心配性の姉
東条結衣は焦っていた。弟が自分のせいで死ぬかもしれないからである。
10時00分あるニュースがネットを騒がせていた。『マジックアウト』がこの国で発令されるとは誰も思ってなかったからである。『マジックアウト』が発令されていないのはこの国だけであったが、世界で唯一魔法を使える者がいないと言うのもまたこの国だけであった。
2時間目の体育の後、着替えを終えて教室に戻るといつもに増して教室は騒がしかった。
「マジックアウトを出したらしいよ」
「えっ、この国で?」
「魔道士が見つかったとか?」
「かもね。けどネットだと西条首相が外国からの圧をかけられて建前で出したって説が一番有力らしいよ」
「そんなことするか?」
「西条首相に限ってそれはないっていう意見でネットは大荒れ」
「おもしろ。別に生活が変わるわけでもないから批判とかもいらないのにね」
教室内では多少話題にはなっていたが我関せずといった態度をとる人が多かった。しかし当たり前なものである。この国に魔道士や魔女はいない、西条首相が建前でただ発令したものだと皆思っていたからである。
東条結衣は教室に入るやいなや『マジックアウト』という言葉を聞くと一瞬足を止め、すぐに教室をでて深刻そうな顔で一目散にトイレに駆け込み、スマホでニュースを見た。
理解が追いつかなかった。情報の整理ができなかった。しかしやることは決まっていた。
一度深呼吸すると、震える右手を左手でおさえスマホを耳に当て弟に電話した。
「あれ出ない」
一度切ってスマホを改めて見ると、10時16分と書いてあった。
授業中であることに気づくと、ひとまずメールで状況と危険を知らせた。弟は困惑するだろうが安全を優先すべきである。そのメールを送るとすぐに誰かからメールが来ていた。
結衣ちゃんへ
このメールは探知されないよう既読がついてから1分で消したあと、証拠隠滅します。
事態が予想より酷いので以下の3つを守ってください。
1、弟を連れて日没までに橋を渡り本島まで来てください。
2、日がでているうちはいつも通り過ごしてください。
3、このことはネットでもリアルでも何も触れないださい。
南条凛
そのメールは閉じるとすぐに消され、メールアドレスも使えなくなっていた。弟へ送ったメールは消したが妙な胸騒ぎがしていた。
授業に戻ると先生はあっと口を開き、優しく話しかけてきた。
「大丈夫か」
「はい。すいませんお腹痛くて」
「トイレに行ったと聞いていたから大丈夫です。心配なら保健室行ってください。」
「はい」
授業には集中できなかった。どれだけ考えても状況の整理がつかなかった。
昼休み、食事は喉を通らなかった。お弁当をとじ、すぐに水道で顔を洗い、一度気持ちをリセットした。
相変わらず昼食は喉を通らなかったが、昼休みが終わると、学校が終わった後の行動を脳内でシュミレーションしていた。心はいくら時間が経っても冷静にはしてくれなかった。
いつも通り過ごしてくださいと言う文面も、もはや忘れてしまっていた。
授業が終わると、誰よりも早く学校を出た。駅に着くと電話がなった。凛さんからである。
心臓の鼓動が急に早くなっていた。シミュレーションにはこの状況は入っていなかったからである。
そして明らかに異常事態の連絡であることも見当はついていた。
「結衣ちゃん、すぐに本島まできて。ハルくんが捕まった。」
東条結衣はハルが魔道士である自覚がない以上、さっきのメールが原因ではないかと直感した。
東条結衣はあまりの衝撃に耐えきれず、駅で静かに崩れ落ちていった。