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15 幕間 菓子と酔っぱらい




 試験は終わったが、シヅキたちは図書室の一角で机を囲んでいた。

 椅子は五つ、均等に並べられている。

 レンはユーファの強い希望で、獣の姿で側に控えており、ユーファに背を撫でられていた。


「シヅキちゃん、また眠いんですか? 少し良くなったと思っていたのに」

「⋯⋯⋯⋯うぅ、ん」


 曖昧な返事をしてシヅキは机に顔を伏せる。

 そのまま、すぅ、と寝息をたてる様子に、ユーファは困ったような笑みを浮かべた。


「さっき先生に聞いたんだけどよ、班別の得点、シアたちの班と俺たちの班、同点だったって知ってたか? こんなことあるかよ」


 リュダは純粋に驚きを伝えたいようで、なぁ、ナギト、と同意を求める。


「差をつけるつもりだったが⋯⋯残念だ」


 ナギトは不愉快そうに言うと、図書室の入り口にちらりと目を向けた。


「気づいているから早く入ってこい」


 びくりと猫のように身体を震わせて、金髪の女子生徒が気まずそうに入ってきた。


「お、お待たせしましたわ。約束の加加阿菓子(チョコレート)です。お菓子に合う茶葉も持ってきました」

『つきちゃん! 起きて起きて! 良い匂いするから』

「ん⋯⋯ぅん」


 眠い目を擦って見れば、大きな箱で持ち込まれた菓子は以前食べたよりも種類が多く、形、色も様々だ。


「隣国の専門店の新作ですのよ。ゆっくり召し上がってください」


 それでは、と背を向けようとするシアをリュダが呼び止めた。


「おい! せっかく椅子を準備したんだ。一緒に食べようぜ」

「え⋯⋯? い、良いんですの?」


 シアはシヅキたち四人の表情を伺っていたが、リュダが無理やり手を引いたことで椅子に座ることとなった。


「悪かったら椅子の準備なんてしてねぇよ。ついでに上手い紅茶の淹れ方を教えてくれ」

「紅茶の淹れ方なんて⋯⋯」


 高位華族の嗜みだろう。自分じゃなくてもシヅキとナギトがいる筈、とシアがシヅキをちらりと見た所で、シヅキは思い切り目を逸らした。


「あ、ええ⋯⋯構いませんわ」

『つきちゃんなんてあまり飲まない紅茶どころか、緑茶も淹れたことないよ⋯⋯痛っ!』


 最近のレンはシヅキが家事が出来ないとからかいすぎだ。

 シヅキは頬を膨らませて、レンの毛をぎゅうと引っ張った。



 シアが淹れた紅茶は琥珀色で香り高く、すっきりとしていながらも上品な苦味が美味しかった。

 リュダは自分の家で出されるお茶と比べているのか終始感激している。


加加阿菓子(チョコレート)もどうぞ」


 シヅキは促されて艶のある茶色を手にとった。口に運んでみれば、中からとろりとした食感が現れて、口のなかに柑橘の香りが広がる。


「⋯⋯美味しい」

『いいなぁ。ね、一個ちょうだい』


 机に顔を近づけるレンにユーファが慌てたように菓子の箱を遠ざける。


「駄目ですよ、身体に悪いですから。美味しそうに見えても、レンくんには毒なのです」


 至極真面目にレンに言い聞かせるユーファに、珍しくナギトが顔を伏せ、肩を震わせている。


『⋯⋯目の前にあるのに! ぅぅ。ナギトに笑われるのは耐えられない。ねぇ、つきちゃん、人型になっても良いでしょ?』

「駄目」

「ほら、ご主人様も駄目って言ってますから、良い子にしていてくださいね」


 ナギトにもレンの声は聞こえていないが、会話が想像できるのだろう。

 壊れた機械のように一頻り震えていた後、嫌味を多分に含んだ声で口を開いた。


「残念だったな。レン。今度骨付きの肉を買ってきてやるから我慢しろ」

『馬鹿にするなよ!』


 牙を向きそうなレンを撫でて宥めながら、シヅキは次々と違う味のチョコレートを口に入れていった。





「シヅキちゃん、眠いですか? あれ、顔が⋯⋯真っ赤になってます」


 シヅキはいつの間にか、座ったまま瞼を閉じていた。

 眠いのはいつも通りだが、いつもと違って頭が浮かび上がりそうな、ふわふわとした心地好い感覚がする。


「んぁれ、ゆ、ふぁ?」


「⋯⋯⋯⋯」



 空気が凍りついた音にシヅキは気づかない。


「おい、まさか⋯⋯」


 ナギトが焦ったようにチョコレートの説明の書かれた紙を確認する。隣国の言葉だったが、読むことの障害にはならない。

 新作の菓子でシアも食べたことの無いものだった。確認不足を今さらナギトは後悔する。


「⋯⋯ちっ、酒だ」

「わ、私も食べましたけどほんの少し風味を感じる程度でしたよ? 酒精は飛ばしてあるのかと⋯⋯」

「⋯⋯こいつが特別弱いだけだろう」


 いつものシヅキの無表情な白い頬は、赤くなると良く目立つ。

 ナギトは顔をしかめて、瞼を閉じるシヅキから目を逸らした。


『つきちゃん? ね、大丈夫?』

「れん⋯⋯ぅる、さ」

『やばいな。完全に酔いが回ってる』

「水持ってきましたわ。少し落ち着くと良いのだけど」


 シアが冷たい水を渡すと、シヅキは素直に飲み干した。


「仕方無い。シヅキは俺が送っていく」

「そんな、酔った女性と二人きりなんていけませんわ! ⋯⋯ぁ、婚約者だから良いのかしら」


 シアは大きな声を出した口を手で塞いで、もごもごと迷うように付け足した。


「⋯⋯⋯⋯シヅキ、帰るぞ」


 微妙な間の後ナギトがシヅキに手を伸ばす。


「⋯⋯かえるの?」


 シヅキは深い茶色の瞳をとろりと溶かして、ナギトに抱きついた。

 髪のさらりとした質感がナギトの首に触れる。


「⋯⋯」

『は!?』


 ナギトは石にでもなったかのように固まり、リュダ、ユーファ、シアは顔を赤くして目を覆った。

 レンは愕然とした声色で、感情のままに人型をとろうとする。

 固まったナギトだが、レンの毛並みが光ったのは見逃さなかった。


「おい、レン! やめろ」

『お前が早くつきちゃんから離れろよ! そこから退け!』


 耳を摘ままれたレンは変化を止めた代わりに、唸り声でナギトを威嚇した。


「おい、シヅキ⋯⋯シヅキ! お前、レンの背に乗って帰れ」

「ぅ、ぅうん」


 どこにも力が入っていないような身体を無理やりレンの方に向けて、ナギトは速まった鼓動を落ち着けるように息を吐いた。


「れん」


 シヅキはレンをじっと見て、ふにゃりと頬を緩めると、柔らかい毛並みに手を回して口をレンのそれと合わせた。


『⋯⋯つ、つつつきちゃん!? 今っ、く、唇が』

「れん、うる、さい⋯⋯」


 ぱたり、と。糸が切れたようにシヅキがレンの身体に倒れ込んだ。


 部屋の中に長い沈黙が流れる。


 ──今後、シヅキに酒を飲ませてはいけない。


 それがこの場にいた者の共通認識となった。




閲覧ありがとうございます


もうすぐ大きな試験がありまして⋯更新が滞っております(¨;) 少しずつでも書いていけたらと思っています。よろしくお願いします


ブクマ、評価をくださり感謝でいっぱいです!

ありがとうございます!

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