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23 歴史の授業と恋の授業




 華族議会の次の日はリッカは休日だった。シヅキは丸一日を布団の上で過ごし、その翌日、いつもの窓際の席に座り授業を受けていた。


 王国魔法士であるラギアスは魔獣の事件について知っているだろうが、詳しい調べがついていないからか生徒には何も知らせないようだ。


『朝から歴史か⋯⋯。この人の授業、俺も眠くなりそう』


 歴史の授業もラギアスが担当している。真面目と言えば聞こえは良いが、面白味の無い授業のせいで、他の生徒には眠気と戦う苦しい時間になっていた。

 開始早々眠ってしまう、普段のシヅキにとってはあまり関係無い。

 しかし、今日のシヅキには、昨日よく眠ったからか激しい眠気は訪れていない。初めてまともに受ける歴史の授業となりそうだ。


「──この国は建国当初から百年間、一度も国の形を変えていません。国を拡大することも無く、また侵略されることも無かったということです。バーズリィとは大きな川で、また南と西には山で隔てられていますから、地形的に孤立していたという理由があります」


 ラギアスは黒板にこの国の簡単な地図を描き、北東に川を、南、西の方角には山を書き足した。


「また、この国の問題として魔獣が出現すること、少数民族との摩擦があったことが挙げられます。国内の問題解決を優先させていて他国のことをあまり気にしていなかったんですね」

「少数民族⋯⋯そんな人たちが国にいたんですか?」


 疑問と驚きをもって一人の生徒が尋ねた。他の生徒も、知らない、と言うように顔を見合わせている。


「⋯⋯今はもういません。五十年程前、日輪(にちりん)の民と呼ばれていた民族と、(こう)の民と呼ばれていた民族は虐殺されました」


 ラギアスが黒板に描いた地図の南、山の線の上と、地図の東の平地に目印をする。


「⋯⋯⋯⋯」


 シヅキは黙って目を細めた。国の機関であるリッカとしては、過激な口調だ。教科書では虐殺ではなく粛清という言葉を使っている。

 日輪の民と鋼の民は国の命令によって殺された。しかし、それは不純なものを国から排除する、という謳い文句だったと記憶している。


 口調は淡々としたラギアスだが、どこか普段の様子とは違うように思えた。


『二つの民と先生には何か関係があるとか?』


 シヅキの疑問を感じ取ったようなレンの声が聞こえる。


『もしかして生き残りだったりして』


 他の生徒は、地図を板書しているが、どこか現実味が無いように戸惑った表情をしている。

 五十年前の他人の歴史など、現実味が無くて当然だろう。


 ラギアスはさらに教科書を見ながら言葉を付け足した。


「また、銀の民と呼ばれる民族は、それまで度々姿を確認されていましたが、十年前から確認されていません。昔とは違い、今では国の全土に多くの目がありますから。銀の民が見つからないのは国外に出ていったのだと考えられています」


 レンやシャナたちが呼ばれていた名だ。

 屋敷の地下で無惨に死んでいった彼らは、短い解釈で語られていた。





 授業と授業の合間の休み時間。

 シヅキが次の授業の教科書を出していると、そわそわとシアが近づいてきた。


「お、おはよう。シヅキ」

「おはよう」


 堂々としていることの多いシアにしては珍しい。シヅキは首を傾げながら挨拶を返した。


「どうかした? そんなに⋯⋯恐る恐る?」

「う、ううん。一昨日は少し素っ気なかったものだから、気になって」

「一昨日?」


 ぽく、ぽく、ぽく。と数えて、シヅキはやっと思い出し手を叩いた。


「華族議会のときのこと。ごめん、気にしないで。シアに対して冷たくしようとした訳じゃない」


 シアはほっと胸を撫で下ろす。


「なら良かったわ。それにしても議会の途中で魔獣騒動なんて、びっくりしたのよ。しかも、お父様にとって何よりも重要な街、センリンでなんて」


 シアはあの騒動ですぐに家に帰らされたらしい。家の事情はありそうだが、父親との仲は悪くないと言っているのも聞いたことがある。花梨の当主が安全な場所に逃がしたのだろう。


