21 貿易の街、魔獣の群れ 1
一気に混乱状態となった議会の場で、王が咳払いをして貴族を黙らせる。
そして、王はガリュウに懇願の目を向けた。
「梅の主。行ってくれんか」
ガリュウはふん、と鼻を鳴らすと立ち上がる。
「良いだろう」
あからさまにほっとした表情を浮かべて、王は伝令の侍従に、城にいる王国騎士と魔法士を向かわせるように、と命じた。
取り乱している花梨の当主の側で、シアはどうすれば良いのかと固まっている。
「シヅキ、来い」
そんなシアを横目に、ガリュウに呼ばれたシヅキは部屋を後にするしか無かった。
急いで王が用意したらしい馬車に乗らされ、シヅキはガリュウと共にセンリンへ向かう。
王家の使用人らしい御者は、いつもだったら丁寧だろう馬の扱いは激しく、乗り心地は最悪だ。
足を組んで目を伏せているガリュウを正面に見ながら、シヅキはあえて疑問をを口に出した。
「お父様⋯⋯なぜ馬車を使うのです? 転移魔法を使えばセンリンまですぐですが」
「魔力の温存だ。どんな魔獣と対峙するか分からないからな」
嘘だ。ガリュウの魔力は一回の転移魔法で減る程少なくない。国一番の魔法士であり、ガリュウ自身、儀式によって力を増している。
「私だけ、先に行ってもよろしいですか?」
「駄目だ。戦闘の経験を積ませようと連れてきたが、一人では危険だからな。娘のことを思う俺の気持ちを分かってくれ」
心にも無いことを、冗談のように軽い口調で言い、ガリュウは黒い霧を出現させてシヅキの足を繋ぎ止める。
「何を」
「転移魔法を使われたら厄介だ。大人しく座っていろ」
「⋯⋯⋯⋯」
シヅキは黙って力を抜いた。
こうしている間に魔獣に殺される人もいるのだろう。しかし、今のシヅキには何もできはしない。
無意識に、そっと指輪を撫でる。
『この早さならすぐだ。もう王都を抜けるでしょ?』
レンに言われて窓の外を見れば、北東の方向に王都を抜け、街に入ったようだ。
ぽつ、ぽつと水滴が景色を塗らし始める。
雨だ。
瞬く間に大粒の雨が降り始め、ザアザアとうるさい音をたて始めた。
時間としては昼間だが、辺りは暗く夜が訪れたかのようだ。
シヅキはセンリンの地に降り立ち、辺りを見渡した。出歩いている者はおらず、活気は無かったが、街並みは普段通りでこの街で戦闘があるとは思えない。
耳をそばだてると微かな振動が感じられた。かなり遠くだ。
「お父様? もう良いですか?」
「ふん、そんなに行きたいか。まあ良いだろう。好きにしろ」
手で払うような仕草をしたガリュウに、シヅキは礼を言ってその場を離れる。
「レン」
『乗ってく? その方が早い』
獣の姿で現れたレンに、シヅキは抱きつくように跨がった。
雨の打ち付ける中、風魔法を使ったレンが駆ける。
『これは⋯⋯ひどいな』
「⋯⋯!」
『どうする?』
滝のような雨の中でも赤々と燃える建物。
大きな商家のようで、建物の前にかけられた看板が崩れかかっている。
一足早く着いていたらしい王国魔法士のローブを来た者たちが、水魔法で消火をしようとしていた。
「いや、魔獣を追おう」
『了解』
王国騎士が集まっている場所に、急に現れたシヅキとレンは、騎士から驚きの目を向けられた。
「お嬢さん、こんな場所にきちゃ──」
「馬鹿! あの服を見ろ」
居心地の悪い視線をいくつも向けられ、シヅキはレンから降りた後、雨で額に張り付いた前髪を横に流した。
すぅ、とシヅキが目を細めただけで、恐ろしく見えるらしい。大柄な騎士たちは、小柄な女に見つめられて、緊張に喉を鳴らす。
「お、狼。使役魔法か⋯⋯」
人よりも大きな体躯を持つレンに気圧されたように後ずさる者もいた。
これでは実力があるのかも疑問だ。シヅキはため息を吐きながら、隊長と思わしき騎士に向かって口を開いた。
「状況を教えてください。手伝います」
「は、はい。感謝します。⋯⋯状況ですが、セイリンの商家が火事になりまして、そちらに気を取られている間に魔獣の群れが住民を襲い出したようなのです。現在は五体程確認しています。その内一体はかなり大きな個体で、苦戦しております。逃げ場を無くすため、王国騎士と魔法士が小隊に分かれて取り囲んでいる、という感じで⋯⋯」
「⋯⋯群れ?」
『意味が分からないんだけど』
怪訝な顔をすると、髭面の隊長は、自分にも分からない、と顔の前でぶんぶんと手を振った。
「⋯⋯魔獣は群れないはずでしょう?」
「いえ、それが、統率の取れた獣の集団なのです」
「とりあえず、見ないことには分からないな。⋯⋯こっちには来てないんだ」
「はい」
「そう。じゃあ」
ぽかん、と口を開ける騎士たちを置いて、シヅキとレンはその場を後にした。
確かに、よく気配を探ると大きなものの影に隠れるように、小さな気配を五体感じる。
「大きな気配と合わせて六体か。増えてる⋯⋯? レン! 気配の方へ向かってくれる!?」
激しさを増す雨にシヅキは声を張り上げる。
『見つけた!』
見つけた。シヅキが心の中で思うと同時にレンの声が聞こえた。
魔獣の群れに対して一人で剣を持ち、戦っている男がいる。一際大きな魔獣の相手をしながら、魔法で纏わり付いてくる小さな魔獣たちを払うのは大変だろうが、見事な集中力を持って捌いていた。
「くっそ、うぜぇ!」
品行方正な貴族が多い、王国騎士団所属の騎士にしては口が悪い。
シヅキは男の戦闘の腕と、口調の両方に驚きながらも、宙に陣を描き魔法を展開させた。
突然小さな魔獣が動きを止めたことに気づいた男は、大きな魔獣の攻撃を弾き返すと、ばっ、とシヅキを振り返った。
「おい! そこの小さいの! 余計なことするんじゃねぇよ! 危ないからどっかに行ってろ!」
『すごく⋯⋯聞き覚えがある気がする』
「⋯⋯小さいの呼ばわりに、余計なこと⋯⋯」
『あー、つきちゃん。今魔法解くとあいつ死ぬかもしれないからちょっと待とう』
眉をしかめたシヅキをレンが慌てたように宥める。
それにしても。
雨で視界が悪い中、気付き難かったが、見慣れた赤髪だ。
「リュダ⋯⋯」
「ああ? 何だ弟の知り合いか? しかも、有名な『梅』のお嬢さんかよ!」
シヅキの着物姿を見て、リュダの兄だと言う男は露骨に嫌そうな顔をした。リュダの家の者は皆恐れ知らずらしい。
助けは要らない、とシヅキを追い払う男の腕は真っ赤だった。血だ。魔獣に血は通っていないし、男の騎士服は所々裂けていることから、負傷しているのだろう。
「後は私がやるから、怪我人は大人しくしていて」
「お前みたいな小さいのにできるのかよ?」
「身長は関係無い」
シヅキは五体の魔獣の拘束はそのままに、男の身体を魔法で縛った。
「は!? 何するんだよ! 馬鹿か!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ男はその場に残し、シヅキは魔獣の前に躍り出る。注意を自分に引き付けるように、魔獣の目の前で魔法の小爆発を起こした。
「今度は、私が相手」
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