第四話 葛藤と決意
「まずは今の状況についてまとめるか」
有明さんたちが来てからちょうど1日。
あれ以来来客はなくて、身体的に問題のない俺は病室から自分の部屋へと移された。
たった今まで放心状態になっていたが、意を決して起き上がり、ノートとシャーペンを取り出す。ゆっくりしてる暇なんてない。とにかく時間がないのだ。
なにより寝返りを打つたびに目に入るブレスレットに、そう言われている気がした。
――1分でも10分でもいい。たとえ1秒でもいいから、とにかく早くにこのダンジョンを攻略しなきゃならない――
とりあえず今の目標はダンジョン第1層の攻略。だけど、すぐ動くには不確定要素が多すぎる。
それにまだ俺自身状況についていけていない。
「なにから始めよう……」
眩しい白紙を前にして考え込む。でもやっぱり、最初は……
「ダンジョンについて、かな」
大きな字で、ページの1番上に【ダンジョンについて】と記す。
「たぶんダンジョンが始まった=影者が現れたってことだから……」
影者については、影者討伐隊に入る前に嫌になるほど習った。
「時系列で纏めるか……。えっと、2004年12月23日、日本に謎の生物が出現、また日本の領域から人、物資が出ることが不可能に。政府は対応に遅れ、ほどなくして自衛隊が派遣されたが適わず。この日から約2年で日本人の大部分が死滅した……」
改めて書き直すと、なんだか今までとは違う感覚になる。魔王に出会う前は単なる自然災害みたいなものだと思ってたけど、実際は違うんだもんな。エゴで出来上がった大量虐殺。それが正しいだろう。
俺なんか物心ついたときからダンジョン内で暮らしてきたから分からないけど、当時はものすごく大変だったのだと母から聞いた。
「まぁ、そりゃそうだろうな」
魔王と会ったから、分かる。もっと、酷かったんだろうけど。
「多大な犠牲者を出し、化け物の研究が進んだ。化け物は《影者》と呼ばれ、成人男性と同じくらいの大きさで、体全体が黒い。コ○ンの悪役の目無しバージョンっと」
初めて影者を見たときは、けっこう怖かった。体が真っ黒だし、ホラー映画に出てきそうな見た目してるし。
だからこそ、銃弾が頭をぶち抜いたときはけっこう安心したな……。
影者に一定距離以上近づけば、爆発させられてしまう。だからこその、安心感だった。
「約3年の月日をかけて人類は影者の入らないシェルターを作り出した。構造や、影者が入らない理由は、一部の人にしか明かされていない。また、影者を見ることができるのは、約2割の人間に過ぎなかった。"見える"人間は影者討伐隊という組織を作り出し、シェルターを保護する形で、影者と闘った」
手を止める。
「まぁ、それが俺たちなんだけど」
叶江さんだって、有明さんだってそうだ。
そもそもここ、影者討伐隊の本拠地の寮だし。
「次は、今の状況についてかな……」
俺は再びペンを取った。
「簡単にまとめるって言ってもな……。魔法については、永遠に使えるってこと以外分かんないし。考える前にいろいろ実験しなきゃなんだよな」
手を頭にやる。
今の状況については、自分しか分からないし、ついでに分かってもいない。
ここでしくじればかなり後に響くし、絶対におろそかにはできない。魔法のことも考えたらちゃんとスケジュールも組まなきゃだし。丁寧にしないと。
「まずはあの日のことから、逐一思い出すか」
あの日、魔王と出会った日。あの日は確か……
「怖いくらい穏やかに晴れてたんだっけ」
正直思い出したくもない思い出だ。
だけど、ちゃんと考えなきゃ。死んだーーいや、ある意味俺が殺した仲間だって報われない。それに、よく考えたら魔王と出会った日からまともに考えたことはなかったけど、ちゃんと考え直すいい機会かもしれない。
「まるで嵐の前の静けさみたいな……。実際そうだったけど。とにかく穏やかな感じで……いや、その前に確か……確か……」
「影者が大量発生してたんだ」
重要――いや、重要すぎることなことを忘れていた。そう、そうだ。魔王と出会った日は、珍しく早朝から任務の要請が来てて、わりと強い人まで駆り出されて……
「現場に着いたら、えげつない量の影者がいて」
俺含め向かった13人、全員分の銃弾が切れそうなほどで
「結局全部倒して誰も死ななかったけど、ほんとにみんな生き残ったことが奇跡みたいな感じで」
安心して、だからこそ穏やかな午後だと思ったんだ。
「みんな気を抜いてて、圭なんか俺に銃を預けて散歩にまで行ってて、そんなときに来たんだ、魔王は」
なんだか1人になったところばかり思い出してしまうけど、その前もかなり異常だった。あんなに影者が出てたのは、前兆だったわけだ。
「発生させたのも、あいつだったんだ。たぶん……できるだけ影者討伐隊の人間をできるだけ集めるために」
そう考えればつじつまが合う。
大量の影者で選別した人々を、さらに自分でふるいにかけたんだろう。かかってしまったのは、俺だけだったけど。
「選ばれたのは、俺だった。なにもしなかった俺だった。でも俺は、魔王に可能性を見出されたわけだ」
あのときの正解は、俺には分からない。なんせ、勘で選ばれたそうだ。けれど先輩たちは魔王のことを影者だと思い込んで、自分だけ助かろうと行動したから亡くなったんだし、おそらく圭は、テストの前に答えを知ってしまったから、不合格になった。
まぁもっとも俺も、助かろうと行動したんだけど。
でももし俺が助けようと行動していたらどうなっていたんだろう。結果的な損害のことはずっと頭にちらついていたけど、いや、だからこそ先輩を助けようとはしなかった。だってそうしたら、おそらく自分も死ぬだろうということは分かっていたから。
もちろん他に生存率の高そうな人に、残された影者討伐隊の仲間に情報を渡してもらうよう頼む方法もあった。ただあのときは時間がなかったのとあと恐怖で、そう頼むことも落ち着かせることもできなかったけど。
でも、それどももし影者の仕業じゃないだろうと伝えていたら? 助かった人はいたんだろうか。考えても仕方のないことだけど。
「過去は変わるわけじゃないし」
そう、過去は変わるわけじゃない。けど……
「未来は変えられる」
もし俺じゃなかったらどうなっていたのか。
そんなことはどうでもいいんだ。
それに、自分が殺したんだと必要以上に気に病む必要はない。むしろ、そうした方が彼らの死を冒涜することにつながることになる。
彼らが死んだのは、俺のせいではなく、魔王のせいだ。なにもできなかった自分は不甲斐ないけど、責めすぎるべきじゃない。それがダンジョン攻略を妨げるのが、1番いけない。
「俺が終わらせたらいい。それだけなんだ」
あのときなにもできなかった俺がダンジョンを終わらせるのは、夢物語かもしれない。今まで甘く考えていた分、そう思う。
だけど今のところ終わらせられるのは、俺しかいない。
もしかしたら、俺以外の優秀な人が計画したほうが、いい方向に進むのかもしれない。
それでも。綺麗事だけど、それでも。
「だって日本にダンジョンができたのを、俺以外知らないんだから」
それが、すべてだ。
それが、彼らを死から救う、すべてだ。