埋め込まれた一発の波紋
三日後、ようやく退院を許された俺はその足で直ぐに三鷹警察署へと向かった。警視でもある柏木刑事官への元へ足を運び、今回の一連の顛末を話した。同時に刑事官も例の男について教えてくれた。防犯カメラから俺を撃った拳銃は一週間前に逮捕されたカジノディーラーから購入されたもので、購入者リストから彼に繋がる情報を探しているという。
「君はまだ追われている身だ。いつまた襲われてもおかしくない状況には違いない。そのためにしばらく自宅で身を潜めるように」
納得は出来なかったが刑事官の意見はもっともだった。犯人を逮捕しようにもその犯人に殺されては意味がない。俺は武原に随時連絡を送るように伝え、俺は午前中に早々と帰宅した。だがこの事件はほんの序章にしかすぎず、俺の警察人生で最大の山場を迎えることになる。
一週間後、武原に呼び出された俺はすぐさま署に向かい、刑事官の元を訪れた。刑事官は俺が喋る間もなくある物を俺に見せた。
「昨日、小平市内で殺人事件があった。それで、被害者の持ち物を調査した所、こんな物が出てきた」
刑事官が俺に見せたのは名刺であり、そこには自分の名前が書かれていた。もちろん、おれが普段使用しているものである。
「なんでこんな物が出てくるんですか。まさか、俺が容疑者とでも言いたいんですか」
「そうとまでは言っていない。だが、この名刺から君の指紋が出てきたんだ。少なくとも君はこの事件に関与している可能性は十分にある」
俺は刑事官からこれまでの経緯を尋ねた。
事件が起きたのは昨日の十月三日、小平市内の小平霊園内で発生した。殺されたのは樋口達夫、三十七歳。小平市内で私立探偵を営む所謂便利屋である。死亡推定時刻は夕方六時から七時までの間。死因は拳銃で心臓を撃たれたことによるショック死だった。話によると霊園内をパトロールしていた警備員が一発の銃声を耳にし、駆け付けてたところ現場から一台のバイクが走り去る姿を目撃したらしい。防犯カメラからナンバープレートは確認できなかったが霊園内を抜けて、武蔵村山方面へ逃走したことが判明した。また、被害者の携帯の着信履歴から俺との通話記録が残されていた。
「君はこの人物と何か関係があるのではないか」
「そんなまさか。顔も知りませんし会ったことも一度もありませんよ」
俺はその通話内容を再生してみると確かに俺の声が入っていた。その会話を聞いた
瞬間、俺はあることを思い出した。
「まさか、この男だったのか?」
「やはり知っているのかね」
「いや、顔は見たことはありません。ただある情報について聞いていたんですよ」
「なんだね。ある情報とは」
「例の嵐山興業についてですよ」
俺が調べていた嵐山興業とは当時、貿易業界で常にトップに君臨していた上流企業の一つだった。しかし、一ヶ月前に麻薬の密輸に関わっていたことが判明し、東京地検特捜部による捜査の結果、十キロにも及ぶ麻薬が押収され密輸に関与していた役員一人と暴力団構成員一人が逮捕された。だが、事件解決後は何の打撃も受けず、経営悪化どころか更に海外へと支店を増やすという快挙を成し遂げた。その時、俺はこう確信した。あの事件で捕まった犯人はダミーで本当の黒幕はバックに潜む大物による物だと。俺は単身で捜査を再開した。そんな時にある男が俺に近づいてきたのだ。名前は山田と名乗り、聞けばその男はかつて嵐山興業の顧問弁護士を務めており、今は弁護士という名を捨て、情報会社に勤めているという。俺は山田という男から嵐山興業の内部情報を頻繁に入手していた。
「じゃあ、この男がその山田と名乗る人物だったというわけか」
「間違いありません。携帯電話の声からこの男です。しかし、弁護士でもないのにどうやって情報を入手していたのだろうか」
さらに刑事官は驚くべきことを告げた。刑事官が取り出したのは樋口の体内から摘出した摘出した銃弾と先日、俺が撃たれた銃弾だった。なんと、この二つの線条痕が一致したというのだ。言い換えれば俺と樋口を撃った拳銃は同一の物であり、犯人も同一人物の可能性が高いのだ。
「恐らく君と樋口が嵐山興業について調査していることを気に食わない人物がいたんだろう。その人物こそが君と樋口を襲った犯人で、そいつは嵐山興業の内部の可能性が高いだろう」
だが、俺にはまだ納得できない点が一つある。樋口とは直接会ったことはないのになぜ彼は俺の名刺を持っていたのだろうか。それに、調査開始と同時に彼のほうから近づいて情報を提供するのも偶然にしては話がうますぎる。おそらく俺の背後に何者かが手引きして俺に関する情報を樋口に流したとしかかんがえられない。そして、樋口も情報を流すふりをしてその情報を嵐山興業に密告した可能性が高い。その結果、俺は銃弾を撃ち込まれ同時に樋口自身も口封じとして消されたとしか考えられない。
「とにかく君はいつまた狙われてもおかしくない状態だ。だから君は今回の事件には参加しないように」
「いえ、やらせてください。このままじゃ俺の無念が晴らせません」
刑事になって数々の事件に関わってきたが、俺の名が犯人にリークされた上、その犯人から傷を負わされるという今までない屈辱を味わらされた俺は我慢できなかった。俺の名を使った人物と俺の狙撃した人物を必ずしや仕留める。そう胸に誓いながら署を後にした。