表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/24

13 本試験と金髪の少女




 雲一つ無い空だ。

 シヅキの足取りはいつもより遅く、遅刻ぎりぎりとなって学校に到着した。


「あ、シヅキちゃん! おはようございます」

「おはよう。遅かったじゃねぇか」


 駆け寄ってきたユーファに続いてリュダも顔を出す。


「うん」

『駄目だよ、つきちゃん。おはようって言わなきゃ』


 レンの声に、シヅキは中指に触れようとして指輪が無いことに気がついた。

 宝具の影響が及ばない帯の内に指輪を仕込んだのだった。


「⋯⋯おはよう」


 タイミングのずれたシヅキの挨拶に、ユーファとリュダは驚きに動きを止めるが、それも一瞬、すぐに笑顔でシヅキの手を引いた。


「何だよ、朝から良いことがあったのか?」

「良い天気ですから! 気分が良いですよね」


 シヅキが挨拶を返したことが相当嬉しいらしい二人に連行されるように教室に入る。


「皆さん、おはようございます。いよいよ本試験ですね。今日までたくさん勉強してきたと思います。成果を発揮できるように頑張ってくださいね。試験監督は僕とルゥリャナ先生が行います。他の先生方は魔獣の討伐任務で忙しいので、何かあったらこの二人に言ってください。午前は基礎魔法論と──」

『つきちゃん、つきちゃん』


 ラギアスの長い連絡事項を話半分で聞いていると、シヅキの頭にレンの声が響いた。


『宝具があっても魔法実技は俺が何とかできるけどさ、武術の試験はどうするの? 身体強化の魔法も今は使えないよ』


 武術の試験は剣で先生が出現させた幻影を倒すという内容だ。

 魔獣を討伐する王国騎士は自分の剣に魔法を乗せて戦うが、武術の授業ではまず戦いの基礎を学ぶとして、魔法の使用は認められていない。

 シヅキの持つ剣は細身だが金属ならではの重みがあった。身体強化の魔法を使わなければ持ち上げて維持することも難しい。

 さらには、足に重りが付いているようなものだ。袴で見えない足首の枷を睨んで、シヅキは気づかれないようため息を吐いた。


「──では、試験の準備をしてください」


 ようやく話が終わり、試験が始まるようだ。シヅキは薄く感じる眠気を払うように頭を降って、試験問題に目を向けた。



 七教科を終えて、シヅキは地面に倒れたい所を僅かな自尊心(プライド)で壁に寄りかかる。

 この先一歩も動けないかもしれない。


「おい、大丈夫⋯⋯じゃなさそうだな。悪い」


 声をかけてきたリュダの方に視線を向けただけだったが、リュダは気まずそうにシヅキから距離をとった。

 六教科の筆記試験を終え、七教科目が武術、八教科目が魔法実技となっていた。

 訓練場に出てきた生徒たちは、武術の試験結果を班の中で確認し合っている。


『武術も俺が何か手伝えたら良かったのに。⋯⋯でも指輪から出ないと魔法が使えないから身体強化の魔法をかけてあげることもできないし、つきちゃん程の技術は無いから先生にバレそうだしなぁ』


 レンが落ち込む通り、シヅキの武術の試験結果は散々だった。


「シヅキの結果は昨日の時点で予想していた。筆記試験は多少応用問題が追加されていたが問題無かっただろう?」

「おう!」


 ナギトがリュダの返事に頷いて、ユーファをちらりと見る。


「⋯⋯多分、大丈夫です! 応用問題もナギトくんの用意してくれた問題とほとんど一緒でした。リュダくん、シヅキちゃんも私に付き合って教えてくれたお陰です」


 涙目になっているユーファにリュダが慌てて背中を擦っている。


「まだ一教科残っているんだ。感動するには早い」

「あ、はい!」

「そうだな」


 シヅキはこくこくと頷くしかできなかった。口を開くのも億劫だ。


「お、いたいた! 次で試験最後だな!」


 勝負相手の班の男子生徒が駆け寄ってきた。

 後ろに付いてくる班員の中にシアの姿も見える。


「さっきラギ先生に聞いてきたんだけどよ、採点した試験に関しては俺たち二つの班が一位、二位独占してるらしいぜ! 良い勝負だと思う!」


 興奮気味に話す男子はシアの妨害を知らないらしい。シアは終始、下を向き、目を合わせようとしなかった。


「お前な⋯⋯」

「な、何だよリュダ」


 何も知らない男子生徒にも腹が立ったらしいリュダが怒鳴る前に、シヅキは手で制してそれを止めた。


「シヅキ⋯⋯」

「もう行こう。始まるから」


 はらはらと落ち着かないユーファの様子も見て、リュダは口を曲げたがこれ以上相手にするのはやめたようだ。


「ちっ、正々堂々勝負しろよ!」


 捨て台詞のように言って背を向けた。




────





 試験の始まりを告げる鐘が鳴り、生徒の前に立ったルゥリャナがぱん、ぱんと手を叩いて注目を集めた。


「皆お疲れ様、あと一教科よぅ。今回の試験は中試験と同じ、先生が魔法で作った蝋燭の火を順番に水魔法で消して、炎の魔法で順番につけていってもらうわぁ。前回と違うのは蝋燭の間隔。蝋燭同士の距離が近いから上手く魔法を調節してね」

