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06 試験と勝負 1




 春も半ばに差し掛かった。

 リッカの生徒たちは学校生活にも慣れ、授業の合間には友達同士で話す声が教室に満ちている。

 年の一歳や二歳の差など関係無く、和気あいあいとした空気だ。


『ねえ、そろそろ暑くなるんじゃない? 皆みたいに洋服着てみようよ。つきちゃんの洋服姿見てみたい』


 この学校は特に服装の指定は無く、皆それぞれの服を身に付けている。

 着物を着ているのはシヅキとナギトだけだ。

 その他の生徒は華美でないワンピースやシャツにズボンといった格好をしていた。


『ほら、ユーファちゃんみたいな』


 シヅキはレンの声で隣にいるユーファに目を向けてみる。

 今日は薄桃色の膝下のワンピースに黒のリボンで腰を絞っている。春らしく可愛らしい姿だ。

 こんな格好似合うと思えない、と軽く頭を振ってとん、とんと二回指輪を叩いた。

 最近はシヅキが話せない場所では一回叩くと肯定、二回叩くと否定の合図となっている。


『えー、何で。つきちゃんの家にばれないように家の中だけとかは?』


 尚も食い下がるレンにシヅキは二回、今度は強く指輪を叩いた。




「皆さん、席についてください。今からは中試験の結果を返しますよ」


 教室の戸を開けて入ってきたラギアスの声に和やかだった生徒の雰囲気が一変した。

 シヅキの隣にいたユーファはがくがく震えながら席に戻っていく。

 死刑を言い渡された囚人のような後ろ姿だ。


 ラギアスは生徒の様子を見て苦笑いを浮かべながら、一人一人の名前を呼んでいった。


 中試験とは、先日行われたリッカ初めての試験だった。

 リッカでは一年の内、前期と後期で二回ずつの試験がある。

 中試験と本試験と呼ばれ、中試験では追試もなければ成績も付かない。中試験の内容はほとんどそのまま本試験に出る、言わば練習のような試験だった。

 シヅキにも全科目の結果が記された紙が渡される。結果は想像通りだった。


「皆酷い顔をしていますが、大丈夫ですよ。例年通りです。それでも卒業した先輩方はほとんどの人が本試験で合格しています。それはなぜか──!」


 ジャジャーン、と音楽が流れた。

 ラギアスの魔法だ。生徒を元気付けようとわざと明るく振る舞っていたが、しん、と静まり返った教室には不釣り合いだった。

 気まずくなったのかラギアスが咳払いをする。


「んんっ、これからは班を作って生徒同士で教え合う授業をしていきます。これが中々上手くいくんですよ。あ、班の振り分けは僕の方で行いました。仲の良さそうな生徒で組んだつもりです」


 シヅキの頭の中にレンの呆れ声が聞こえる。


『仲が良い子って言ったって、つきちゃんにはユーファちゃんしかいないじゃん』


 シヅキにとって、ユーファも時々話しかけてられるだけで、友達と言って良いのかは怪しい。


「きちんと班が機能してくれるように言っておくと、個人の能力も勿論ですが、班の総合した点数も多少成績に含めます。他人に教えた分は自分の学習にもなりますし、無駄ではありません。勉強が苦手な人も少しでも良い点数をとることで班に貢献できますよ。成長の幅も見ていますからね」


