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【天の夢 地の道】  作者: ヒデキ


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【伯耆の長者】

一三三三年閏二月十一日、長門・周防守護の北条時直が、伊予で挙兵した土居・得能氏(海賊)を討つため、四国に侵攻したが、返り討ちにされた。

これに力を得た先帝は、二十四日警護役の佐々木氏を寝返らせ、隠岐を脱出した。

『あまの釣舟のさまに見せて、夜深き空の暗きまぎれに押し出す』(増鏡)

“漁師の釣舟に偽装して、夜の闇に紛れて出航した”


二十五日、先帝は伯耆の稲津に着き、名和長年という者に宣旨を遣わした。

『あやしき民なれど、いと猛に富める』

“身分は低いが、現地での勢いは盛んで、財力に富んでいた”

名和長年は、伯耆を本拠に海運業を営む長者である。当時、海上統制を進める北条氏のもとで雌伏を余儀なくされていた。しかし、利に聡い長年は、北条の膨張をこれ以上許せば、従う自分達もいずれは潰される事を、理解していた。

元々、海の勢力は、北条とは相容れない。海は北条のものではないからである(【海賊大暴れ】参照)。なにゆえ、代々の生業を奪われなければならぬのか。

鎌倉時代後期、歴史の陰で、海の勢力は北条との対立を深めていた。阿波の商人の“悪行”などは、時に海賊を超えるものだったというi。

海の勢力は、その力を一つに纏める者を、望んでいた。

そこに現れたのが先帝である。

先帝を奉じる事こそ、一族繁栄の道なのは、自明の理だった。

そして今、先帝は、民の呻きに、我が身の危険も顧みず隠岐を脱け出された。 

最早、この人を先帝とは呼ぶまい。このお方こそ、帝である。

長年は、「後醍醐天皇」を迎え入れる事を、勅使の千種忠顕に伝えた。


二十八日、後醍醐天皇は名和一族を伴って船上山に移った。その勢、二三百騎。

『国々の兵どもに、御かたきを亡ぼすべきよしの宣旨遣しける』

“諸国の勢力に、幕府を倒すよう宣旨された”

これに対し、守護佐々木清高は、軍勢を率いて船上山を攻めた。だが、天険を活かす名和一族に翻弄され、遂に落とせなかった。隣国出雲の塩冶高貞は、助けにも来ない。 

佐々木勢は、戦闘に倦んだ頃に奇襲を受け、敗北した。清高は海路北陸に逃亡した。

この「船上山の戦い」での勝利をみて、山陰の勢力は、こぞって宮方に転じた。

この地域が安定した後、天皇は千種忠顕を播磨に派遣した。

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