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20 華族議会




 濃紫の着物を纏い、いつも半分下ろしている髪を金色のリボンで完全に結い上げた。

 頬と唇に少しの紅をさされ、ゆっくりと目を開ける。


「完璧だよ。一番かわいい」


 筆を手に持ったまま、レンがにこりと微笑んだ。対するシヅキは微笑み返すことができない。


「⋯⋯行きたくない」


 手に持った手紙には、今日が華族議会の日だと書いてある。

 可能であれば破り捨てたい気分だ。


 コココン、ココン、コココン、と、音楽を刻むように扉を叩く音がする。

 父からの合図か、催促か。

 どちらにしろ扉を開けたくなくて、シヅキは重い足取りで玄関へと向かった。


「⋯⋯貴方、啄木鳥(キツツキ)じゃないんだから、そう何度も扉をつつかないで」


 木製の扉は傷が付きやすいのだ。

 カラスはシヅキの言葉に一切反応せず、その場で黒い羽を残して煙になって消えた。


『準備はできているな? 屋敷へ来い。馬車で城まで向かう』


 羽に書かれた文を見て、ため息を吐きたくなる。命令口調の言葉は、すぐに来い、と言っているようで、転移魔法を使う他無いだろう。


「レン、お父様が待ってるみたい。来てくれる?」


 左手中指の指輪を撫でれば、レンはすぐさま獣の姿となった。手のひらを向けると、瞬間姿が消える。


『俺が付いてるから。不安だったら俺がずっと喋っててあげる』

「⋯⋯それは⋯⋯いらないかな」

『ええ?』


 何で、とレンが不満そうな声を上げる。

 レンが喋っていると、気が散ることも多いのだ。議会の最中に失敗はできない。

 だが、今の会話で無意識に肩に入っていた力が抜けた気がする。

 シヅキは軽くなった腕を上げ、宙に手をかざして転移魔法の陣を描いた。



 屋敷の前に転移すると、見知った顔の侍従が、シヅキを見て屋敷の中に戻っていく。シヅキが来たことを屋敷の主人に伝えに行ったのだ。

 しばらくもしない内に濃紫の豪奢な着物を纏った男が現れた。

 着飾ったシヅキの姿を見て、ふっ、と鼻を鳴らすと、行くぞ、と声をかける。


「はい。お父様」


 乗りたくもない馬車に揺られ、そのまま王城を目指した。


「リッカでのことは良く知らないが、良くやっているか?」


 これは娘を気にかける父親ではなく、ただの尋問だ。シヅキは努めて冷静な声を出すように意識し答える。


「問題ありません。家紋に泥を塗るようなことはしていませんから」


 嘘でもそう言わなければいけない場面だ。

 シヅキがリッカの様子を振り返っても、授業の居眠り、遅刻、友人との問題(トラブル)など、悪いことしか思い浮かばない。

 内心、高まる鼓動を押さえるシヅキだったが、それなら良い、とかけられた言葉に胸を撫で下ろした。

 それきり、静寂が訪れた馬車の中で、シヅキはすることもなく外を見ていた。


『⋯⋯雨が降りそうだね』


 馬車の窓から見える空は、城に向かうシヅキの心を表すかのような、鈍い灰色の曇天だった。



 城に着き、議会が行われる場に案内される。

 案内をする騎士は緊張のせいか身体が強ばり、手と足を一緒に動かしていた。


(マーキス)、梅のガリュウ様、ご息女のシヅキ様です!」


 扉が開くと同時に告げられた言葉に、部屋にいた貴族たちが一斉に扉を振り返った。

 席のほとんどは埋まっており、残すは『梅』と王のみとなっていたらしい。


『ああ、入室する順番も格を表しているのか』


 いつも黒い布で顔を隠している『桜』の当主が深々と頭を下げる。それに倣うように、隣のナギトも無感情な瞳で『梅』に一礼した。

 シヅキの父親──ガリュウが『桜』に頷き、辺りをちらりと見渡す。それだけで蛇に睨まれたように竦み上がった貴族は慌てて礼をとった。

 『花梨』と目が合う。花梨の当主の隣に控えていたシアは不安そうな表情から一転、シヅキを見て頬を緩めた。


「⋯⋯」


 シヅキはそれに返すことはできない。氷のように冷ややかな瞳で見返されたシアは、戸惑ったように眉を歪ませた。


