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14 本試験と金髪の少女 2




「では最後に、ユーファさん、どうぞ」


 ラギアスに呼ばれ、ユーファが緊張した表情で前に進んだ。

 残り試験のある生徒はユーファのみとなっている。


『確かに、訓練場ごと吹っ飛んだら試験もできないからね⋯⋯』


 散々撫でられたレンは疲れきった様子だ。


「大丈夫だ。落ち着いてやれよ!」

「練習した通りやれば良い」


 シヅキも力強く頷いた。

 中試験より難易度は上がっているが、水魔法は特に練習してきた。合格点は取れるだろう。


「ありがとうございます。よし!」


 ユーファは自分の頬を軽く叩いて、両手を伸ばした。


「大気を漂う水の粒 集いて 我が手に──」


 にゃーん。


 訓練場に不相応な音が聞こえた。


「へ? ね、猫?」


 ユーファが生み出そうとしていた水の球は、集中が切れると霧散して消えた。


『おー、失敗の仕方も上手くなったねぇ』


 シヅキには呑気なレンの声が聞こえていたが、慌て出したのはラギアスだった。


「学内伝言用猫!? いったい何が⋯⋯」


 にゃーん。


 もう一度、黒猫がはっきりとラギアスを見て鳴いた。


「⋯⋯っ、ルゥ!」

「分かってるわ」


 顔色を変えた二人が急いで辺りを見回した。


「僕たちは緊急の連絡を聞いてきます。生徒の皆さんはここで待機していてください。すぐに戻って来ますから!」


 言うが早いかラギアスとルゥリャナは転移魔法を使用して訓練場には生徒のみとなった。


「な、何でしょうか⋯⋯」


 試験の途中で余分な心配事が増えたユーファは不安気な表情だ。

 蝋燭の炎は灯ったまま、蝋をゆっくりと溶かしていた。


『手に負えない魔獣が出たみたい? 最近俺らで討伐してないし、大きくなってたかな』


 シヅキが目を閉じてリッカの外に意識を向けると王都の外、リッカからはかなり離れた場所に大きな魔獣の気配がある。


『このくらいの魔獣で国が討伐するのは結構久しぶりだね。数年無かったかも』


 気配からして苦戦はしそうだが、倒せない程では無い。

 おそらく伝達魔法の猫もラギアスとルゥリャナを召集する内容では無いだろう。

 そう結論付けてシヅキはゆっくり瞼を開ける。

 さっきと変わらず落ち着かないように身体を揺らすユーファの後ろで炎が不自然に揺れた。



「静かなる炎 我が声に応えよ 敵には報いを 罪人に罰を」


 詠唱は震えた声だった。

 炎が意思を持ったように膨れ上がり、十の蝋燭に灯っていた火が一つになる。そして驚くような速さで動きだした。


「ユーファ!」


 気づいたリュダが蝋燭の前に立つユーファに叫ぶ。

 ユーファは驚きに炎を見つめるが、炎はユーファのことなど見えていないかのように横を抜け、離れていたシアを見つける。

 金髪の少女の前で炎が口を開けた。


「え⋯⋯」


 ぺたり、とシアが炎の前で座り込む。

 心の底では、消えてしまいたい、と思っていたみたい──。

 シアは炎に映った自分を見て自嘲した。


『つきちゃん!!』


 シヅキは無意識に走り出そうとしていたらしい。レンの身体にぶつかるようにして身体が止まった。


『魔法が使えない状況なのに何をやってるの!』

「⋯⋯レン! それより──」


 それよりシアを助けてあげて。

 レンの魔法でも間に合うかどうか。

 シヅキが声を張り上げる前に、シヅキの視界に影が通った。


「とりゃぁぁあああ!」


 ぼふん、と音がして、辺りに暖かい煙が漂う。

