17 儀式の夜 2
*残酷描写
連れてこられた地下の冷たさにぞっとした。
禍々しい気が扉の向こう側から感じられる。
「お父様⋯⋯ここは⋯⋯?」
「儀式のための部屋だ」
扉を開けた先にはたくさんの人がいた。
シャナやレンと同じ銀髪の者たちは縄で縛られたまま、地に横たわっている。
「こいつらがお前の贄だ」
「に、え? にえってなに⋯⋯?」
異様な光景に震えが止まらない。
「すぐに分かる」
床に描かれた黒色の五芒星が鈍く光った。
動けない彼らは金色の瞳に、見たものを射殺しそうな敵意を剥き出しにして男とシヅキを睨んでいた。
しかしそれもつかの間、苦しそうな悲鳴がシヅキの耳を揺さぶった。
シヅキは小さな手で耳を塞ごうとするが、聞き馴染みのある高い声が聞こえて、はっと暗い部屋を見渡す。
「⋯⋯! シャナ! レン!!」
見たことの無い、友人の苦しむ姿に、シヅキは叫び駆け出そうとした。
瞬間。
身体に走った鋭い痛みに、意識を失いそうになる。
壁に叩きつけられたシヅキはもう一度迫る父親の足に身体を丸めることしかできなかった。
「っあ!」
「動いて良いとは言っていない。⋯⋯抜け出した子犬を放っておいたがここまで情が生まれていたとはな。都合が良い。シヅキ、そこでよく見ておくと良い」
音を立てて扉が閉まる。
父が去った部屋の中には声を上げる銀髪の者たちと、シヅキだけが残された。
血か胃液なのかよく分からないものを吐きながら、シヅキはシャナとレンの元へ行こうと地面を這った。
今すぐにでも耳を塞いでしまいたい。
目を塞いでしまいたい。
何も知らない五歳の少女が目にするにはあまりにも凄惨な光景だった。
黒色の魔方陣が輝きを増していき、床から立ち上る黒い霧は陣の上の人々に取り付いていく。
声を上げていた人たちは次第に生気を失っていった。
「何⋯⋯? 皆、どうして」
意思を持ったような黒い霧が今度はシヅキの足に巻き付いた。
「やだ! や、めて⋯⋯! 離れて!」
ドクン、と身体から音がしたような気がした。
力を身体の中に無理矢理押し込んでいるような圧迫感と痛みを感じる。
──こいつらがお前の贄だ。
言葉の意味は分からなかった。
しかし、目の前で力を失っていく人たちと、無理矢理シヅキに流れ込む力。それぞれを繋ぐ黒い霧が答えだった。
シヅキが他人の命を吸い取っているのだ。
「嫌! 欲しくない! 殺したくない!」
涙を流して拒絶しても何も変わらない。
一人、また一人と倒れていくのを見ながらシヅキは習い始めたばかりの魔法の授業を必死に思い浮かべた。
「ぃ、命を削る呪いは消えて 暗い霧は晴れて 苦しみは無くなって⋯⋯!」
子供が考える拙い詠唱だった。
シヅキの前に黒色の魔方陣が現れ、新たな霧が溢れ出す。
「黒色⋯⋯? 授業の魔法は光ってたのに⋯⋯」
シヅキの産み出した霧が足に絡み付く霧をさらに覆っていく。しかし、力が足りないと言うように絡み付く霧に飲まれてしまった。
「ぁ、駄目⋯⋯! もっと強くないと──!」
さらに、さらに力を込める。
人々とシヅキを繋ぐ霧は段々と細くなり、バチンと音を立てて切れた。
息も切れ切れに、シヅキは自分の胸を押さえた。
汗が後から後から垂れてくる。霧の繋がりが切れた瞬間、床の逆位置の五芒星も濃い霧も消えていた。
シヅキの魔法は成功したのだ。
ほっとしながら顔を上げたシヅキは目の前の光景に現実を見た。
生きている者はいるのだろうか。
目から、鼻から口から出た血で床が染められている。
「ぁ、ああ。し、シャナ! レン!!」
小さな友人たちを思い出してシヅキは足を動かした。
「シャナ? レン⋯⋯? 返事を⋯⋯っ!」
見つけたシャナの顔は青白く、急いで取った手は氷のようだった。
カラン、とシャナの指から指輪が落ちる。銀色の指輪は血溜まりに浸かって赤色に染まった。
「うそ、うそだよ。こんなの⋯⋯」
涙で視界が悪く、シャナの表情がよく見えない。
「ぅ、つき、ちゃん⋯⋯?」
微かに聞こえた声にシヅキは急いで振り向いた。大人の手に庇われるように抱かれたレンが震えた声でシヅキを呼んでいた。
「レン! ⋯⋯れん、いきて⋯⋯っ」
既に息をしていない大人の手を横に退けて、シヅキはレンを引っ張り出した。
レンの身体も血だらけで、その弛緩した身体は、生きているというよりも死んでいない、といった方が正しかった。
「つきちゃん⋯⋯」
レンの辛うじて開いていた瞼が閉じられ、身体がぼんやりと光ったかと思うと、銀の毛並みの子犬の姿へと変わる。
今にも死にそうな様子に、シヅキはまた涙を溢れさせると、しっかりと子犬を抱いた。
立ち上がると金属の軽い音がする。シャナの指輪がシヅキの足元にあった。
「⋯⋯」
嗚咽を漏らさないよう歯を食い縛り、指輪を拾う。
そして真夜中の屋敷をひたすら自分の部屋を目掛けて走った。
足を縺れさせながらも自室にたどり着き、血で汚れるのも構わずレンを布団の上に下ろす。
「ごめん、ごめんなさい。ごめんなさい──」
布で毛並みについた血を拭いながらシヅキはうわ言のように繰り返していた。
『⋯⋯つき、ちゃんの⋯⋯いじゃ⋯⋯な』
聞き取れないくらい弱い声──頭に直接響く声が止めだった。
シヅキは声を上げて泣き崩れる。レンの親も、姉も殺したのはシヅキだ。
胸が痛くて、死んでしまえると思った。
──シヅキが今まで生きているのは父親を殺すためだ。
あの光景を忘れる訳がない。
固く瞼を閉じたまま荒い息を吐くシヅキを抱き締めながら、レンは真っ暗な空間にぽつりと呟いた。
「⋯⋯俺が代われれば良いのに。⋯⋯つきちゃんはいつになったらこの呪いから逃れられるんだろう」




