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22 貿易の街、魔獣の群れ 2




 狙い通り、魔獣の群れはシヅキを獲物に決めたようで、シヅキが逃げれば追いかけてくる。

 シヅキは自身に身体強化を使いながら、街の広場まで移動した。ここまで離れれば、赤髪の男を襲うことは無い筈だ。


 先頭で追いかけてきた、一際大きな魔獣が広場の中心にある像にぶつかるようにして止まる。



『こいつ猪なの? あぁ、高そうな像なのに』


 何を模しているのかよく分からない芸術的な像は、ぶつかった衝撃によって簡単に亀裂が入った。


「周りに人は⋯⋯いないね」

『うん。人の気配はしない』

「なんで、あの人は一人でいたのか⋯⋯」

『単独行動してて戦闘になったか、小隊で動いていたなら他の騎士は全員負傷か死んだのかも』


 どちらにしろ、一人で戦って生きていたことは幸運だっただろう。

 レンはもう一度、周りを確認して、人型をとった。


「どうする?」

「とりあえず魔法を撃ち込んでみて、効いてなさそうだったら、大規模魔法を使おうかな」

「了解」


 シヅキが黒い霧で魔獣の身体を縛り、レンが風の刃を次々と放つ。

 普通の獣ならば軽々両断していた威力の刃は分厚い毛皮にかき消された。


「は!? 硬すぎる」


 攻撃を受けて怒ったように小さな魔獣が一斉に暴れだす。霧の拘束が緩んだところで、魔獣が一斉にレンの方へと向かってきた。

 レンは厚い結界を張って魔獣を受けるが、バリバリと嫌な音を立てる。


「⋯⋯っ、牙をも通さぬ 風の盾」


 詠唱による魔法により五体の魔物は後方に吹き飛ばされた。


「つきちゃん、あいつら、機敏な動きは無いけど身体が硬いし、力が強い」

「そう、みたいだね。大きい方一体だけなら拘束は維持できるから、小さい方から先に片付けようか。レン、できそう?」

「うん。⋯⋯あまり得意じゃないけど、この雨だし氷の方が効きそうかな」


 体勢を立て直して突進してくる魔獣を見て、レンは向かってくる方向に手をかざすと、早口で詠唱する。


「口から吐くは白い息 凝固し 捕らえよ 凍りつけ」


 魔獣の周囲の気温が一気に下がり、雨の粒は固まって地面から氷柱が伸びた。

 体表が濡れている獣たちはその場で凍りつき、白い息を吐いたのを最後に動きを止める。魔獣特有の真っ赤な瞳も、見開いたまま氷の膜がはる。


 霧の拘束を剥がそうともがいていた大きな魔獣も小さな魔獣たちの異変に気づいたようだ。

 瞬間、予備動作無く大きな口を開ける。


「レン!」


 赤い魔方陣が現れ、小さな魔獣たちが炎に包まれた。

 シヅキの言葉で気づいたレンは炎に当たる前に後ろに飛び退く。


「氷を溶かそうとしているのか⋯⋯! 連携をとるのは本当なんだね」


 勢いのまま、拘束を引きちぎる魔獣に、シヅキは一旦距離をとった。


「ごめん、レン」

「大丈夫、無事だよ。それに、氷が溶けたとしても、小さい方は全部倒せたから」


 その言葉通り、解凍された獣たちは地面に倒れ込んで、そのまま灰になって消えた。


「残りは、大きい方か⋯⋯」


 雨の音に混じって、怒り狂う獣の咆哮が聞こえる。


「レン、ちょっとだけ足止めできる? 強い魔法を使うから」

「⋯⋯分かった。そんなに長くはできなそうだし、一発で仕留めてくれると嬉しいな」

「うん。外さない」


 レンは大きな獣を見据えると、何重にもなる鎖と魔獣を取り囲む結界を出現させた。

 魔獣が暴れ、数本の鎖が切れる。


「あー、長く無いって言ったけど、本当に長くもたなそう。つきちゃん、早く、早くしてくれると嬉しい」


 軽い口調ながらも、レンの額には汗が浮かんでいる。

 シヅキは集中するため瞼を閉じ、作り出す蝶を思い浮かべた。


「我の手から作り出す一粒 重なり 増える 感じる間も無く 焼けつくだろう 彼のものを覆い尽くせ 毒を隠し持つ 黒い蝶 ⋯⋯レン、結界解いて」


