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24 不可解な気配




 涼しい夜。

 シヅキは闇に溶ける黒色の着物を着て街を歩いていた。

 灯りのための費用もばかにならない夜は、家も店も皆寝静まり、小さな足音も大きく聞こえる。


『今日は一体か⋯⋯。さっさと倒して早く寝よう?』


 獣姿のレンが欠伸(あくび)を噛み殺す。


「そうだね」


 今日は王都の中心部に魔獣の気配を感じて、追いかけて来た。極小さな気配だが、早めに倒しておいた方が良い。

 レンは軽い足取りで民家の屋根へ上ると、あ、と声を溢す。


『見つけたかも?』

「何で疑問系」

『ちょっと、つきちゃん、こっちに来て』


 シヅキはレンの位置まで短距離転移をして、前足で指された方向に視線を向ける。


「魔、獣?」


 獣と言うのは間違っている。ただの黒い(もや)がそこにはあった。形を保とうとしているのか、靄同士が集るように動いているのが分かる。


『あれ何、つきちゃんの魔法?』

「違うよ」

『そっくりじゃん』


 ははは、と乾いた笑い声を上げるレンを無視してシヅキは靄をじっと見つめた。

 魔獣のなり損ないか、これから魔獣に変化するのか。確かに気配は魔獣のものだ。


 シヅキとレンに気づいたように、魔獣も動きを止めた。赤い目が無いためどちらを向いているかは分からない。


「っ」


 風を切る音がして、黒い靄がシヅキとレンの方向に伸びた。

 二人にたどり着く寸前でかわすが、レンの長い毛は切られたらしい。パラパラと落ちる。


『ああ! 結構切れてる!』


 悲痛な声を上げながら、レンが大きく距離を取る。

 突然の攻撃にシヅキも驚きながら、動きを止めようとすぐに魔法の檻を作った。

 虫一匹通さない檻だが、靄は何も無いかのように、檻からするりと抜け出した。


「⋯⋯駄目みたい」


 抜け出した瞬間、レンの生み出した風の刃が当たるが、靄は分裂しただけで、また凝集している。


『こういうのは炎系が良いかなぁ』


 提案をしながらも、レンは切れた毛を鼻先で触りながら、気も(そぞ)ろな様子だ。

 シヅキは、じゃあ、と手の中に大きな火球を作る。


 ──すう、と。空気に溶けるように靄が消えた。


「⋯⋯?」


 高温の火球は行き場を失い、シヅキの手の中でぽすん、と音を立てて煙となる。

 靄が見えないだけではない。魔獣の気配さら消えている。

 シヅキは意識を集中させ、王都の端まで確認したが気配を感じることができなかった。


「どういうこと? ⋯⋯っ!!」


 シヅキが首を傾げた瞬間、王都からさらに北西の方向に巨大な気配を感じた。

 感じた気配はまたすぐに消える。

 訳が分からなくて、シヅキは混乱する頭を振った。こんなことは初めてだ。


『前にも同じような事があった気がする』

「そうなの?」

『うん。あれは⋯⋯。屋敷に行った次の日だったかな? そのときは北東の方向に気配を感じて、今みたいに消えたんだよ』

「北東⋯⋯センリンの辺りってこと?」

「あー、そうそう! センリン⋯⋯だね」


 二人、顔を見合わせて黙った。

 今日の靄の魔獣も含めて、最近は不自然なことが多すぎる。

 もとより魔獣は王都に多い。梅、桜の家の者しか知らない知識だが、魔獣は瘴気から発生するのだ。瘴気とは、生物が負の感情を抱えたまま死ぬときに、魔力と分裂して生まれる『気』のことである。人が多い場所には暗い感情が凝りやすい。さらに王都の梅の屋敷、地下で行われる儀式は魔獣の発生に大きく関わっているだろう。


