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第二話 エンカウント

 男が笑った時、死体はスプラッター映画さながらに破裂した。しばらく血の雨が降り、グチャリと嫌な音を立てて、手や足が周りに散らばり、それが続けざまに2回、3回。13回目でようやく止まった。

 おかげさまで体中真っ赤、血まみれだ。


「ちっ、やりすぎたな。血が服に付いた。うっとうしい」


 中年の男は、ガリガリ、と音を立てて頭をかく。よく見ると爪は尖っていて長く、スキンヘッドの頭にできた引っかき傷から、血が流れ出ていた。やっぱり人間じゃないみたいだ。


「あぁもう……!」


 男はイラついたように頭を掻き回した。

 余計血が出る。男の顔も真っ赤になった頃、手を止めた。


「すまない。取り乱した」


 目の前で行われる一人芝居に目をぐるぐるさせていると、男はだんだんと近づいてきた。そろそろ、なのかもしれない。俺が殺されるのは。よく考えれば、俺だけ殺されなかったのも変な話だ。

 逃げたりした仲間は殺されてるのに、なにもせず突っ立ってた俺は殺されてないし。


「ところで名前を聞いてもいいか? 別に聞かなくても分かるんだが、できれば本人の口から知りたい……あとさっきから気になってたんだが、その手どうするんだ?」


 ごくりと唾を飲み込んだ。とうとう名前……ますます、この男のしたいことが分からない。別に聞かなくても分かるっていうのも、わけわかんないし。


祈夜 灯璃(いりや とうり)です」


 答えると、男は満足そうに頷いて


「反抗しないんだな。それに逃げもしない……あと、やっぱりその手」


「別にしませんよ。意味はないことは分かってるので。あとこの手は友の形見です。」


 反抗したところで、木っ端微塵にされて即死だろう。

 それに逃げたとしても、きっとすぐ捕まる。今俺にできることは、ここから逃げ帰ってみんなに男の情報を渡すことだけだ。そのためなら、なんでもする。なんだってする。

 ただ今は圧倒的にタイミングが悪い。


 だから()()()()逃げない。それだけだ。


 ……ちなみに手はというと、引きちぎれた圭の手がそのまま引っ付いていた。


「賢明な判断だ。やっぱりお前で正解だったみたいだったみたいだな。儂の目もそこまで鈍っていなかったか」


 男が俺の目を覗き込む。顔を上げると、フヒヒ、と気持ち悪い笑い声を上げた。


「たった今、お前に大役が任ぜられた」


「大役……?」


「あぁ、日本の未来がかかった大役だ。お前に……ダンジョンを攻略し、そして儂を殺してもらおう! 儂から、宇宙から、日本を救うのだ!!!」


 予想もしなかった言葉に、冷や汗がこめかみをつたった。


「……は」


 思わず声が漏れる。男は混乱している俺を見るとニヤリと笑った。俺を馬鹿にしているような、どこか腹立つ笑い方だ。


「意味は分からんだろうな」


「分からないですね」


 だがここは戦場。冷静に、頭を回さなくては。

 ボロを出した方……いや、もう出してるか。とにかく、男の機嫌を損ねた方が負ける。それは必然。今は、この法則が崩れることはない。


「お前はダンジョン、というものを知ってるか?」


「聞いたことはありますね」


 ゲームに出てくる建物、だっただろうか?


「まぁ簡単に言えば、階層があり、その階層ごとに配置されたモンスター、そのボスを倒し、そして最終的には最下層にいる大ボスを倒すことで終わらせることのできる、地下の巨大な建造物のようなものだ。少なくとも儂はそう定義している」