 シヅキの手のひらに描かれた魔方陣から大量の黒い蝶が出現する。黒い蝶は一斉に魔獣へ向かっていき、黒い毛並みの魔獣はさらに深い黒に覆われた。


「うわ。中々気持ち悪い」


 ジュウ、と焦げた音がする。暴れる獣の動きは次第に緩徐になり、ついには動かなくなった。


 シヅキは、はぁ、と息を吐き、力を抜く。

 研究してきた魔法だ。構成速度を上げ、より広範囲に攻撃が渡るよう蝶の数を増やした。

 巨体を倒して、足先から灰になる様子を見るに、魔法は成功しているようだ。


「ありが──」

「っ、つきちゃん!」


 レンにお礼を言おうと口を開いた所で、思い切り腕を引っ張られた。レンの胸に顔をぶつけるようにして飛び込む。


「レン! 下がれ!」


 鋭い声がシヅキの後ろから聞こえ、レンに抱えられたかと思うと、魔獣の断末魔が響いた。


 下を見れば、シヅキの足元まで魔獣の灰が迫っている。


「まだいたの⋯⋯」

「一匹討ち取ったからと気を抜くなよ」


 魔獣を切り捨てた剣を鞘に納めて、ナギトがシヅキに近づいた。どこからか現れてシヅキを襲おうとした魔獣をナギトが倒してくれたのだ。


「ナギト、ありがとう」

「ああ」

「レンも。ありがとうね」

「良いよ。無事で良かった」


 いつもの癖でレンの頭を撫でようとして、身長が大分高いことに気がついた。

 行き場の無い手に気づいたレンが姿勢を低くする。

 ぽん、ぽん、と軽く撫でて、シヅキはナギトに向き直った。


「ナギトは今来た所?」

「ああ。状況を確認してから、一番気配が大きそうな場所に来た。梅と桜の当主は共同で三体魔獣を刈っている。その他は王国騎士、魔法士が三体。魔獣はまばらに出現しているらしい」

「そんなに沢山⋯⋯だから増援がこないのか」

「他の場所の気配はほぼ消えたな。注意する必要はあるが、片付いたと見て良いかもしれない」


 ナギトは身体の力を抜くと、手に持っていた剣を消した。ナギトが普段から身に付けている耳飾りも、シヅキの中指の指輪と同系統の宝具だ。

 ナギトは耳飾りを確かめるように触れて、長い前髪が気になったのか、手で髪を掻き上げる。


「レン。その姿で会うのは久しぶりだな。大分髪が伸びたんじゃないか?」

「ん? あー、そうかも」


 レンは面倒そうに応えながら、銀髪に触れてみた。雨に濡れた銀の髪は後ろの襟足が首までかかっている。


「切ってあげようか」


 シヅキの申し出にレンは複雑そうな顔をする。


「つきちゃんにやってもらうのは何でも嬉しいんだけど、髪を切るのはいいよ。自分でやる」

「自分で後ろはやりにくいでしょ」

「大丈夫。つきちゃんより上手くできる自信があるから」


 頑なに断るレンは、一度シヅキによって切られて失敗された過去があったからだ。

 シヅキは不満そうに頬を膨らます。


「シヅキ、諦めろ。またレンが俺に泣きつくことになる」

「む、分かったよ。⋯⋯レン、もう帰ろうか。戻ってくれる?」


 しばらく待っても魔獣の気配が無いならば、もう帰っても良いだろう。

 シヅキはレンに手を差し出すと、レンは獣の姿に、そして次の瞬間には指輪へと戻った。



「そう言えば、梅の当主からシヅキに会うことがあればと、言伝てがあった。華族議会は次の召集時にまた行うそうだ。屋敷に戻らなくて良い、と。⋯⋯恐らくだが、次の華族議会は、魔法士が今回の魔獣について、ある程度研究と報告を終えた後だ。しばらく先だろう」

「分かった。ありがとう」


 頷くシヅキにナギトは、だが、と言葉を続けた。


「⋯⋯今回の魔獣の発生は明らかにおかしい。一度に多数発生するのも、魔獣同士で連携をとるのも、王都ではなく隣国に近いこの街で発生するのも妙だ。王都だけでなく、この街でも瘴気が溜まっているのかも知れない」

「⋯⋯」


 先程よりも弱まったがしとしとと雨粒は落ち続けている。

 ナギトの言葉と、降り止まない雨は、どうしようもなくシヅキの不安を掻き立てた。




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