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10 嫉妬 1




「ええと、教科書六十三項。『魔獣とは四本足の獣の姿で煙のように輪郭が不明瞭である。夜の暗闇で活動し、攻撃性が高く人を襲う。基本的に一般人では対応が難しく、討伐は王国騎士団が担っている。現れる場所は不明で、死んだ魔獣は灰となる。魔獣の生態については王国魔法士が研究しているが未だ分かっていない』どうでしょうか?」


 空中に視線をさ迷わせながら諳じたユーファにシヅキが一つ頷く。


「うん、満点回答だと思う」

「良かった。記述の点数はとれそうです」

『魔獣ね⋯⋯つきちゃんたちリッカの生徒は討伐訓練にも行くんでしょ。ユーファちゃんは心配⋯⋯じゃないか。魔法がダメでも人並み外れた運動神経だからなぁ』


 シヅキにレンが零した笑い声が聞こえる。

 リッカで学ぶ生徒は卒業後、王国騎士や王国魔法士となり国に仕える者も多い。華族の跡取りはその限りではないが、王国騎士・魔法士は民からの憧れの立場であり待遇も良いとされている。

 ラギアスやルゥリャナもリッカ出身の王国魔法士だ。

 王国騎士や王国魔法士は国の災いである魔獣の討伐、研究任務にあたっている。学生の内から討伐訓練を行わせるのも授業の一環であった。


「シヅキちゃんは魔獣、見たことありますか?」

「うん⋯⋯あるよ」

『毎日のように討伐してるし』

「教科書で見るように怖いですか? 私はまだ見たことが無いんですよ」


 ユーファの言葉にシヅキは軽く目を見開いた。

 決して頻繁ではないが魔獣はこの国では珍しいものではない。見たことのある者がほとんどだろう。

 特に王都では、と考えてシヅキはユーファが辺境の出身であることを思い出した。

 魔獣は王都に多く、隣国に至っては滅多に現れない災害のようなものらしい。


「⋯⋯ユーファも出会えば分かると思う。一目見て悪しきものだと感じさせる姿をしてる」

「そう、ですか⋯⋯あの」

「ユーファ、ちょっと待って」


 ユーファの言葉に被せて、シヅキはワンピースの裾を掴んでユーファの歩みを止めた。

 図書室から帰る途中、廊下の先に魔法の気配を感じたためだ。


「どうしましたか⋯⋯?」

「悪意のある魔法かもしれない」


 シヅキは詠唱無く黒い霧を出現させた。


『ああ、ちょっとつきちゃん! 俺が確認するのに』


 なるべく魔法を使わせたくないレンの言葉も分かるが、この程度なら僅かな魔力の消費だ。

 黒い霧は意思を持ったように廊下の先まで纏まって進み、ある場所まで進んだ所で床から勢いよく立ち上った水に包まれた。純粋な水ではないようで、不自然にキラキラと輝いている。


