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【天の夢 地の道】  作者: ヒデキ


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【伊吹山】

一三三三年五月九日、畿内。普音寺仲時率いる六波羅の残党は、後伏見上皇らを連れて、ようやく伊吹山のふもとに到着した。ここまで、宮方や野伏との戦闘が繰り返され、軍勢はもはや数百に減っている。南方の北条時益は、既に流れ矢で死んでいた。

また、同行する公家衆は、日野資名らを除き、多くの者が混乱に紛れて一行を脱け出していた。関東申次の西園寺公宗なども、いつのまにか北山の私邸に逃れている。


しかし、この伊吹山を越えれば、畿内を抜けて美濃路に出られる。その時だった。

『待ちうけて矢を放ち給ふ』(増鏡)

“宮方の軍勢が、六波羅勢を待ちぶせ、矢を放った”

付辺で法師をする守良親王が糾合した、近江・美濃・伊勢・伊賀の悪党だった。

守良親王は故亀山法皇の第五子。亀山院を生前苦しめた六波羅の者を生かしては帰さぬ。

敗残軍を追い詰める悪党らは、さながら幕府への怨みを結集した怨霊だった。

仲時らは最後の力を振り絞って番場付近で応戦したが、やがて敗色が濃くなった。

連戦に疲れた軍では、もはや逃げる事もかなうまい。

『恐れながら仙洞を害し奉り各討死自害仕るべき』(梅松論)

“恐れながら、院のお命を縮め、おのおの討死・自害つかまつりましょう”

しかし、仲時はかぶりを振った。

『生て君を敵に奪はれんこそ恥なるべけれ。命を捨て後は何事かあるべき』

“仮に我等が生き延びて院を敵に奪われるというなら恥である。しかし、命を捨てた後に何が起ころうと、もはや我等の恥ではない”

院を巻き込むいわれなどない。そう答える仲時は、まるで憑き物が落ちたかのようだった。仲時は表情を改め、南方の従者に、「それよりも時益殿の首は無事か」と尋ねた。

 仲時は、運ばれてきた時益の首を見つめた後、自害した。

仲時と時益は、一三三〇年六波羅に赴任し、苦楽を共にした仲であった。

従者たちも、すぐに後を追った。かくして、一行は、後伏見上皇・花園上皇・光厳天皇・康仁親王らをその場に残したまま全滅したのである。


薄暗闇の中、数百の屍を見つめる上皇らは、守良親王の軍勢に保護され、帰京した。

六月、後伏見上皇は剃髪した。しかし、父から出家を勧められた光厳は、拒絶した。

『思ひ寄らぬ』(増鏡)

また、以前はあれほど出家を望んでいた花園上皇も、何故か出家をしなかった。

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