 煙が風で一気に晴れると、座り込んだ金髪の女子生徒の横で拳を突き出したユーファがいた。

 周りの生徒たちも皆ぽかん、と口を開けている。


『え、ええ? 素手? あの炎を一瞬で』


 ユーファ自身も驚いたように固まっていたが、手から血が出ているシアを見て慌てだした。


「あ、ち、ちょっと遅かったですか? だ、大丈夫でしょうか。えと」


『びっくりしたなぁ。あ、つきちゃん?』


 シヅキの足首にあった宝具がパキン、と軽い音を立てて外れた。どうやら時間が過ぎたようだ。

 シヅキは軽くなった足でシアに近づいて行った。

 シアが唇を噛んで目を伏せる。


「手を出して」

「え?」

「そっちの手」


 中々出されない手に、シヅキは無理やり腕を掴んだ。


「や、やめて。血が出てるから汚れてしまうわ」


 シアの言葉は無視して、傷にシヅキが手をかざすと黒い霧が手のひらを包んだ。

 少しも経たない内に手を離す。

 回復魔法だ。

 シアが驚いたように傷のあった所を見ている。


「ユーファも。火傷してない?」

「不思議と大丈夫です。少しも熱くありませんでしたし」

「強力な水魔法を手に纏っていた。意図したものでは無いのか」

「は、はい」


 ナギトの言葉にぱちぱちと瞬きをするユーファは、完全に無自覚で魔法を使っていたようだ。




「皆さん、待たせてすみませんー!」


 よほど急いだのか髪の毛がボサボサになったラギアスが転移魔法で現れた。すぐにルゥリャナも訓練場に現れる。


「⋯⋯あら? 皆、何かあったのかしらぁ」


 微妙な空気を察したルゥリャナにシアがゆっくりと立ち上がって口を開いた。


「⋯⋯⋯⋯先生。私が攻撃魔法を使用して、皆さんを危険な目に合わせてしまいましたの」


 俯いたシアにラギアスは少し間を開けて、頷いた。


「⋯⋯では校舎に入って聞きますね。もう時間が過ぎていますし、その他の生徒はこのまま下校してください」

「先生? ユーファが試験まだですけど」


 リュダが手を上げると、忘れていた、とラギアスは頭を掻いた。


「ラギアス先生? 私が採点しますねぇ」

「あ、ルゥリャナ先生。お願いします」


 ユーファは今から試験のやり直しだ。

 シヅキはユーファの試験を見届けるため、その場に残りながらも、ラギアスに連れられるシアをじっと見ていた。


『何だろうなぁ』

「なに?」


 ぼんやりと呟いたレンの声に聞き返せば、歯切れの悪い言葉が返ってきた。


『うーん、やっぱり、つきちゃんもナギトもそうだけどさ。貴族って平民より裕福であることに違いは無いんだけど⋯⋯うん。幸せであるとは限らないよね』

「⋯⋯平民が華族の生活を幸せだと決めつけるものじゃないし、華族が平民を幸せだと決めつけるのもまた違う」

『そうだねぇ。ま、あの子にも事情がありそうってこと。つきちゃんにしたことは到底許せそうにないけどね』

「⋯⋯」



「あらあら。ユーファさん、随分上達したのねぇ」


 ルゥリャナの嬉しそうな声に振り返れば、いつの間にか試験が終わっていた。

 短くなった蝋燭に全て炎がついているのを見るに、成功したようだ。


『見そびれちゃったな』

「ラギアス先生の評価表に書いておくわぁ。結果はきっとすぐに分かるわよぉ」

「ご、合格点ですか?」

「ええ、もちろん」


 ユーファは目を輝かせてシヅキに抱きついた。

 シヅキはいきなりのことに驚いて声も出ない。


「⋯⋯っ」

「シヅキちゃん! ありがとうございます! ナギトくんもリュダくんも⋯⋯! 皆さんのお陰です。本当に⋯⋯」


 レン以外の人の温もりは久しぶりだった。

 シヅキはユーファの目に浮かぶ涙をぎこちなく拭う。


