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19 議会前




「ああ」

「私も。今年から」


 二人の返事に安心した様子のシアは、ほっと胸を撫で下ろした。


「そうなのね。花梨の家の後継者は弟なんだけど、今回は勉強のために、お父様が私を連れていってくださるのよ。二人がいるなら少し安心するわ」

「いる、と言っても俺たちは何をする訳でもない。家の者として控えているだけだ。言葉を交わすことは無いだろう」

「そう⋯⋯」


 残念そうにするシアを見て、ユーファは隣にいたリュダに話しかけた。


「えと、リュダくん。華族議会って?」

「うーん。偉い貴族が集まって話し合う場って感じかな」

「リュダくんは行かないんですか?」

「偉い貴族っていうのに俺の家は入らねぇんだよ。行くのは(マーキス)(アール)くらいだ」


 ユーファは分かったような、分かっていないような顔をして頷く。


「シヅキちゃん、シアちゃん、ナギトくんはすごいお家の人なんですね。私にとっては貴族と言うだけで遠い存在に思いますが」

「俺もユーファと対して変わらねぇよ」

「そうなんですか?」

「ああ。悔しいが、(バロン)の椿って言えば没落寸前の貴族として有名だぜ?」

「あと、国一番のお人好しとして有名ですわね」


 椿の家はお人好し故に、騙されやすく、また自分の生活が貧しくても、平民の為の慈善事業に金を使う貴族として有名だった。


「それが良いところでもあるんだがな⋯⋯深刻な問題なんだよ」


 やれやれ、と頭を振ったリュダを見て、シアは思ったままを口にした。


「⋯⋯貴方騙されやすそうだもの」

「なんだと!?」

「ほら、すぐ感情的になるのがいけないのよ。倒れている人がいたら何も考えずに駆け寄るでしょう?」

「当然だ」


 神妙に答えたリュダにシアは大袈裟にため息を吐いて見せた。


「貴族はそれじゃいけないのよ! 近づくなら警戒心を持たないと。何度もそれで騙されているんじゃなくて?」

「うっ。でも!」

「ナギトくんを見てみなさいよ! この余裕を!」

「余裕っていうか、興味が無いだけだろ!」


 肩で息をする二人に、名前を出されたナギトは冷たい目を向ける。


「うるさい。言い合いは別の場所でやれ」


 凍りつくような眼光に怯んだ二人は大人しく身を小さくした。





 家に帰ってきて一番、シヅキは髪を結っていた金色のリボンを解いて布団の上へ倒れ込んだ。


「つきちゃん、疲れた? 大丈夫?」

「だいじょぶ⋯⋯じゃないかも。⋯⋯眠い」


 結局午後の授業も、机に突っ伏したまま過ごし、詩の担当である老齢の先生からは、心配の言葉をもらってしまった。


「寝てて良いよ? 俺が家事やっとくから」


 人型のレンがシヅキの髪を撫でる。温かくて大きい手は、触れているだけで心地好くて、少しも立たない内にシヅキを眠りの世界に引き込む。


「⋯⋯かわいいなぁ」


 小さな声で呟いて離れようとしたレンを、シヅキは服の端をつかんで引き留めた。


「⋯⋯何? 俺が側にいないと寝れなさそう?」


 心なしか嬉しそうな声色で聞いてくるレンにシヅキは首を横に振る。


「や、私、寝てちゃ駄目だ」

「どうしたの」

「⋯⋯家事、レンに任せっきりなのはいけないと思って」


 口をとがらせて呟けば、レンは閃いたように手を打った。


「もしかして、ユーファちゃんのお弁当の話?」


 毎日ユーファが持ってくる素朴ながら栄養まで考えられた昼食は、自分で作っているのだと知って、シヅキは純粋に驚いた。同時に何もできない自分が恥ずかしくもなったのだ。


「ふ、ふふ。はははは」

「レン、何で笑うの」


 恨めしそうにレンを見上げれば、レンは堪えきれない笑いを隠すように口許に手を当てた。


「いや、かわいいなって思って。最近、家事のことでつきちゃんをからかってたけど、全然気にしなくて良いよ。家事は俺の役割だよ?」

「でも⋯⋯」



 レンは不満そうなシヅキに、布団をかけて、もう一度髪を撫でる。


「取り敢えず今は寝ておこう? 今のつきちゃんには危なくて何も任せられないから」


 シヅキはしぶしぶ納得すると、しばらくして今度は深い眠りに落ちていった。

 レンはシヅキが完全に寝入ったのを確認して、頬にかかった深い茶色の髪を退けると立ち上がる。




「俺がつきちゃん無しで生きていけないのと同じで、つきちゃんも俺無しで生きられないように、一生家事なんてできなくても良いよ」


 口に出してレンは、こんなことつきちゃんには言えないな、とも心の中で思う。

 シヅキの希望は何でも叶えたいと思う反面、レン自身の欲がそれを邪魔する。


 落ち着くために一度深呼吸をしてから、台所へ向かった。



 ぞわり、と寒気がするような感覚と共に、大きな暗い気配を感じる。


「⋯⋯っ、魔獣か」


 獣姿の時の耳をそばだてるように、意識を遠くに広げていく。北東の方向。場所は大分遠いが、かなり大きな気配だ。

 レンが顔をしかめた途端、ぶつりと糸が切れるように気配が消えた。


「は? こんな短時間で討伐⋯⋯はあり得ないな」


 もう一度、意識を集中させて気配を探るが、見つからない。


「どういうことだ?」


 シヅキが起きていれば、様子を見にでも行っただろうか。しかし、レンは万全でない今のシヅキを、確証の無い魔獣討伐の為に起こす気にはなれなかった。

 気配が探れない今、付近にまで行ったところで魔獣を見つけることができないだけだろう。


「最近、変なことが多い気がする」


 口に出した嫌な予感は当たってしまいそうな気がして、レンは頭を振って、予感を振り払った。




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