「⋯⋯梅のガリュウ殿。お久しぶりです。会えて嬉しく思います」


 しぶしぶと言った体で、一礼をする『花梨』の当主は、全く嬉しそうではない声色で挨拶をする。


「ああ。他国との貿易は順調か? 花梨の当主。こちらとしては別に会いたくはなかったがな」

「⋯⋯会いたくないとは⋯⋯それは残念です」


 握った拳を震わせながら、言葉を返す花梨の当主は沸騰寸前の湯を入れたやかんのようだ。

 いきなりの空気の悪さに、戸惑った表情のシアだが、周りの貴族の様子を見るに珍しいことでは無いらしい。


「──出会って早々、(いさか)いはそこまでにしてくれ。わしの前だ」


 老いを感じる声と共に、ゆったりと歩いてきた男は、場の誰よりも豪奢な身なりから一目で王だと分かった。


「あまりいじめないでやってくれ。梅の主。⋯⋯花梨の主も、梅の家の者は代々こういう性格だ。気にするな」

「はい⋯⋯」


 王の登場に、頭を下げていないのはガリュウだけだ。しかし、王はそれを咎めず、用意された最後の席に座ると、片手を上げた。


「それでは、始めよう」


 議論は、税収について、農作物や織物等の生産物について、隣国との貿易や、国防について、と次々に進んでいった。

 発言権があるのは、集まった中でも位の高い貴族らしい。その他は他人の意見に頷いている。

 シヅキたち後継者も当主の側に控えて、話を聞いているだけだった。

 つまらない会話にぼんやりと近づいてくる眠気を、シヅキはなんとか追い払う。


「国防のことは心配していないが⋯⋯どうだ、花梨の主。貿易の方は順調か?」


 王が出された紅茶に口を付けながら言う。飲んでいるこのお茶も隣国、バーズリィから輸入された茶葉だ。

 ガリュウはカップに触れようともせず、小さく舌打ちをする。国防に力を入れない王にも、隣国との貿易を活発化させる花梨も気に入らない、と常々言っているガリュウを知っているシヅキは、不機嫌な態度にも驚かない。


「はい! バーズリィへの輸出も上手くいっており、利益は十分上がっています。長い間交流がありませんでしたから、こちらの生産品が珍しいようで高値で売れるようですね。貿易の街、センリンの賑わいも増しています。」


 バーズリィとは隣国と言えど大きな川で隔てられており、文化的な交流もほとんど無かった。本格的に貿易を行い出したのもつい二十年ほど前のことだ。


「ふむ。隣国との余計な軋轢が無くて良いことだ」


 一口、もう一口と紅茶を飲み干し、ほっとしたように王が言う。

 しかし、その雰囲気は、ガリュウが苛立ったように言った言葉が壊した。


「王、国防のことは見直すべきだ。この国は他国と比べてとても小さい。攻め込まれていないのは、この国の魔法士の多さ故に警戒されているからだ。バーズリィ等の大国に飲まれるのも遠くはない未来だと考える」

「なんと⋯⋯。いつまでも今の関係ではいられないと言う訳か」


 シヅキは会話を聞きながら内心うんざりとしていた。

 王でさえもガリュウの意見を疑問を呈することができない。貴族たちも腹の内ではどう思っているか知らないが、鵜が餌を丸飲みにするように、ガリュウの言葉を受け入れている。

 王は操られていることに気がついていないだけの、傀儡の王だった。


「さらに、他国には魔獣はほとんど出現しない。魔獣という存在はこの国だけが負っている荷だ。余裕の無い、この国を襲うことは簡単かもしれないな」

「そうか⋯⋯⋯⋯」


 王が真剣な表情で考え込む。

 花梨の当主は、慌てた様子だ。国防を強化するのであれば、順調な貿易にも支障が現れるだろう。貿易で成り上がった貴族として死活問題である。


 そこへ、場違いに大きい叫び声が帯込んできた。


「緊急連絡です! 北東と貿易の街、センリンに大型の魔獣が出現したとのこと! 被害は甚大なようです!!」

「何だと!!!?」


 伝令の侍従に一斉に注目が集まり、花梨の当主は悲鳴を上げて立ち上がる。



 ガリュウは冷静に座ったまま、片手で口許を押さえ、浮かんだ笑みを隠していた。




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