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02 入学式




 この国で魔法の学舎は一つしかない。

 王都の近郊、国中から魔法の素質がある者を集めたこの場所はリッカと呼ばれている。リッカとは六花。校舎の構造が雪の結晶に似ていることに由来していた。


 人間全員に魔力があっても、魔法を使える者は数少ない。まず、魔法を行使できるほど魔力が多い者が少なく、その中でも身体の内にある魔力を知覚できる者はごく僅かだ。

 魔力量はほぼ遺伝によって左右されるということ、魔法の教師を雇うことで魔力の知覚がしやすい──裕福な家庭であることから、リッカの生徒は華族と呼ばれる家や有名な商家の子が多い。



 シヅキは太陽も昇りきった昼近くの現在、教室の中に居るクラスメイトを想像して、一つ、暗い息を吐いた。

 リッカの校舎の端、教室を目の前にして一歩を踏み出せずにいる。


『ねえー、つきちゃん、そろそろノックしても良いんじゃない?』


 分かってる、と心の中で返しても、レンには伝わらない。

 静かな廊下で声の出せない今は、ただレンからの言葉が聞こえてくるだけだ。


『そろそろ学校が終わって、生徒が教室から出てきちゃうかもしれないよ?』


 待ちかねたレンの一押しに、シヅキはピクリと身体をひきつらせた。生徒が出てきた所で廊下で会ってしまったら気まずいどころでは無い。


『大丈夫? 震えてる?』


 純粋な心配の声ではなく笑いをこらえるような空気を感じる。

 シヅキは、む、と口を結ぶが、レンの言葉を止めることもできずに、仕方なく教室の扉を開けた。



「⋯⋯遅れてすみません」


 しん、と静かになった部屋にシヅキの声が響いた。注目がシヅキ一人に集まる状況に、手に嫌な汗をかく。

 黒板の前でぱちくりと目を開いていてた若い男が、シヅキが教室の中まで進むと柔和な笑顔を浮かべて迎えた。


「シヅキさん、おはようございます。待ってましたよ。クラスを担当するラギアスです。残念ながら入学式は終わってしまいましたが、今は自己紹介をしていた所なんですよ。僕の紹介はそこそこで良いんで、残りはシヅキさんですね、どうぞ!」


 生徒の自己紹介は終わり、担任からの自己紹介をしていた所だったようだ。黒板にはお世辞にも綺麗とは言えない字でラギアスの名前が書いてあった。

 挨拶を促されて、シヅキはようやく生徒の顔を見る。人数は二十人程度だろうか。


「⋯⋯⋯⋯」


 興味、羨望、不満。

 シヅキの容姿を見れば、自己紹介などしなくても何かしら思うところはあるのだろう。

 様々な感情を含んだ視線を受けながら、シヅキはクラスに二人だけの着物を着た生徒を見つけた。

 シヅキより深い黒、夜色の髪の青年は感情の読めない瞳でじっとシヅキを見つめていた。


「⋯⋯シヅキです」


 足を引いて軽く頭を下げる。


『⋯⋯よろしくくらい言っておく?』

「⋯⋯⋯⋯よろしく、お願いします」


 シヅキはレンのいう通りに口を開いた。


「よろしくお願いします! 入学おめでとうございます!!」


 突然シヅキの頭元で、パン! と弾けた音が聞こえて花びらが降ってきた。

 犯人は隣に立つラギアスだ。転移魔法を使ったのだろう。天井に現れた魔方陣の紋様からシヅキはすぐに判断できた。


「⋯⋯あれ? 驚かないんですね」


 しん、と静まり返った教室に花びらだけがはらはらと舞っている。


「ええと⋯⋯シヅキさん? 他の生徒は入学式で花びらの演出を受けていたので、シヅキさんにも歓迎の気持ちが、伝われば⋯⋯と⋯⋯」


 どう反応すれば良いのか分からず何も言わなかっただけだが、ラギアスがおろおろと視線をさ迷わせる。


『なんか可哀想』


 哀れみの込もったレンの声を聞きながら、シヅキはラギアスに小さく微笑みかけた。

 注視していても分かるかどうかという表情の変化だったが、ラギアスはほっと安心したように席の方を指差した。


「どこでも良いですよ。好きなところに座ってください」



 席は階段状になっている。

 前方、中央は生徒で埋まっている。皆、勉強熱心なことだ。シヅキは肩の花びらを落としながら足を進めた。


『どこに座る? 窓際? 窓際が良いよね!』


 一番後ろの席の窓際に向かって歩き始めたシヅキの頭の中にレンの嬉しそうな声が響く。

 レンも初めての学校で気分が上がってきたのかもしれない。そんなことを考えながら、シヅキはコツ、コツ、と左手中指の指輪を叩いた。

 静かにして欲しいという意味だが、レンの不思議そうな声が聞こえる。


『なに? つきちゃんも窓際至上主義に同意?』


 言いたいことは全然違う。

 もう一度コツ、コツと指輪を叩く。


『やっぱり喋ってくれないと分かんないなー』


 文句も口に出すことはできず、シヅキはレンとの意思疎通を諦めて窓の外に目を向けた。


 さすが、リッカは国が運営している魔法学校なだけあって、広く清潔で豪奢な内装だが、窓から見える校庭も見事なものだった。

 手前に色とりどりの手入れされた花壇が見え、奥には授業で使う訓練場が見える。

 今は誰も使っていない校庭では芝が風に吹かれて波立っていた。

 窓際は南に面していて暖かな光も差し込んでいる。絶好の睡眠日和だった。


 シヅキは落ちそうになる瞼を必死で堪える。

 窓に近い方を選んだのは失敗だったかもしれない。



「──自己紹介と、簡単な学校の説明が終わりましたし、今日の予定は終了です。この後は新しい仲間と話して親睦を深めるなり、校内を見て回るなりしてください。僕が知っておいて欲しい場所は図書室と訓練場ですね。在学中はとことん活用して、しっかり学びましょう。それでは、また明日」


