07 試験と勝負 2
シヅキたちはそれぞれの中試験の結果が書かれた紙を並べ、頭を抱えていた。
「それぞれに課題がありそうだな⋯⋯」
呟いたナギトが指でリュダの紙を指す。
「一番何とかなりそうなのはリュダだ。普段の授業の様子を見る限り、覚えは良い方だろう? 魔法史は勉強すれば次はとれる科目だ。それに、魔法実技は俺かシヅキが教えられる。本試験の課題も分かっているから大丈夫だろう。問題は⋯⋯」
ナギトは何から言おうか、と指をさ迷わせて結局横の髪を掻き上げた。
それを見てユーファは身を小さくし、シヅキは目を瞬かせる。
「シヅキは、歴史は勉強するとして武術はどうする」
「大丈夫。身体強化の魔法を使うから」
「また怒られるんじゃねぇのか?」
呆れるリュダにシヅキは真剣な声で口を開いた。
「⋯⋯次はばれないように使うよ。実際に武術を使わなきゃいけないタイミングになったら身体強化の魔法くらい使うでしょ。それに公平じゃないって意見は心配いらない。魔法を使っても並み以下だから」
「なるほど⋯⋯!」
『こんなつきちゃんの言葉で納得するのもどうかと思うけど』
シヅキは抗議の意思を込めて中指の指輪をとんとんと叩いた。
「⋯⋯分かった。ユーファは⋯⋯」
「ひいぃ!」
ナギトから声をかけられただけだ。
ユーファが頭を守るように手を上に上げる。
『この子はどうしたの?』
「ユーファ、ナギトに怯えすぎじゃね?」
「あ、あの、クラス一完璧な人が、クラス最下位の成績に対してな、何を言うのか、と」
ユーファの目がぐるぐると泳いだ。ナギトは、はぁ、と息を吐く。竜の吐息にでも会ったかのようにユーファが固まってしまった。
「⋯⋯シヅキの言った通り、初めてでこの点数ならよくやっていると思う。分からないところは班員に聞けば良い。逆に武術はシヅキに教えてやってくれ」
「あ、はい⋯⋯」
思いの外の優しい言葉にユーファは冷静になったようだ。恥ずかしそうに俯いた。
「後は俺だが、詩の評価基準が理解できてないからな。自信がない」
シヅキがじっとナギトを見つめる。
「⋯⋯ナギト、私が教えようか? 私の詩、先生が気に入る表現があったみたいで、対策になるかもしれないし」
「ああ、シヅキ、悪いな」
そのやり取りを見たユーファが首を傾げる。
内緒話をするように隣にいるリュダの耳元に話しかけた。
「⋯⋯この二人、私たちの世代には珍しく毎日着物ですし、何か関係があるんですか⋯⋯?」
「この国の二代名家だ。春っていう華族の⋯⋯あー、一番偉い? 位の中でも一位と二位の家の出身で、その二つの家は着物を着てることで有名だぞ」
「⋯⋯シヅキちゃん、ナギトくんに対して特別親しいような気がします。私の気のせいですか⋯⋯?」
「そう言われてみればそんな気するな?」
こそこそと話しているつもりでも周りには案外大きく聞こえていたりするものだ。
さらに全く隠す気のないリュダの声で、会話は全てナギトとシヅキの耳に届いていた。
「ああ、俺たちは婚約してるからな」
「「婚約うぅぅ!?」」
とてつもなく大きい女子の声が聞こえて、ユーファはぴゃっと飛び上がった。
ユーファが驚きに後ろを振り向くと、気まずそうに目を反らす女子が何人もいる。
いや、そんなことより、とユーファはナギトに詰めよった。
「こ、婚約ってどういうことですか? いえ、婚約の意味はさすがに知っているんですけども!」
「婚約って今は中々ないよな?」
「本当なんですか? シヅキちゃん!」
ユーファはすぐに矛先をシヅキに変えた。
シヅキはぽかん、と珍しく驚きを露にしてナギトを見る。
『ナギトの奴、わざと言っただろ。俺が聞いてるって知っておきながら⋯⋯』
唸るように言うレンの言葉はシヅキに届いていなかった。
婚約は過去に家同士が決めたものというだけで、ナギトとシヅキの関係はそのようなものではない。なぜ敢えてそれを話したのか、シヅキには心底疑問だった。
「⋯⋯嘘、では無いけれど」
真実とも言いがたい、と続けようとしたシヅキの言葉は黄色い悲鳴に掻き消される。
「何ですか? 皆さん。今は授業中ですから静かにしてください」
ラギアスの注意で教室の中は静かになったが、それは表面上のことだ。
生徒たちはこそこそと小声ながら早口で捲し立てるように喋っている。
あからさまにシヅキたちの班をちらちらと見ていて、何を言っているのか聞かずとも分かりそうだ。
『こんな奴のどこが良いのか俺には分からないけど、女の子に人気なんだよね。つきちゃん、背後には気をつけた方が良いよ』
物騒なことを言わないでほしい。
しかし、刺さる視線から全く笑い飛ばす話でも無さそうだ。
視線を気にしている内に、授業が終わってしまった。
明るい鐘の音が聞こえる。
班が解散しようとした所で、近づいてきた声が皆を呼び止めた。
「おい、リュダ! と、班の人たち。ちょっと相談があるんだが」
声をかけたのはリュダと仲の良い男子だ。
ナギトが無言で続きを促せば、その男子は苦笑して口を開いた。
「本試験、俺たちの班と勝負しようぜ」
「勝負?」
リュダが訝しむように低い声を出す。
「何でこんなことを言うかって⋯⋯分かるだろ」
男子生徒はちらりと後ろを見てぱちりと片目を閉じた。
その方向には同じ班らしい女子達が腕を組んでむっと唇を歪めている。
中には入学初日にリュダと言い争っていた金髪の生徒もいた。
「あー」
「突然婚約なんて聞いて、女子の闘争心に火が着いた、みたいな? 俺は面白そうだから乗ったんだけど。勝った方が言うこと聞くとかどう? 人道に反しない程度で。その方が面白そうじゃん」
どうする? もちろん断ってくれても良いけど。
そうにこにこと笑う男子はナギトが乗ることを分かっているみたいだった。
「皆が良いなら乗ろうと思うが」
「⋯⋯私は⋯⋯良いよ」
『つきちゃんの良いよ、は、どうでも良いよ、だね』
「俺も良いが、心配ではあるな」
心配はユーファのことだ。リュダがちらりと隣を見るとユーファの顔色はあまり良くない。
「⋯⋯ユーファは?」
「わ、私がいるので迷惑だと思いますが⋯⋯ええと、皆さんそれでも良いと言うのなら⋯⋯、はい、がんばります」
次第に声が小さくなっていく。
ナギトは頷いて女子生徒の使者となっている男子に向き直った。
「勝負をかけてくるということは、お前達は勝てると思っているんだな?」
「俺自身は勝っても負けても良いけど、悪くない勝負になるとは思ってる」
男子生徒の班は優秀な者ばかりのようだ。
ナギトはそれを聞いて、薄く冷たい笑みを浮かべた。
「勝負を仕掛けたこと、後悔させてやろう」
完全に悪役の微笑みだった。