 これで実際に成績が上がるのだから良い方法なのだろう。

 シヅキは他人事のようにぼんやりとラギアスの話を聞いていた。


「──が一つの班です。次が最後ですね。シヅキさん、ナギトくん、リュダくん、ユーファさん。では今から班で集まりましょうか」

『班までナギトと一緒なの⋯⋯』


 レンの疲れた声が聞こえた。




 シヅキがゆっくりと立ち上がると、赤毛の生徒が駆け寄ってきた。


「班一緒だろ? よろしくな」


 入学して初めに模擬試合をした時とは違う友好的な態度にシヅキは目を瞬かせる。

 そこに、試験の結果の紙を握りしめたユーファが幽霊のように近づいてきた。手の中の紙はくしゃりと皺がよっている。


「よろしく、お願いします。迷惑をおかけします。すみません⋯⋯!」

「おい、そんなに悪かったのか?」


 リュダが慰めるようにユーファの肩を叩いている。


「この四人か」


 ナギトが歩いてきて、班員が揃った。


「まずはどうすれば良い?」


 リュダがナギトの方を見た。

 ナギトが一番成績が良いと予想しての行動だ。

 ナギトは眠そうなシヅキ、目を輝かせてやる気十分なリュダ、完全に萎縮しているユーファを見て、軽く息を吐いた。


「中試験の結果把握からしよう。互いの得意分野、苦手分野を知った方が良い」


 ひぃ、と細い悲鳴がユーファから漏れた。震える姿は子兎のようだ。ナギトはその様子に一切構わず、リュダを指名する。


「んー、俺は赤点は魔法実技と魔法史」


 シヅキは意外そうな目をリュダに向ける。試合で見た中では実技が不得意には見えなかった。


「魔法実技は先生が言った課題をこなすものだっただろ? ああいう咄嗟の魔法構成は得意じゃねぇんだ。俺は練習型だからな。魔法史はー、普通に難しくなかったか?」


 リュダがユーファに同意を求めるとユーファがぶんぶんと首を大きく縦に振った。赤点二科目はクラスの中では十分に良い方だ。


「次、シヅキ」

「⋯⋯私は武術と歴史が駄目」


 シヅキが机に放った紙に示された点数は武術が極端に低い。歴史はあと数点で合格だった。


『つきちゃん運動は並みの人間よりもできないからね。こっそり身体強化の魔法使って、注意されての結果だからクラスの誰よりも武術の点は低いかも』


 その通りかもしれない。

 シヅキは次は先生にばれない魔法を使おうと決意した。


「わ、歴史はぎりぎりですね。それにしてもその他の教科がすごすぎます⋯⋯!」


 ユーファが信じられない存在のようにシヅキを見つめる。その他の教科はほぼ九十点台だ。基礎魔法論、天文学は百点だった。


「何で普段寝てるのにこの点数がとれるんだ?」


 首を傾げるリュダにレンが答える。


『つきちゃんは小さい頃に家で全部勉強した上でリッカに通っているから。といっても歴史はかなり内容が違ったみたいだけど。寝てなければ歴史も合格できたんじゃない?』


 その声はリュダに届く筈もない。


「じゃあ、ユーファ」

「ええええと、わ、私の結果はですね」


 ナギトの視線に分かりやすくユーファが動揺し始めた。


「赤点は基礎魔法論、実践魔法論、魔法実技、魔法史、歴史、詩、です⋯⋯」


 差し出されたくしゃくしゃになった結果の紙にリュダとナギトがぴしりと固まる。

 挙げられた項目のほとんどは合格点の半分にも満たない。詩だけはあと十点といった所だった。

 武術と天文学は百点だ。


「ここと、ここの差は何なんだ!?」


 リュダが叫ぶ。


「あはは⋯⋯私運動、得意なんです。天文学は全員合格ですよね?」


 授業では何も教わっていない天文学の試験は、クラス全員が合格という結果となった。

 どんな問題が出るのかと困っていた生徒はたった一問しかない問題用紙に肩の力が抜けたのだった。

 ──星の名前を三つ書け。

 二つ正解すれば合格、三つ正解すれば満点だ。

 さらに、ある生徒が実在しない名前を書いた所「あなたが星を見つけたらこの名前をつけてねぇ」と言葉付きで丸になっていたらしい。


「私両親も祖父母も魔法士じゃなくて、魔法の才能に気づいたのはつい最近なんです。授業の速度が思ったよりも速くて⋯⋯」


 事前知識が無いのなら、一般の生徒よりも何十倍も大変だ。シヅキは初めて知った事実に心の中で感心の声を漏らした。


「授業だけの知識でここまでできてるなら、十分努力していると思う。よく頑張ってるよ」

「シヅキちゃん⋯⋯本当ですか⋯⋯!?」


 ユーファが感激したように瞳を潤ませた。


『つきちゃんはそういう台詞(せりふ)さらっと口にするよね。でも周りを(たぶら)かしてる自覚は無いんだよなぁ』


 シヅキはレンの声に意味が分からず内心首を傾げる。


「ナギトはどうなんだ?」

「俺は詩が駄目だった」


 ナギトの結果の紙には、詩以外の全ての教科に満点評価と詩の項目はあと二点で合格の数字だ。


「⋯⋯」


 ユーファは言葉を失っている。

 詩は、複雑な魔法を使うときに必要な詠唱が詩を元にしていることでリッカに取り入れられている教科だが、試験の内容は「自然」を題にした詩の作成だった。


「⋯⋯自分で詩を作るのは苦手でな」


 苦味を含んだ声にリュダは不思議そうに頬を掻いた。


「なんつーか⋯⋯ナギトも人間だったんだな」




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