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05 赤い瞳の獣




 リッカで学ぶ科目は多岐に渡る。

 基礎魔法論、実践魔法論、魔法実技、魔法史、歴史、武術、天文学、詩、など。

 その内容は概要から研究者に必要な知識まで幅広く、リッカの生徒は高度な学びに対する姿勢が求められた。

 授業を休む、また授業中寝ているなどもっての他だ。しかし──。


「また、眠り姫(⋯⋯)は起きなかったのね」

「さっきは静かな授業じゃ無かったのに、寝ていられるのが逆にすごいな」


 シヅキはそのほとんどを眠って過ごしていた。

 クラスの生徒も慣れたものだ。教師だって何も言わない。

 いつの間にかついていた()()()の呼び名もすっかり浸透してシヅキを指す言葉になっていた。


「⋯⋯ちゃん、シヅキちゃん。次、移動ですよ?」


 肩を叩かれてシヅキは重い瞼を上げた。

 目の前にはシヅキの顔を伺う可愛らしい顔立ち。首を傾げると栗色の髪の毛が揺れている。


「⋯⋯ユーファ」


 魔力暴走から一日休んで登校した時には、ユーファが駆け寄ってきてありったけの感謝を伝えてきた。それ以降、シヅキはユーファに懐かれている。


「次の授業は天文学です。初回授業を受けていないのは天文学だけですから、次の授業で全ての教科の概要は習い終えますね」

「⋯⋯うん」


 シヅキがはっきりと起きなくても手を引いて連れていってくれる。

 眠気が酷い時には壁にぶつかることもあるシヅキにとってユーファの誘導はありがたかった。


「天文学は古くは魔法の構成要素として考えられていたわぁ」


 カーテンの引かれた暗い部屋で、宙に浮かんだ天球儀がぼんやりと光っている。

 校内でこの部屋だけ夜が訪れたかのような空間だ。

 間延びした口調で話す女教師はチョークを手にとり、天文学と書こうとしたところで、チョークが折れた。


「⋯⋯まぁいいわぁ」


 黒板に文字を書くのは諦めて空中に魔力で文字を書く。


「でも今の研究では月の満ち欠けや星の軌道が魔法に関係することは無いと考えられているの。気のせいだったのねぇ。現在で魔法に関係のあることはせいぜい魔方陣の形のもとになってるくらい。ほらぁ魔方陣の五芒星、六芒星、七芒星ってあるでしょう」