「良かったな! お陰、とか班の仲間なんだから、気にすることねぇし、ユーファの努力の結果だろ」


 さらに涙が溢れてきた。


「お、おい。また何か俺が不味いことを言ったか?」


 慌てるリュダと呆れたように見守るナギト。

 レンはその様子をぐるりと見回して、シヅキを鼻先でつついた。


『入学式ではつきちゃんに友達ができるか本当、心配だったけどさ。心配要らなかったのかな』

「⋯⋯友、達」


 レンの言葉にじわりと心の表面が温かくなる感覚がする。同時に身体の奥底は冷たくなっていくようだった。指にぴたりと嵌まっている指輪を撫でる。



 大切なものは少なくなければ。私の腕は二本しかない。両腕から零れたものはすぐに壊れてしまうから。




「わ、ごめんなさい、シヅキちゃん。抱きついたままで」


 シヅキの呟きは聞こえていなかったようだ。

 ユーファの温もりが離れて、シヅキはほっとしたような、名残惜しいような気分だった。


「ううん」

「じゃあ、帰ろーぜ」




 リュダの声で解散することになった四人は、校舎から出てきたシアと鉢合わせた。


「⋯⋯ち、ちょっと待って!」


 意外だ、と言うようにナギトの眉が上がる。

 シアが口を開けて、閉じて。言葉が上手く出てこないらしく、唇を震わせている。


「⋯⋯何だよ?」


 リュダがぶっきらぼうに問うと、シアはようやく細い声を出した。


「⋯⋯謝罪を、したくて⋯⋯。何でも持っていて何でもできるシヅキさんのことが羨ましくて、気に、いらなくて⋯⋯勝負をして勝つことで私の方が努力をしてるって⋯⋯優秀だって思いたかったの。その勝負のことがお母様にも伝わってしまってから、どんなことをしてでも勝たなければと思って」


 シアの握ったスカートに皺が寄る。


「卑怯な手を使ったり、挙げ句の果てに生徒皆を巻き込みかねない攻撃魔法まで使ってしまったわ。危害を加えようとした私を助けようとしたり、回復魔法を使ってくれて⋯⋯自分の心の汚さに気づいたわ。謝って許されることではないのは分かっているけど、ごめんなさい」


 四人の目の前でシアは膝を曲げ、深々と頭を下げた。貴族式の深い礼だ。


(マーキス)が三位、花梨家が長女、シア。深く反省し、お詫びを申し上げます」


 自分の家格にプライドを持っているシアにとって最大級の謝罪なのだろう。

 じっと頭を下げたまま動かない。


「⋯⋯良いよ」

「そんなに簡単に許してはいけません!」


 ウィリとカシャの責任も負ってきたのだろうシアに少しの同情心もあって応えれば、頭を下げたままのシアから怒鳴られた。


「は⋯⋯?」


 謝罪を受けている立場の筈なのに。


「じゃあ、何て答えれば良いんだよ」


 リュダの心底呆れた声にシアは流れるように口を開いた。


「もちろん許されないことをした訳ですから、罵られる覚悟も、ある程度の罰を受ける覚悟もできています。普通の貴族でしたら一生の弱みを握ったとして、度々私を使うでしょう。花梨の家は国内一貿易が盛んですからお役にたてることもあると思いますわ──」


「つまり、何かしないと気がすまないってことか?」


 シアはこくこくと大きく首を縦に振った。

 シヅキはちらりとナギトを見る。


「興味無い」

「私も⋯⋯別に良いですよ」

「俺もむかついてた気は晴れちまったぜ」


 ユーファを見ればおずおずと、リュダは息を吐きながら答えた。


『どうするの?』


 シヅキはしゃがんでシアとじっと目を合わせた。



「謝罪はもう良いよ。その代わり⋯⋯加加阿菓子(チョコレート)、取り寄せて」





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