「わ! 何ですか! これ」

『床もびしょびしょじゃんか』

「⋯⋯」


 シヅキは手の一振で床を乾かしながら周囲に視線を走らせた。

 人の気配が三つ、遠ざかっていくのを感じる。

 シヅキとユーファを狙ったものであることは間違い無いだろう。シヅキか、ユーファか、あるいはそのどちらもか。シヅキは一つため息を吐いて目の前に指輪を掲げた。


「レン」

『三人、追おうか?』

「いや、ユーファを送ってあげて」

『ええ? つきちゃんを一人で帰らせられないよ!』

「あ、シヅキちゃん。大丈夫ですよ⋯⋯必要なら、こう⋯⋯倒せますから」


 レンの声はユーファに届いてない筈だが、ユーファは現れた銀色の獣を見て首を振ると、拳を突き出す振りをする。


「相手は魔法士だよ。せめて防御魔法を学ばないと自衛できない。相手の予想はついてるけど⋯⋯一応ね」


 シヅキは続けて隣に寄り添っているレンの毛並みをそっと撫でた。


「レン、大丈夫だよ。私がやられると思ってるの?」

『俺が心配してるのは、他の問題(トラブル)だよ。魔獣に会うかもしれないし』

「⋯⋯」


 シヅキが撫でる手を止めて、レンの金色の瞳をじっと見つめればレンは渋々シヅキを離れた。


『⋯⋯分かったよ。最速で行って、戻ってくるから』

「ひあぁあ!」


 レンが魔法でユーファを持ち上げ背に乗せる。いきなりの出来事にユーファは目を白黒させてレンの背中にしがみついた。


「ユーファ、レンは言葉を理解してるから案内してあげて」

「あ、は、はい──」


 言い終わる前にレンが勢いよく駆け出していく。


「は、早すぎじゃないですか──!?」


 姿が小さくなるにつれてユーファの声も聞こえなくなっていった。



「さて」


 高威力の水魔法。相手の予想はついている。

 しかしシヅキは自ら動く気にはなれなかった。

 人間関係とはこうも面倒なものなのだろうか。


「どうしようかな」


 本試験まであと五日。

 必ず動きがあるだろうと予想して、今から頭が痛かった。



────



「むむむむむむむむ」

「⋯⋯そっと、ゆっくり魔力を流して、少しずつ集める感覚で、そう」


 聞こえる唸り声と、小さな声。

 また数日が経ち、水をおこす魔法を練習しているユーファはシヅキの指導を受け、訓練場の隅で唸っていた。

 頭上で水滴が凝っていき、今は手のひら程の大きさとなっている。不自然に水滴が震えているのも最初に比べれば良くなっている方だ。


「おーい、上手く行きそうか?」

「ひゃあ!」


 ユーファは声をかけられた瞬間跳び上がり、急激に膨張した水の玉が弾けた。辺り一面に叩きつけるような雨が降る。


「あ、ありがとう。シヅキちゃん」


 シヅキの魔法で結界を作って無事だったシヅキとユーファとは違い、リュダは雨に打たれてずぶ濡れだ。


「⋯⋯声をかけちゃいけなかったみたいだな。悪ぃ」

「ご、ごごめんなさい! リュダくん!」

「良いって。これくらい」

「魔力の調整が難しそうか?」


 同じく結界を張り、無事だったナギトがシヅキに声をかける。


「ナギト⋯⋯。俺も雨から守って欲しかったぜ」


 一人濡れ鼠になったリュダは恨みがましく言うと、ナギトが眉を上げて応えた。


「相合傘がしたかったのか」

「そうじゃねぇよ!」

「冗談だ」

「冗談が分かりにくい⋯⋯。真面目に言うなよ」


 リュダががしがしと頭を掻くと、黒い魔方陣が宙に浮かんでリュダの身体を乾かした。ナギトの魔法だ。


「おお、乾いてる⋯⋯」


 ナギトは軽く鼻を鳴らすとシヅキとユーファに近づいた。


「シヅキ、どうだ?」

「こんなに魔力が多い人初めて見た。鍛えたら強い魔法士になりそうだけど、繊細な調整は難しいみたい」

「間に合いそうか?」

「赤点の線を越えることはできると思うけど、それ以上は期待しない方が良いんじゃないかな。前と同じ試験内容だったら、だけど」


 はっきりとした物言いにユーファはしゅんと肩を落とす。

 どの魔法を練習しても、最後には爆発してしまう。力が有り余りすぎているのだ。

 ユーファは毎日付き合ってくれるシヅキに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「落ち込むなよ。ユーファ、他の教科はナギトの作った問題に合格できるくらいになったんだろ?」

「それも赤点ぎりぎりですよ!」


 うぅぅ、と頬を膨らませるユーファにリュダはおろおろと手を肩に置いたり、離したりしている。


『試験の直前に大量に魔力を発散させてから臨むのはどうだろ』


 レンのその言葉はユーファに厳しすぎだ。

 魔力を発散させるのにも、魔法の手順を踏む必要があり、魔法は魔力だけでなく集中力もすり減らす。ユーファの魔力量では試験の前に倒れていてもおかしくないだろう。

 現に何回も練習した今はユーファの顔色が少し悪い。


「今日はここまでだな」


 ナギトの声に辺りを見回すと、橙色も僅かになり、空は紺色が覆い尽くそうとしている。


 本試験は明日。

 シヅキの予想に反して、少し前にシヅキとユーファを攻撃しようとした相手は今日まで何もしてこなかった。

 意外に思いながらシヅキは教室に戻るために歩き始める。ユーファも一緒だ。

 そのまま帰れるらしい男子とは違い、二人は教室に荷物を置いていたからである。


 教室の扉を開けると──シヅキを待っていたかのように女子三人が立ち塞がった。




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