「かなり難易度が上がってるな」

「だ、大丈夫でしょうか。⋯⋯いえ、大丈夫です!」


 ユーファが不安を振り払うようにぐっと手を握る。

 順番に行う形の試験だ。

 中試験よりも上手く魔法の発動ができている生徒が多いが、調節力が未熟な生徒は一度に二本の蝋燭の炎を消したり、火をつける順番を間違えたりしている。


「俺の番だな!」


 リュダは元気よく前に出ると素早く魔方陣を展開させた。

 指先程の大きさの水の球が的確に蝋燭の芯に向かっていく。

 炎を消していき、同じように手際よく火をつけていった。


『さすが。しばらくこの子のことも見ていたけど調整は問題ないね』


 その後のナギトも淡々と課題をこなして見せる。


 次に金髪の女子生徒の名が呼ばれた。

 シアが緊張した面持ちで進み、震える手を伸ばすと金色の魔方陣が現れた。

 魔方陣から水の流れが現れ、うねりながら次々と炎を飲み込んでいく。

 全て消えたと思ったら今度は極小さな爆発を作るように火をつけていった。多少荒々しいが調節ができている。


「うん、良いですね。終了です」


 採点を書き込んだラギアスの言葉にシアは心からほっとした表情を浮かべた。


「次、シヅキさん。前に出てください」


 シヅキは二歩前に進むと、ラギアスをちらりと見る。


「⋯⋯先生? 使役魔法を使ってもいいですよね」


 シアが、はっと驚きの表情でシヅキを振り返る。


「え? ああ、構いませんよ。課題を達成するために魔法を使うなら手段は問いません」


 頭に疑問符を浮かべながらもラギアスは頷いた。シアが大きく目を見開いて唇を震わせている。


「⋯⋯レン、来てくれる?」


 シヅキの側に美しい獣が現れた。ゆらゆらと尻尾が揺れるだけで風が起こり、訓練場の砂を巻き上げたらしい。レンの後ろにいたリュダが顔をしかめて移動していた。


「嘘よ! そんな筈⋯⋯」


 思わず出てしまった声に注目が集まるとシアは慌てて自分の口を塞いだ。しかし、瞳が何故だと訴えている。


「どうかしたか?」

「⋯⋯っ、何でも、無いわ」


 珍しくナギトが声をかけたのはシアへの嫌みだ。シアはぐっと歯を食い縛って一歩下がった。


「⋯⋯まさか、使役魔法じゃない? あんなに強い獣を契約も無しに従えてるということ?」


 小さな声だったが、人間より良い聴覚を持つ獣姿のレンには聞こえていた。


『気づいたみたいだね。ま、今更関係無いか』

「レン、できそう?」

『うん? これくらいなら余裕』

「お願い」


 レンの前に魔方陣が浮かび上がった。水の球と同時に炎の球が凝っていく。

 見ている生徒はゆらりと炎が揺らいだようにしか見えなかっただろう。


「凄いわね。一瞬だったわぁ」


 生徒たちはルゥリャナの言葉で、蝋燭の炎が消えてもう一度灯されたことに気付く。


「本当にすごいです! レンくん!」


 ユーファが感激したようにレンの頭を撫で回す。以前、レンがユーファを家まで送って以来、大きな獣の姿も怖く無いようだ。


『ううん、ユーファちゃん⋯⋯。俺はそこら辺の飼い犬じゃ無いんだけどな』


 偉い、偉い、と子供にするように労うユーファにレンは複雑そうな声色だ。


「レンくん、何か言ってますか?」


 ユーファがきらきらとした目でシヅキを見つめる。


「うん⋯⋯。撫でられて嬉しそうだよ。得意気になってる」

『つきちゃん!?』

「そうですか! 可愛いです!」


 レンはぴたりと動きを止め、ユーファのされるがままになっていた。





────




「こんな筈じゃ⋯⋯私、私は⋯⋯」


 シアはシヅキの試験の様子を見てから震えが止まらなかった。

 しかし今は他人の目がある。震えている姿を誰かに見られる訳にはいかない。爪が肌に食い込む程、拳を握る。


「シアさん!」


 声をかけられ、はっと我に返ると貴族らしい白い手から血が流れていた。視線を上げればウィリとカシャがすぐ側まで来ていた。


「さっきの試験見事でしたわ。先生からもお褒めの言葉をいただいていましたし」

「シヅキさんのことは宝具の不具合で⋯⋯あら! 嫌だわ、血が出ているじゃ無いですか」

「え、ええ」


 思っていたよりも傷は深かったようでポタ、ポタと垂れている。ウィリとカシャは顔をしかめてシアから距離をとると、保健室を指差した。


「怪我なら保健室に行かれた方が良いかと」


 シアは去っていく二人の後ろ姿をぼんやりと見つめていた。


 私には人望も、何も無い。


 ──失望させないでちょうだい。


 何度も言われた言葉を思い出して息が浅くなる。

 自然と頭に浮かんだ詠唱を小さく声に出していた。




閲覧ありがとうございます。

不定期更新ですみません(;^; )

ゆっくり進む予定です。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