表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【天の夢 地の道】  作者: ヒデキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/311

【天魔の所為】

一三三一年十月四日、幕府に捕えられた先帝が六波羅に護送された。その際、六波羅は討幕勢力による先帝の奪回を恐れ、数万の軍勢に輿を囲わせた。輿を固める数万の松明の火に、手出しをする者は現れず、先帝は無事六波羅に送られ、南方に幽閉された。


ここで、深刻な問題が生じた。先帝と思しき人物を護送したが、襲撃はなかった。

捕えたのは本当に先帝なのだろうか。先帝の顔を知る者など、六波羅にはいない。

そこで六波羅は、六日、三種の神器を回収しに来た堀川具親らに判別を頼んだ。

『今日は劒璽供奉のため參るところなり。此の事仰せを奉らず、難治』(花園天皇宸記)

“今日は三種の神器をお運びするため、参ったのじゃ。そんな事は聞いておらぬ。難儀”

しかし、先帝から怨みを買うことを恐れた具親らは、これを拒絶した。

そこで六波羅は、改めて先帝を検知する人物を派遣するよう、朝廷に要請した。

 八日、貧乏くじをひかされたのは、関東申次西園寺公宗だった。

『今夕公宗卿六波羅第に行き向ひ、先帝を見奉る』

“今日の夕方、公宗卿が六波羅に行き、先帝にお会いした”

その席で、後醍醐は公宗にこう言ったという。

『天魔の所爲たり。寬宥の沙汰有るべきの由、武家に仰すべき』

“こたびの事は、天魔の所業じゃ。我が罪を許すよう、武家に申せ”

これを聞いた花園上皇は、再び嘆息した。最早、先帝について言う事は何もなかった。


十五日、討伐軍は赤坂城へ侵攻した。

『梨本前門主河内国楠兵衛尉城に御坐す』

(金沢貞顕書状・五一二号、「人物叢書 金沢貞顕」一三七~一三八頁)

“大塔宮が、いまだ楠木正成の城(赤坂城)に籠もっている”

二十一日、その赤坂城も陥落した。しかし、そこに正成の姿はなかった。多分、焼け死んだのだろう。そう判断した幕府は、楠木の所領を紀伊の湯浅党に与え、乱の幕を閉じた。

十一月、討伐軍は関東に帰国した。五日、大仏貞直に持明院統から馬が与えられた。

一方、それより前に、帰国する将軍もいた。

『足利高氏先日下向には御馬を給はらず』(花園天皇宸記)

“先日、足利高氏が帰国した際には、馬を下賜しなかった”

『一門にあらざるの上、暇を申さざるの故なり』

“北条一門でもないし、暇を言わなかったからである”

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