「街はどんな様子なの?」

「火事と魔獣被害で怪我人や亡くなった人もいるみたいだけど、すぐに復興作業に当たっているわ。あの街は心が強い人が多いから⋯⋯」


 シアはそれだけ言うと、落ち込んだ表情を振り払って、それよりも、と、きらきらとした目を向けてきた。


「シヅキのお父様! 格好いいわね! 私のお父様とは大違いだわ!」

「⋯⋯?」


 心底意味が分からない、という表情のシヅキを置いてきぼりに、シアはさらに頬を染める。


「冷たくて、恐れ多いような雰囲気なのだけど、余りあるほどの魅力があるわ! シヅキのお父様と思えないくらい若く見えるし、格好いいのね。オトナの余裕っていうか! センリンを助かったのも、きっとお父様のご助力あってのことでしょう?」

『シアちゃん⋯⋯趣味悪』


 ぽつりとレンの声が聞こえる。

 シヅキはレンに全くの同感だった。

 あの蛇のような瞳と、死んだような顔色の男のどこが良いのか。

 長所は身長が高いことくらいか。身長が高いならレンの方がずっと良い。そこまで考えてシヅキは一人首を傾げた。


 レンを()()()()相手として見た事は無い、けど。


「シヅキ? 聞いてるのかしら?」

「あ⋯⋯何?」

「何も聞いていなかったの!?」


 眉を吊り上げるシアにシヅキは苦笑するしか無かった。


「何騒いでいるんだ? 面白いことかー?」


 今度近づいてきたのはリュダだ。やはり、赤髪が、一昨日会った騎士によく似ている。


「私の恋のお話ですのよ! 貴方には関係無いわ」

「あっそ。言い方が感に触るがまぁ良いや。なぁ、恋と言えば、ラギアス先生とルゥリャナ先生の関係、気にならねぇか?」


 にやり、と笑うリュダにシヅキとシアは不審げな顔で続きを促す。


「あの二人は絶対何かあるって」

「リッカの若い先生同士で顔を合わせる機会も多いでしょうし。恋仲でも驚かないわ」

「何だよ。驚かねぇのかよ」


 期待外れのシアの返事に、リュダは赤髪をぐしゃぐしゃと掻いた。


「んじゃさ、シヅキ。ナギトはシヅキに何て告白して婚約者になったんだ?」

「突然だね」

「良いじゃねぇか。教えてくれよ」


 あの石像のような奴が何て言って口説くのか、と、わくわくしている様子のリュダだが、今度も期待する答えは返せそうに無い。シヅキは眉をしかめながら答えを口にした。


「告白も何も無い。小さい頃、勝手に家同士で結んだ婚約だから。というか、梅と桜の家には多いの。血が薄まらないようにするために」

「お前ら好き合っての婚約じゃ無かったのか⋯⋯」


 驚いているリュダに、シヅキは、前にも言った、と言おうとして思い返してみる。以前は言う寸前で言えなかったのだったか。


「でも⋯⋯シヅキ側からはそう見ていても、ナギトの方からは⋯⋯なぁ?」

「ええ。私も、シヅキからの表現が分かりにくいだけかと思っていたわ」


 リュダがシアに同意を求めると、珍しく二人の意見は一致しているようだ。シヅキは何のことか分からず首を傾げる。


『⋯⋯⋯⋯』


 レンの長いため息が聞こえた。



「何で気になったの?」

「⋯⋯え? い、いや」

「どうかした?」

「な、な何でも、ねぇよ」

「⋯⋯貴方、本っ当に隠し事ができないのね」


 急に吃りだすリュダに、シアが呆れの目を向ける。


『ユーファちゃんのこと好きだから、参考にしよう、とか思ったんじゃない?』


 シヅキはレンの言葉に、目を丸くさせた。

 本当だろうか。気になって小さく聞いてみる。


「ぇ、と、リュダはユーファのことが好きなの⋯⋯?」

「え、え、ぅええ⋯⋯いや、気になってる、ってだけで」


 小さく聞いた意味がない程分かりやすく動揺して、リュダは頬を真っ赤に染めた。


「ふふ。良いこと聞いたわ」


 意地悪そうに笑うシアに、顔を赤くしたままのリュダは希望を見いだしたように表情を明るくする。


「シア! 協力してくれるのか!」

「しないわよ! 少なくともユーファが多少意識するようになるまではね。今は全く興味なさそうだもの」

「⋯⋯興味無い⋯⋯」


 今度は一気に絶望に落ちたように肩を落とす。




 その様子を見ながら、シヅキは恋とはここまで人の感情を揺さぶるものか、と一人考えていた。




閲覧ありがとうございます

少しずつすすめていきたいと思っていますm(__)m

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