 だが、前回、センリンでは辺境にも関わらず、複数の魔獣の発生、そして大きな被害が出た。

 レン曰く魔獣の発生の前には、魔獣の気配が出現して、消える不可解なことがあったらしい。増えている不可解な気配。辺境で発生した大きな被害──。

 そこまで考えて、シヅキは小さく口を開いた。


「次は北西⋯⋯行ってみようか」


『⋯⋯学校はどうするの?』

「ちょうど秋休みでしょ。レンも来てくれるよね?」

「なるほどね。勿論!」


 気配が見つけられなくなった以上、ここで出来ることは無い。

 シヅキとレンは少しでも眠るために家へ戻った。





「あああ!! 髪の毛切れてる!」


 人型になったレンは鏡台(ドレッサー)に写った自分を見て悲鳴を上げることになった。






「はぁー!」


 バン!! と破裂音が聞こえて結界が粉々になる。ラギアスが張った結界をいとも容易く割った張本人は、可愛らしい顔立ちで明るい笑顔を作った。

 他人にはユーファが結界を殴ったように見えただろう。身体強化をものにしたユーファにとっては王国魔法士の結界も障害では無かった。


『すごいね⋯⋯。今までのどの魔法よりも軽々扱えてるよ』


 レンの呟く声が聞こえる。その声色は純粋な驚きよりも、軽く引き気味な色を含んでいた。

 シヅキが武術の授業で身に付いたことと言えば、先生にばれない身体強化の使い方くらいだ。武術ばかりは才能も無いし、努力する気も起きなかった。


「あ、シヅキちゃん! 順番は終わりましたか?」


 順番というのは、授業内の実力試しの順番だ。ラギアスの張った結界に攻撃を入れる内容で、今回は身体強化の魔法と物質強化の魔法のみ、許可されている。


「私は最初の方に終わってるよ。それにしても、すごいね、ユーファ」

「ありがとうございます! これなら王国騎士にもなれますかね?」


 はにかみながらのユーファの言葉に、シヅキは驚きながらも真剣に考えを巡らせた。


「王国騎士⋯⋯女性騎士は珍しいけど、最近は多くなってきてる。素手で戦う騎士は見たことが無いけれど⋯⋯」


 ユーファは弓も剣も扱いの勘が良い。素手でも強いというだけで、武器を持っても十分戦えるだろう。身体強化の魔法に加え、物質強化の魔法、魔法付与ができれば完璧だ。


「うん。すごく、合っていると思う」

「良かった! 私の将来の夢、なのでシヅキちゃんにそう言ってもらえて、嬉しいです。⋯⋯シヅキちゃんは、将来のこと、考えてますか?」

「将来⋯⋯」


 思ってもみなかった、とシヅキは初めて気づいた。シヅキの目的は父親を殺すことだ。それだけを考え、父にどんな手が使えるのかを模索している。

 それが叶ったならば──。


「⋯⋯⋯⋯海を見たい、かもしれない」


 ふと、話に聞いただけの()が思い浮かんだ。

 この国のずっと遠く、大陸の端からは、考えられない程広大な水溜まりが広がっているらしい。


「海、ですか。私も見たことありません。うーん⋯⋯長期休みの間に行けるような距離じゃ無いですし、将来の夢ですね!」

「そうだね」


 表情の変わらないシヅキに、ユーファは苦笑して話題を変えた。


「長期休みと言えば、シヅキちゃんはどこかに行く予定はありますか?」

「⋯⋯あ、北西の⋯⋯トセに行くつもり」

「トセ? 何をしに行くんですか? 私の故郷なんですよ!」


 途端にユーファの声色が明るくなった。


「えー、と」

『どう誤魔化そう⋯⋯』


 魔獣の気配を確認しに行くとは言いたくないシヅキは言葉を迷う。


「ただ行ってみたかっただけで」

「そうなんですね! あの、良かったら案内しましょうか? あまり見る所も無いですけど」


『あー⋯⋯』

「いや──」


 それでも断ろうとしていたシヅキの言葉は、駆け寄ってきた声にかき消された。


「秋休みどこかに行くのか!?」

『またリュダか⋯⋯』


 興味津々、といった表情で覗き込んできたリュダも、武術の実力試しの順番が終わったようだ。

 レンは邪魔が入った、と疲れた声を出す。


「皆で遊びに行こうぜ!」

「遊びに⋯⋯良いですね!」

「よっしゃ!」


 ユーファの同意が得られて嬉しそうなリュダは、固まるシヅキを無視して、教室中に響きそうな大声でナギトとシアを呼んだ。


「おい! ナギト! シア! 今度の休み! 皆で遊びに行こう」

「ちょっと! リュダ! うるさいわよ!」


 十分うるさい声でシアが怒る。


「んだよ。シアは行かねぇのかよ」

「行かないとは言ってないわ!」


 シアは恥ずかしいらしく顔を赤くして、ふい、と横を向いた。

 ナギトは面倒そうに近づいてきて一言。


「俺は行かないぞ」

「つれねぇなぁ。ナギト、どうせ暇だろ」

「は?」


 低い声を出したナギトを無視して、リュダは決定事項のように話し出した。


「えと⋯⋯良かったですか⋯⋯?」


 押し黙ったシヅキに気づいて、ユーファがおずおずと、しかし押さえきれない期待を含んだ目で見つめてきた。


「う」

『すごい破壊力』


 一緒には行かない、と言うことも出来ただろう。

 だが、シヅキは断ることの煩わしさもあって、ついには頷いた。




 このような経緯で、秋休みには五人とレンで、北西の町、トセに行くことになったのだった。




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