実績
「ピロン♪『コタツでミカン』の実績を解除しました」
「なるほど、そんなものもあるのか」
男は独り呟いた。
ある日、突然世界に〝実績〟が導入された。具体的には、条件を満たす行動をとると頭上でアナウンスが鳴り、実績を獲得できるようになったのだ。他人に獲得した実績をみせることもでき、現在何パーセント獲得したかの進捗も表示できる。
しかし、実績の総数がおそらく尋常でない数であるため1パーセント以下の人がほとんどだった。また、未獲得の実績は表示されない。男は裕福でも貧しいわけでもなく、ひっそりと安定した生活をおくっているため、日常の中で獲得する実績もなくなり、あまり縁のないものになっていた。悪く言えば地味な人生だったのだ。
「もう少し若ければ、こんな道もあったのかな」
テレビに映るのは世界に実績が導入された後に登場したあたらしい職業、実績ハンターだ。初期は個人で活動してネット上で実績の進捗を報告していたが、そこに企業が目をつけ、スポンサーとしてつくようになったのだ。企業からの資金援助であらたな実績を獲得し、実績獲得率の高いハンターは企業と共に世界から注目を浴びるのである。
ニュースによるとついに11パーセント台に到達したハンターがあらわれたらしい。このペースで単純計算すると60年後には100パーセントに到達するそうだが、果たして。
男の年齢はすでに50前半であった。実績の話題で湧き上がる世間とは裏腹に、コンプリートをこの目で見届けるのは現実的ではない。男は、すでに冷めていたのだ。
男の両親はすでに他界しており、家族や恋人もいない。以前は連絡を取り合っていた友人もいたが、最近はひさしい。寂しくないと言えばウソになるが、誰だって最期の時はひとりだ。みんなそうなのだ。そう思うことにしたが、今こうしてテレビに映っている華やかな人物を見ると心をさかなでされたような気分になるので、あまり興味をもたないようにしていたのだった。
ある日、男のつとめる会社の上司がこう伝えた。
「すまないが、またひとつ頼まれてくれ。この住所の会社まで書類を届けて欲しい」
男はしばしばこの手の用事を頼まれていた。今回はやけに遠いが、男はそこまで気にしなかった。
やけに人通りの少ない通りに出た。記載の住所の建物を見つけ、あまりに静かだったため、おそるおそる男は中に入った。
不意に、男の背中がじんわりと熱くなった。いや、刃物で刺されたらしい。成すすべなく倒れながら見えた犯人の顔に見覚えがあった。テレビに出ていた、世界的な企業がスポンサーで、あの有名な実績ハンターの...
「ピロン♪『人を殺める』の実績を解除しました」
「ふう。こんなアナウンスを誰かに聞かれたらと思うとヒヤヒヤするよ。おい、本当に大丈夫なんだろうな」
「はい。この男の勤める企業の上役及び警察関係者への根回しは抜かりありません。身辺調査も済んでおり、失踪したとしても不審におもって探る人物もおりません」
気がつくと、男は見知らぬ場所に立っていた。
「やぁ、災難でしたね。どうぞ、こちらの席へ。なかなかいいものですよ」
見渡すと、多くの人間が空中に浮かんだ巨大なスクリーンのようなものをながめていた。それは、現世を生きている人間を映したモニターであり、中には現在トップの獲得率を誇る実績ハンターが映っているものもあった。男は他にやることもないのでしばらく見ていると、生きているうちはまったく興味のなかった実績ハンターを楽しんでいる自分がいることに気がついた。最初は少し憎かったが、自分の命を踏み台にしたのだ。頑張ってもらわなくては困るというもの。
「だれかが必死に取り組んでいる姿を見るのは、どうしてこんなにも面白いのだろう」