捜査開始 〜消された刑事〜
翌日、捜査を再開した俺はまず、殺された樋口について調査を始めた。あの後刑事官は俺の熱意に折れ、渋々捜査を許可した。ただし、万が一のために護衛として部下の武原と新米刑事の伊藤と共に捜査を行うよう命じられた。本当は一人で十分なのだが刑事官の意見は最もなのでやむ負えない。俺達はまず、殺された樋口の身辺調査にあたった。調べたところ樋口の前職はなんと警察官であり五年前までは長野県警に勤めていた。樋口の生まれ故郷は信州の長野県伊那市であり、高校卒業後は上京し公務員試験を受けて警察官となり日比谷署配属後に刑事となった。しかし、七年前に自らの希望で故郷の長野県警に移動となり、その二年後には依願退職し小平市内で探偵事務所を開いたのである。
次に俺達は樋口が務めていた日比谷署へと向かった。樋口は組織犯罪課に勤めており暴力団や詐欺グループなどの捜査を行っていたらしい。
「確かあいつは母親の介護とかの理由で地元の県警に戻りたいと言っていたな」
当時樋口の上司を務めていた片山警部は度々故郷から電話をする姿を目撃しており休暇や非番の日には毎回故郷に帰っていたという。また、樋口本人も例の嵐山興業について調査をしており、俺たちは当時彼が記録していた捜査資料を見返してみた。資料の中には近年規模を拡大している暴力団や過激派左翼グループ、そして案の定嵐山興業の名もあった。その資料を見返している内に俺はある人物の写真に注目した。九童久光、指定暴力団黒真連合会の組員で過去に麻薬及び向精神薬取締法違反の容疑で逮捕されていた。実は彼は嵐山興業に度々出入りしている姿を目撃されており、その役員の一人である安藤博と密談を交わしている証言もあった。だが、事情聴取に応じた安藤は九童とは高校時代の同級生だけであって、ただ談笑を交えていただけだと証言しており、結局密輸に関する情報は引き出せず釈放されてしまう。その後、一斉摘発の際に九童は逮捕されたものの、安藤は逮捕されず代わりに別の社員が逮捕され、その社員も素直に自供を認め事件は型を付けられた。ところが、それからしばらくして安藤が突然姿を消してしまう。直接尋ねても他の社員からは療養という名目で休職届が提出されていたため、あまり関心は無かったという。資料はここで終わっていた。
これを見る限り九童と安藤が犯罪に関与してしていたのは否定できない。だが、安藤が加担していた証拠もない。なのにこれだけの情報を収集していたのにも関わらず樋口は長野県警へ去っていった。幾ら母親の介護とはいえ長きに渡って収集した情報を捨てるとは到底考えられない。もしかすると故郷に帰ったのは別の理由だったのだろうか?。俺たちは樋口の身辺調査をもう一度洗い直すことにした。
昼飯を済ませ、午後になって俺たちは樋口が住んでいた西東京市のアパートを訪れた。実は彼は小平の探偵事務所を居住地にしていたのだが、万が一に備えて隠れ家に西東京にもアパートを借りていたのだ。大家さんに鍵を開けてもらって中に入ると愕然とした。なんと部屋は荒らされており、ファイルや資料は散乱しパソコン等の情報機器類は全て壊されていた。
「やられたな...」
「犯人の仕業ですかね」
大家に昨日の昨夜について尋ねたが、運の悪いことに大家は町内会の会合に参加していたためアパートを訪れた人物や騒音については分からないとう。ドアには鍵が掛けられていたため、部屋に侵入した犯人は樋口を殺害後、鍵を奪ってアパートを訪れたか、もしくは予め彼に接触して合鍵を作成したのか。部屋の状況を見る限り、何かを探していたのは間違いない。俺はすぐに地元の田無警察署に連絡して捜査員を迎えた。鑑識の捜査の結果、部屋に残された指紋は樋口本人と身元不明の指紋が二つ。更に警察時代の階級章と警察手帳も出て来た。
その後の聞き込みで隣の住人から昨日の昼頃に一人の若い女性が訪れ、部屋に入っていったという。女性は帽子とマスクを被っており年齢は二十代後半だったという。だが、夕べに関してはアパートの全住人が部屋を開けており、やはり夕べの状況は誰も知らなかった。若い女性というのは何者なのか。樋口は彼女に何かを託していたのか。だとするとそのすぐ後に犯人が訪れて来たのか。いったい彼らは何が目当てだったのだろうか。