11 嫉妬 2
最初に口を開いたのは金髪に勝ち気な瞳の女子生徒だった。
「ねぇ、『眠り姫』と『平民女』。どうしてこうも私の気に触るのかしら」
『わぁ、こんな展開本当にあるんだ』
他人事のようにうきうきとしているレンの声が聞こえる。
「ユーファ。さっきの魔法、見ていたけど、知識も無ければ、才能も無いのね。ただ魔力が多いだけじゃない」
「簡単な魔法も成功しないなんて。お荷物だってことを自覚して身を小さくしていなさいよ」
取り巻きのように隣に控える生徒二人がくすくすと顔を見合わせて笑う。
以前に気配がした三人は目の前にいる生徒たちだろう。シヅキは相手にするのも面倒だ、と身体の向きを変えようとする。
ユーファも、む、と口を歪めたが何も言うことは無かった。
その様子を見てさらに声を上げて二人が笑う。
「分かってるじゃない!」
シヅキが鞄を手に取ると、取り巻きからシヅキに声がかかる。
「ちょっと、シヅキさん? ⋯⋯無視するなんて、春一位、梅の家は最低限の礼儀も持っていないの?」
『⋯⋯馬鹿だなぁ。きっと頭には綿が詰まっているんだね。彼女もそこそこの華族っぽいけど、つきちゃんの家を蔑むなんて』
「⋯⋯」
シヅキが無視を決め込むと相手は歯を食いしばった。
「~~っ。婚約者なんて言われてるけど! どうせそれも貴女から言いよったんでしょう? ナギトくんも迷惑しているわよ!」
どうしてもシヅキを非難したいようだ。シヅキは深いため息を吐く。
ナギトとシヅキの婚約は互いに幼い頃、親同士が勝手に決めたことだ。
シヅキが願うはずもないその約束は今まで解消されていないだけで、互いを婚約者と思ったことも無い。
ただ、そんなことを言っても無駄なのだろう。シヅキが何と言おうと、自分勝手な解釈をされるだけだ。
「⋯⋯⋯⋯ようやく気づいたわ」
それまで黙っていた金髪の生徒──シアが微かに口を開いた。
「⋯⋯地位も、知識も、才能も、婚約者もありながら、少しも幸せそうじゃない表情が気に入らないのよ」
呟いたその声は小さすぎて誰にも届かない。
シアが顔を上げてシヅキを睨む。
「私は明日、絶対に勝たなければいけないの。⋯⋯これは贈り物よ。明日は身に付けておいてくれると嬉しいわ」
シアがシヅキとユーファに向かって手を握ると瞬間現れた水が二人の足にとりついた。
取り巻きたちも短く詠唱し、魔法でシヅキたちの視界を奪う。
『つきちゃん!』
レンが指輪から現れようとするより早く、シヅキの片足がぐんと重くなった。
視界が晴れ、手で足を確認すると硬い感触が触れる。見た目は硝子の装飾品のようだったが、シヅキにはすぐにその正体が分かった。
「⋯⋯魔力封じの宝具」
「シヅキちゃん!?」
『つきちゃん! 大丈夫!?』
ユーファとレンから同時に声がかけられる。ユーファは無事、レンも指輪から出られないだけのようだ。
「もう私にも解けないの。試合が終わる頃に消えるわ」
出ていこうとしたシアを見てユーファが立ち上がろうとしたが、水の鎖が再び現れて動けなかった。
その様子を取り巻き二人が見てけらけらと声を上げる。
「シアさんの魔法の前では大したこと無いのね」
「本当ね。明日は大人しく負けときなさいよ」
『つきちゃんに対してこの行為⋯⋯こいつら、殺されても文句は言えないよね?』
声だけ聞いてもレンが怒っていることは明白だ。シヅキには聞こえるレンの声は唸り声で指輪から漏れていた。
「指輪から唸り声? ああ、シヅキさんの狼ね」
「魔力封じで使役魔法も使えないでしょうけど、私たちが貰っておいてあげましょうか?」
「⋯⋯!」
その言葉を聞いた途端シヅキの表情が変わったのを見て、取り巻きは楽しそうに顔を歪めた。
「狼しか見たことが無いけど、二匹と契約しているのかしら」
動きの鈍ったシヅキの手をとり、まず親指の指輪を奪おうと、女子生徒の指が触れた。
──親指の指輪。シヅキにとってレン以外で一番大切な──。
「触らないで⋯⋯!!」
ぐわり、立ち上ったシヅキの魔力が魔力封じの足枷に押さえ込まれる。
それでも強大な圧を感じたらしい取り巻きが一瞬怯み、動きを止めた。
「ウィリ! カシャ! ⋯⋯止めなさい」
鋭いシアの声で取り巻き二人はシヅキから手を離した。
シアは黙ってシヅキとユーファを一瞥すると、教室から出ていく。
しばらくの間、シヅキは指輪に目を落としたまま呆然としていた。
「あの⋯⋯シヅキちゃん?」