 そう言ってきれいな星形を描いていく。描き終えたところでふ、と気怠げなため息を漏らした。


「とは言っても魔方陣のことは魔法論系の授業でやるだろうしぃ、はっきり言って天文学でやることは無いわぁ。好きにしてて良いわよ」


 わぁ、と小さく歓声が上がる。

 何でこんな授業があるかって、昔からの伝統を受け継いでいるだけなのよねぇ、と教師が小さな声で呟く。


「例年他の授業の予習復習の時間になっているわねぇ。あ、もちろん星の話を聞きたい人は先生が話してあげるわ、大歓迎よぅ」


 それだけ言うと教室から続く準備室に歩いて行った。久しぶりに訪れた自由時間に生徒たちは束の間の息を吐く。


「好きに、ってシヅキちゃんはどうしますか? また寝るんですか?」

「⋯⋯そうだね。ユーファは?」

「私ですか? 私は⋯⋯他の授業の復習をしようと思います。恥ずかしながら、全く分からなくて⋯⋯ってもう寝てるし」


 ユーファは寝息を立てるシヅキを確認して少し迷うと、自分の薄い上着をシヅキの背にかけた。



『つきちゃん、つきちゃん』


 聞こえてきた声にシヅキは薄く片目を開ける。


『魔獣の気配がする』


 目を閉じて感覚を研ぎ澄ませてみれば、確かに(うごめ)くものが二つ。

 大きさは中程度。

 国の魔法士は気づいているだろうか。否、この時点で魔獣の気配を察知できる者はほとんどをいない。

 シヅキは誰にも知られないよう左手中指の指輪を撫でる。

 今夜も討伐に行かなければならないだろう。

 許可がある今寝ておこうと、シヅキはもう一度目を閉じた。



 真っ暗な闇の中、街灯の灯りがぽつぽつと灯っている。

 それでも街灯の直下以外は暗いままで、夜を歩くものは提灯(ランタン)を持たなければならなかった。

 その闇に溶ける黒の着物、黒の袴を身につけたシヅキは屋根の上から周りの様子を(うかが)った。その隣には大きな銀色の獣がいる。


「⋯⋯すぐ近くだね。ここから南と、もう一匹は少しだけ西の方?」


『うん。動きはそんなに速くない。どうする? 一匹ずつ順番で行こうか?』


「いや、レンは南、私は西で行こう」


『またつきちゃん魔法を使うの? 最近、授業全部寝てるじゃん』


 呆れるレンにシヅキは、う、と顔をしかめる。

 学校で起きているべきだと分かっていても、ほぼ全ての授業を眠って終わらせているのは確かだ。

 父親に連絡が行かないと高を括っているが、父に知られたら面倒くさいどころでは無い対応が待っているだろう。


「でも、魔法も実践で訓練しなきゃ使えないでしょう。新しい魔法を試したいし」


 シヅキの目的のためにはもっと強くならないといけない。

 シヅキの目的と、引かない頑固さを知るレンは尻尾を不機嫌そうに揺らすと、シヅキに背を向けた。


『分かったよ。こっち終わらせたらすぐに向かうから』





 シヅキも魔獣の場所を探りながら移動する。


『見つけたよ。黒の毛に赤の目』

「レン⋯⋯さすがに速い」


 シヅキは足を止めてレンのいる方向に目を向けた。目には見えないが魔物の気配が逃げるようにさらに南に向かっている。

 レンと離れてしまえば、レンの声がシヅキに聞こえるだけで、シヅキの声はレンに届かなかった。シヅキの文句も聞こえることは無い。

 レンは自身の身軽さに加えて風の魔法が得意だ。魔法を使って移動速度を上げたのだろう。

 シヅキも自身の身体に魔法をかけた。身体強化の魔法だ。こうでもしないとすぐに体力が尽きてしまう。


 しばらくしてシヅキが見つけたのは魔獣に共通する黒色の毛並みに赤色の瞳を持った四足歩行の獣だった。

 毛並みは蝋燭(ろうそく)の炎のようにゆらゆらと揺れて、瞳はじっとこちらを窺っている。

 一般人が幽霊のようだ、と形容する姿そのものだ。

 シヅキが一歩でも動けば魔獣も動くだろう。

 魔獣は逃げようか、シヅキを襲おうかよく考えているようだった。

 シヅキは魔獣を囲む四方向に素早く魔法を展開させた。

 現れた黒い鎖が獣の姿を捕らえようと動く。

 その魔法を見て、ようやく魔獣は逃げることに決めたようだ。

 鎖を寸前で交わして夜の闇に紛れようとする。

 魔獣の判断は正しくなかった。もちろん、この低級の魔獣がシヅキを襲ったとして、勝てる訳がない。

 しかし、逃げられる訳も無かった。

 迷いが生じた時点で魔獣の死は決定していたのだ。

 シヅキは次に魔法で黒い蝶を産み出した。魔獣に向かってふわふわと飛んでいく数匹の蝶は魔獣にぶつかるとじわりと溶ける。

 ジュッと焼ける音と白い煙が上がった。動きを止めた魔獣にシヅキが追い付くと、獣の身体が数ヶ所大きく抉れたように無くなっている。

 動けなくなった身体で赤い瞳がシヅキを睨んだ。


「効果は高いみたい。⋯⋯ううん、すぐ終わらせるよ」


 一言声をかけるとシヅキは一息で魔獣の首を落とした。



『終わった?』


 高い屋根から飛び降りたレンがシヅキの側まで歩み寄ってきた。怪我一つしていない綺麗な身体だ。


「今丁度終わった」


 シヅキが魔獣に目を向けると、斬れた断面からぼろぼろと灰になって崩れていく。

 魔獣が死ぬとその身体は分解され大地を循環する魔力の一部になる。



 シヅキは風に流される灰を見送りながら呟いた。


「⋯⋯ごめんね」

『謝る必要無いよ。つきちゃんのせいじゃない』

「⋯⋯⋯⋯レンは優しいね」


 シヅキはレンの毛並みをそっと撫でた。


「いつも私の心を軽くしてくれる。私の、唯一の家族。レンがいてくれて、どんなに良かったか」


 微笑むとレンの尻尾がぱたぱたと揺れた。

 それを見てシヅキはさらに、くすくすと笑いが込み上げてくる。


「隠せてないよ、尻尾」

『隠してないよ。嬉しいんだもん』


 さ、乗ってくでしょ? とレンが言えばシヅキはレンの背中の毛に身体を埋めた。

 明日の授業は起きていられると良い、と淡い期待を抱きながら。




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