 ラギアスの言葉で生徒たちは、がたがたと音を鳴らして立ち上がる。

 初対面独特のぎこちなさがありつつも、周りと穏やかに喋る生徒の様子を横目にちらりと見て、シヅキも立ち上がろうとした。


 ふと、高い声が耳を引く。

 シヅキだけではない。クラス中が興味を引かれたように、皆動作を止めて声に注目した。

 一人の女子生徒が周りにいる生徒に何事か話しているようだ。


「──知らなかったの? あり得ないけど、仕方ないから教えておいてあげるわ。⋯⋯私は花梨(カリン)の家の長女。この国に四つしかない春の家(マーキス)の者なんだから」


 ざわりとどよめきが広がる。

 女子生徒は肩にかかった金髪を払い、整った顔で得意気に微笑んだ。


 この国には王族を除けば、華族と呼ばれる特権身分と平民がいる。

 華族の中でも位は(マーキス)(アール)(バイカウント)(バロン)に分けられ、家紋ごとに象徴する花があった。



「あ⋯⋯、でも同じ(マーキス)でもシヅキさんとナギトくんとは家格が⋯⋯」


 同じ位の中でも開花時期が早い家の方が高位であることは常識だ。

 ポツリと呟いた誰かの声は不思議とどよめきの中でもよく聞こえた。

 瞬間表情を凍らせた金髪の生徒に、呟いた生徒はしまったと言わんばかりに勢いよく手で口を塞ぐ。

 

()()も繁栄したのは昔のことよ。時代遅れの華族に()()の家は負けていないわ。華族議会で梅を蹴落とすのも遠くないとお父様が言っていたもの」


 氷のような眼差しを向けられて、手を口に当てたままの生徒は首が折れんばかりに必死に頷く。



「──ばっかじゃねぇの」


 吐き捨てられた新たな声に、金髪の生徒はぴくりと頬をひきつらせた。


「家格がどうかなんて学校では関係ねぇよ。ここでは実力が全てだ。ぎゃんぎゃん喚くだけ品位が落ちるぜ」

「⋯⋯貴方の実力が見物ですわね。どうせ秋の家(バイカウント)、いえ冬の家(バロン)かしら? それか成り上がりの商家かもしれないわね。学校でなければ私に話しかけることすらできない者が。何かを語るなんて千年早いですわ」


 赤毛の生徒は、はっと鼻で少女を嗤うとそれ以上何かを言うことは止めたようだ。女子生徒もにこやかな笑顔を作った。


『⋯⋯初日から空気悪いなー。て言うか、つきちゃん、あのお嬢さんから好敵手(ライバル)視されてない? あ、目が合った』


 シヅキと目を合わせた女子生徒は、眉をしかめるとふい、と顔を背ける。


『よりによって梅の一人娘にこんな態度をとるなんて、単に命知らずなのかな?』


 ねえねえ、どう思う? と聞いてくるレンにシヅキは、何でもいいよ、と歩き出す。もう学校での予定は終わっているのだ。ここに長居する用は無い。



 シヅキが誰よりも早く教室を出た時、後ろから聞き慣れた男の声がかかった。


「シヅキ」

「⋯⋯ナギト」

『うわ、こいつと三年間一緒なんだ』


 レンの声が聞こえると同時にしかめた顔が目に浮かぶ。

 シヅキは自分とよく似た色を持った和服の男を正面から見た。

 この国で四家しかない春の家(マーキス)の内の()が目の前の男──ナギトの生家だ。と言っても似た外見から分かる通り、シヅキとナギトは祖先を辿れば同じ家、つまりは親戚だった。

 レン以外で、シヅキがまともに会話したことのある相手はナギトくらいだ。親戚なだけに幼い頃から交流があった為だった。


「眠そうだな。また力を使ったのか」

「⋯⋯ええ」


 ナギトの目がシヅキを咎めるように細められた。シヅキはその視線から無意識に逃れるように視線を落とす。


「魔法が必要なのは分かるが、自分の身を削ることをはっきり理解した方が良い。必要な時は犬を使え」

『ナギトに言われるのは気にくわないけど。そうだよ、俺を使えば良い』

 

 シヅキは軽く頭を振った。


「⋯⋯どうするかは私の自由」


 ナギトはシヅキの言葉を聞いても全く表情を変えない。


「そうだな。余計な世話か」

『つきちゃん!』


 頭に響くレンの声は無視してシヅキはナギトに背を向けた。







『⋯⋯つきちゃん』


 周りに誰の気配もない廊下でシヅキは中指の指輪に唇を近づけた。


「レン、もう帰ろう。眠くて限界だから」

『⋯⋯』


 レンの大きなため息が聞こえる。まだ何か言いたそうなレンだが、諦めたようだ。

 声の緊張を一切取り去って、靴を履くシヅキに声をかけた。


『つきちゃん、歩きながら寝ないでね?』

「う⋯⋯⋯⋯ん⋯⋯」

『これ駄目なやつだ』


 シヅキがもごもごとレンに返事をする。


 仕方ない。眠いのは春の暖かい陽気のせいだ。




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