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12 帰り道




 辺りはすっかりと暗くなり、街灯に灯った火が道を照らしている。

 シヅキはナギトに手を引かれる形で家への道を歩いていた。


「全く⋯⋯馬鹿だな」

「何度も馬鹿って言わないで。分かってるから。それよりナギト⋯⋯手」


 ナギトは鼻を鳴らして掴んでいた手をふっと緩める。


「良いのか? 宝具が着いている足が重くて上手く歩けないんだろう?」

「⋯⋯」


 ナギトの手が離れると途端にバランスを崩しそうになる。ナギトの言う通りだった。宝具は美しい足首の装飾のようだったが、これでは罪人の枷だ。

 他人より筋力が無い身体が恨めしく感じる。


「⋯⋯申し訳ないんだけど、やっぱり繋いでて」


 悔しさが滲んだ声でシヅキが言うと、ナギトは何も言わずに手を引いた。




「レンは?」


 無言で歩き続けてしばらく。不意に投げ掛けられた質問にレンが不機嫌そうに返す。


『なに』

「何? って言ってる」

「お前、なぜ指輪から出てこられないんだ」

『分かんないよ。分かるんなら教えて欲しいくらい』


 大きなため息と共にシヅキの頭の中に響く。


「レンにも分からないみたい。ナギト、分かるなら教えてくださいお願いしますって」

『つきちゃん!? 内容は合ってるけど語調(ニュアンス)が大分違うなぁ!?』


 そんな風に言った覚えはない、と。

 慌てるレンを無視してシヅキはじっとナギトを見つめる。


「ふん、少し指輪を貸してみろ」


 シヅキは一つ頷くと中指の指輪を外してナギトに手渡した。

 ナギトは黒い霧で指輪を包むとなにやら目の前に翳して観察する。


『ちょっと! すごく不快な魔力なんだけど』

「レン、ちょっと我慢して」

『うぅー、気持ち悪い』


 レンが文句を言い終わる頃、やっとナギトが霧を消失させる。


「やはりな。シヅキに触れていた分、宝具の影響が指輪にも及んでいただけだ。おい、レン。もう出てこれるだろう?」

「そうなの? レン?」


 言うが早いか、ナギトの持つ指輪が光り、銀毛の獣が現れた。

 ナギトを押し退けるようにしてシヅキの元へ駆け寄る。


『つきちゃん! 良かった』


 シヅキもほっと頬を緩めてレンのふわふわの毛並みを撫でた。


「感謝するべき相手に対して随分なご挨拶だな、レン」


 ナギトはレンがわざと突き飛ばそうとしたことを知っている、と言外に伝えると、レンは舌打ちをして、そっぽを向く。


「レン、駄目だよ。お礼を言わなきゃ」


 レンはどうしてもナギトに頭を下げたくないようだ。シヅキが身体を撫で、宥めても聞かない。


「まあ良い。レン、助けたのは明日の試験のためでもある。シヅキが役に立たないからな。上手くやって欲しい」

『分かってるよ』


 ぱたん、ぱたんと地面を叩く尻尾を見てシヅキは苦笑する。不機嫌な証拠だ。


「⋯⋯大丈夫だと思う。ナギト、ありがとう」

「ああ。指輪は宝具が外れるまでは肌に触れないように持っておけ。⋯⋯送りはここまでだ。後はその犬に連れて行ってもらえ」


 シヅキが気がつけば家もすぐ側だ。手が離された途端不安定になる身体を、レンの魔法で獣の背に乗せられる。

 シヅキがもう一度礼を言う前に、ナギトは転移魔法で黒い霧となって消えていた。





────




 かたり、と戸が閉まる。シヅキに続いて家に入ってきた獣はすぐに人型をとり、後ろ手に戸を閉めたようだ。


「つきちゃん」


 人型なのに、萎れた耳と尻尾が見えるような気がする。シヅキはブーツを脱ぐと、止まったままのレンの手を引いた。


「ごめん、俺」

「何? 情緒不安定だね」


 シヅキが苦笑するとレンはさらに顔を歪めた。


「あんな単純な魔法、俺が守らなきゃいけなかったのに」

「レンのせいじゃないよ」

「今回は怪我してないけど、強力な攻撃魔法の可能性だってあった。⋯⋯攻撃されたときには、つきちゃんが怪我したんじゃないかって思うだけで死にそうだったんだよ」


 今は気分がかなり落ち込んでいるらしい。

 家の結界内に入って安心した部分もあるのだろう。

 シヅキはレンの身体を抱き寄せて、幼子にするようにぽんぽんと背を叩いた。


「結果、少しの間魔法が使えなくなるだけだったから大丈夫。それにナギトが言ったようにこれは私が油断してたせい」


 だから大丈夫だ、と。宥めているとレンがぎゅっとシヅキを抱きしめ返した。


「⋯⋯もう俺にはつきちゃんしかいないんだ。今度は絶対俺が守るよ」


 こつん、とレンが額を合わせる。




「⋯⋯⋯⋯うん」


 シヅキの声は微かに震えている。

 レンの誓いはシヅキに呪詛のように纏わりついた。


 ──レンがシヅキの側にいるのは、シヅキに依存するしかないから、だろう。


 銀の民を虐殺しレンから全てを──家族を、たった一人の姉までも奪ったのは梅の家だ。


 そっと親指の指輪を撫でる。

 改めて事実を突きつけられた衝撃を隠すように、シヅキは浅い息を吐いた。



「⋯⋯あれ、つきちゃん。強く抱きしめ過ぎた? 大丈夫?」


 少し気分が落ち着いたらしい、今度はレンが心配そうに覗き込んでくる。


「大丈夫。それより、レン。運んでくれない? もう歩けないみたい」

「うん。⋯⋯ナギトに感謝するのは嫌だけど、指輪から出てこれて本当に良かったよ。つきちゃん、どうやってご飯食べて、どうやって掃除して、どうやって支度するのさ」


 ぐらりとした浮遊感は以前とは違い優しく、ぴたりと身体が密着していることで安定感がある。


「⋯⋯ご飯くらい、私にも作れるよ。レンが作るのを見たことあるから」

「じゃあ俺は魔法でやってるけど、魔法使えない状態でどうやって火を付けるの?」


 レンの顔は絶対に答えられないだろうと思っている顔だ。


「薪を用意して、燐寸(マッチ)で火を付ければいいんだよ」


 レンはシヅキが燐寸(マッチ)の火もつけられないと思っているようだ。


「それくらいは分かるよ⋯⋯」



 その答えに純粋に驚いているレンの様子を見て、シヅキはもう少し自立しようか、と心の中で呟いた。




閲覧ありがとうございます

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