遠慮がちな声で意識を引き戻される。
ユーファが顔いっぱいに心配を浮かべてシヅキを覗き込んでいた。
「⋯⋯ユーファ。怪我は?」
「私は単に足止めをされただけです。シヅキちゃんこそ大丈夫ですか?」
「うん。ただ⋯⋯油断した。こんな物をつけられるなんて」
足首に触れると硬い感触がある。
硝子の装飾のようなそれはぴたりとはまっていて取れそうにない。
「それ、ええと、何ですか?」
「魔力封じの宝具。封じられていて今は魔法が使えない。相当珍しい品だよ。あるのは知っていたけど、初めて見る」
「だ、大丈夫なんですか?」
「ただの魔法を使えない人になったような感覚かな。⋯⋯レン?」
シヅキが中指の指輪に向かって話すと、レンの不機嫌な声が聞こえた。
『指輪から出れないんだけど。何で? つきちゃんと俺は使役魔法で繋がっている訳じゃないのに』
指輪から現れる狼とシヅキを見て、周囲は使役魔法だと思っているが実際は違う。
シヅキの指輪も宝具の一種であり、指輪の中に空間があるのだ。レンは指輪と外界を空間転移で行き来しているだけ。
通常主の命令で姿を現す使役魔法と違ってレンが自由に姿を現せるのはそのためだった。
確かに、シヅキの魔力を封じられていることはレンには関係がない筈だ。シヅキもレンと同じく疑問だった。
「レンくんも大丈夫そうですか?」
首を傾げたユーファに、シヅキの頭の中で大きな声が響いた。
『大丈夫じゃないよ! これじゃあつきちゃんを守れないし、今日の掃除も、料理もできないじゃん!』
「⋯⋯うん、大丈夫。元気」
シヅキは意味もなく耳を塞ぎながら答える。
「無事なら良かったです。えと、ナギトくんとリュダくん、待ってるでしょうか」
「そうだね」
シヅキが一歩踏み出そうとすると左足が重い。
ただでさえ筋力が無い足に枷をつけられたのも嫌がらせだろうか。
シヅキは顔をしかめながら歩いて校舎を出た。
「シヅキ! ユーファ! 遅かったな」
「⋯⋯⋯⋯」
手を上げて明るく声をかけるリュダとは違い、ナギトは微かに目を細める。
「何かあったか?」
二人の様子から異変を感じ取ったらしい。シヅキがため息を吐いて足首の宝具を見せると、ナギトは一瞬驚きに口を開けるが、すぐに舌打ちをした。
「馬鹿が。気を緩めすぎだ」
「ナギトくん! そんな言い方⋯⋯」
ナギトの鋭い瞳がユーファの方にも向けられ、ユーファはぴゃっと飛び上がる。
「何なんだよ⋯⋯」
リュダがユーファをなだめながらナギトに説明を求めた。ナギトは黒い魔法で宝具を外そうとしていたがすぐに霧散してしまっている。
「魔力封じの宝具だな。魔法が使えなくなっている」
「大丈夫なのか!?」
「⋯⋯体調は?」
同時に聞かれて、シヅキは小さく頷いた。
「大丈夫」
「やったのはあいつらか?」
「うん」
「あぁ!? あいつらって誰だよ」
口調を荒げたリュダにユーファは後ろから恐々と答えた。
「明日の勝負の相手のシア、ウィリと、二人と仲の良いカシャです」
「花梨の家の伝手で宝具を手に入れたんだろうな」
「勝負の前に汚ぇな! おい、今から探すか? 解けないと困るだろ」
『⋯⋯探して殺したって無駄だよ』
レンの不満そうな声だ。
ナギトが解除を試みてもできないのだ。シアの言葉を思い返しても、明日の勝負までの短時間の縛りで力を増強させている宝具だと考えられる。
シアの言葉通り、身につけた以上、時間が過ぎるまで取れないだろう。
「本試験が終わったら解けるって言ってた。シア本人にも取れない宝具だって」
ナギトはもう一度舌打ちをするとシヅキの腕を取った。
「⋯⋯本当に厄介なことをされたな。はぁ、仕方ない。帰るぞ」
「ナギト! 良いのかよ? 先生に言うとか⋯⋯」
「いや、やめとこう。宝具は試験が終わったら外れるし、大事にしない方が良いと思う」
シヅキのこの言葉は本心だ。しかし、先生に報告すれば、体調を確認するため必ず魔力を精査されるだろう。
シヅキにとってそれは避けなければいけないことだ。梅と桜の黒い魔法については今外部に知られるわけにはいかない。
リュダは納得がいっていない表情ながらもシヅキの真剣な声に渋々頷く。
「まぁ、シヅキがそう言うんなら⋯⋯良いけどよ」
「リュダ、ユーファを送ってやってくれ。無いと思うが、何があるか分からないからな」
ナギトとシヅキ、リュダとユーファに分かれ、それぞれ帰路につくことになった。




