごめん⋯⋯。あれ、耳が痛い」

「さっさと起きないからだ」


 まだぼんやりと意識が覚醒しきっていないシヅキにナギトが疲れたような目を向けた。


「何だったんでしょうか。聞こえなくなりました」


 聞こえなくなった獣の声に、リュダとユーファが二人首を傾げると、ナギトがシヅキの中指の指輪を指した。


「シヅキの犬の声だろう。指輪から声が漏れていた」

「前に試合した時に見た、あの狼か! 使役魔法だと思ったが指輪に入っているのか?」

「シヅキちゃんがいつも指輪を着けているのはそういうことだったんですね。親指も指輪をしているから、二匹と契約しているんでしょうか?」


 リュダもユーファも使役魔法は珍しく、小さい指輪にどうやって収まっているのかとまじまじと観察する。


「⋯⋯⋯⋯ん」


 ようやくシヅキの瞳に光が灯り、ペンを手に取った。

 リュダとユーファにじっと見つめられているのに気づいて目を瞬かせる。


「⋯⋯え、何?」

「この指輪から唸り声が聞こえてたんだけど。前見た狼の声なのか?」

「声⋯⋯?」


 シヅキはぱっと指輪を見た。


「レン。⋯⋯レン?」


 頭の中にレンの声は聞こえない。

 呼びかけても返事が無いなんて。

 シヅキの眠気は吹き飛んだ。指輪に唇を近づけてもう一度呼びかける。


「レン、応えて?」

『⋯⋯⋯⋯何、つきちゃん』


 あからさまに不機嫌な声だ。

 珍しい声色にシヅキは眉を寄せる。


「何かあったの?」

『⋯⋯つきちゃんが無防備過ぎるのが悪い。分かると思うけど機嫌が悪いから家に帰るまで話しかけないで』


 ぴしゃりと言われて黙るしか無かった。

 リュダとユーファが心配そうに見つめてくる。


「大丈夫か?」

「あ⋯⋯うん。ごめん。そうだよ、レンっていう犬」

「あー、犬、犬な」


 犬だと思い込んでいるならもう何も言うまい、とリュダは適当に頷いた。



「⋯⋯そろそろ勉強する気になったか?」


 もう既にペンを走らせているナギトがシヅキたちの方を一切見ずに言う。

 ユーファはびくりと身をすくませて、リュダとシヅキは少し気まずそうにペンを手に取った。



 国が興ったのは今から百年程前。

 現在の王政の礎ができた。

 貧困と富裕の格差が激しかった国に良政を布いたことで、国民は王家に忠誠を誓い、王家は国民を裏切らないことを約束した。

 この国は国民が忠誠を、王家が約束を守り続けることで今まで平和を保っている。


 シヅキは教科書を捲りながら書かれている文を頭で反芻(はんすう)する。

 歴史の教科書に書いてあることはシヅキの実家にある古書とは所々内容が違う。歴史の授業ももちろん寝ているシヅキが、試験ができないのも当然だった。


 シヅキは手を止めて指輪に目を向ける。

 レンはじっと黙ったままだ。

 シヅキは無意識に親指と中指の指輪を撫でた。


 鐘が鳴った。

 ナギトがちらりと班員の様子を見て、息を吐く。


「⋯⋯明日は残れる人だけでいいから、居残りで勉強をしよう」


 思った以上に進みの悪いシヅキ、リュダ、ユーファを気にしての言葉だった。







 シヅキはいつもの帰り道を心なしか早足で帰る。

 いつもなら気にならない西日が今日は鬱陶しく思えた。

 玄関に辿り着いて鞄を下ろすとすぐに指輪に唇を寄せる。


「レン。家に着いたよ。出てきて」


 つんとシヅキを見ようとしない犬の姿のレンが現れる。

 シヅキは躊躇いながらレンの首にぎゅっと抱きついた。


「⋯⋯レン? 怒ってるの?」

『⋯⋯』


 抱きついたままレンの顔を見上げれば、レンは黙って姿を変えた。

 シヅキは人型になったレンの胸に身体を寄せる姿勢になる。


「⋯⋯ごめん、つきちゃん。意地悪だったね。もう怒ってないよ」

「何で怒ってたの?」

「それは⋯⋯」


 金色の瞳が一度シヅキから目を逸らして逡巡(しゅんじゅん)する。


「⋯⋯?」


 変わらず近い距離から見つめるシヅキにレンが手を伸ばした。


「わ、ちょっと」


 シヅキの軽い身体は、いとも簡単に床に倒されてシヅキは小さい声を上げる。

 背と頭にレンの腕があるお陰で身体を打ち付けることは無かったが、抱き締められていて身動きが取れない。

 レンの頭が首筋に埋められていて肌に触れる髪の毛がくすぐったい。

 は、とレンの吐いた息が首に当たってシヅキはびくりと身体を跳ねさせた。

 肌が見知らぬ感覚にぞわぞわする。


「な、何」

「⋯⋯つきちゃん、こんなに可愛いんだから無防備が過ぎると、俺じゃない男にこういうことされちゃうかもしれないよ?」

「こういう⋯⋯?」

「⋯⋯⋯⋯」



 真剣な顔のレンはきょとんとしたシヅキを見て、長いため息を吐いた。

 これは何も分かっていないな、と諦めて、シヅキの身体を抱き起こす。


「とにかく、しばらく魔獣討伐は休もう。試験まで勉強もあるのに寝てばっかりじゃ困るでしょ?」

「うん⋯⋯そうだね」


 渋々といった様子で頷くシヅキの髪にレンは一つ口づけを落とす。


「明日からはちゃんと勉強しなきゃね。そろそろナギトが怒りそうだよ」

「それはいけない」


 ナギトが相手の班に向かってあんな風に啖呵(たんか)を切ったのだ。

 手を抜いて負けるなんて許さないだろう。

 シヅキは今度は力強く頷いた。




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