「なるほど」


「そこでだ。もう言いたいことは分かるだろう? お前には、ダンジョンと化した日本を、終わらせてほしいのだ」


「日本が……」


「あぁ」


 ダンジョン。

 その文字が頭の中に何度も揺れ、浮かんでは消えた。


 つまりだ。つまりである。

 日本がダンジョン化している、ということは……


「そもそも、影者だけが突然襲ってきたわけではなく、奴らは第1層のモンスターだったと……」


「そういうことになるな」


「ではなぜあなたはそれを……?」


 いくら人間ではないと言っても、彼だけが知ってるのは、どう考えてもおかしい。

 もちろん、彼以外に知ってる人がいる可能性とかあるだろうけど。


「それは、儂が日本にダンジョンを、つくったからだ」


「ハァ!?」


 男はこともなげに言ってのけた。

 計らずも出た声に、咳払いをして居住まいを正す。


「……というと?」


「まずは軽く自己紹介といこうか。儂に名はない。そもそもつけてくれた親がいるかどうかすら怪しい……まぁ、それはひとまずおいといて、端的に言うと儂は魔王だ」


「魔王?」


 いきなり超ファンタジックなことを言い出した男に、眉を顰める。


「あぁ、全知全能で、この世の全てとは言っても過言でもない男。それが儂であり、通称『魔王』だ」


 頭が追いつかない。いや、言いたいことは分かる。

 影者の能力――いや、その何倍もの力を簡単に操り、本人曰くになるが、ダンジョンもつくれる。

 そうなれば、必然的に大きな存在になるのも分かる。

 だけど、魔王というのは……


(一体、なにがどうなってるんだ)


 クラクラするほど使い倒した脳に力を入れるような感覚で、俺は自信たっぷりな男と目を合わせた。


「それでな」


 コホン、と魔王が咳払いをする。


「お前には、儂を殺してほしいと言っただろ」


 あぁ、確かに魔王はそう言った。自分を殺して、ダンジョンを終わらせてほしいと。

 あの時は全く意味が分からなかったが、今なら分かる。

 

「このダンジョンの大ボスは儂だ。つまりは、儂を倒してダンジョンを終わらせてほしい、とそういう意味だ」


 魔王は言い切ると、俺の方へと歩き出した。1歩1歩、しっかりした足取りで近づいてくる。

 鼻先くらいの位置になったとき、魔王は俺の顔を覗き込んだ。


「まぁつまり、ダンジョンと言うよりも、儂の生を終わらせてほしいと、そういうわけだ」


 近くで見ると、魔王はけっこう身長が高いみたいだった。2mくらいか? そんなところも、やっぱり人間味がない。

 だから彼は顔を覗いたときかがみ込んでいた体を上げて、虚空を見つめた。きっと、俺の想像もできないほど、遠い所。それが、今魔王が見つめているところなんだろう。

 ニヒルな笑みが物語っている。


「儂は、死ぬことができない。不死身だ。どうやらそういう仕様みたいでな。そもそも親も分からないようなやつだ――いや、いないのかもしれないな。だからだろうか。不思議と、自分の死についてはよく分かるんだ。どうしたら死ねるのか、答えは簡単。自分より、強いやつに殺ってもらえばいいと」


 再び、顔を覗き込む。


「そこで、お前に儂を殺してほしいんだ」


「俺が貴方を倒せるという、根拠は」


 間髪入れず聞く。

 なぜ俺だけ殺さなかったのか。

 あの時、生きるために、生きるためだけに、1番効率良く、そして冷静に動いていたのは自分だ。その自信はある。だって、誰も頼ることができなかったから。

 だけど、あの班には自分以上にすごい人たちがたくさんいた。そもそも、自分なんてただの新人だ。

 なのに魔王は俺だけを生かした。


「勘だな」


 壮大な理由を想像していた。残虐な行為には、ちゃんとした理由があると思っていた。


「勘……」


「あぁ、勘だ」


「勘か」


 思わず呟く。勘、だったのか。

 たった1人の、この男の。


「まぁお前は、ダンジョンを攻略することになったんだが」


 勝手に、もう決まってしまったらしい。


「さすがになにも持たせず戦ってもらうわけにもいかない。そこで、魔法――魔力を、さずけようと思う」


「魔力?」


「あぁ、絶対に尽きない、永遠に魔法を使い続けることのできる魔力だ。詳細は別に知らなくていい。ただお前にしてほしいのは、ダンジョンを終わらせることなんだから」


 自分勝手なことを言うと、魔王は俺の額に手を当てた。

 なにやら、異物感のすごいものが流れ込んでくる。

 ふっと意識が、軽くなった。


「今から魔法を注入する。ただ永遠に魔法を使い続けられるのでは、あっという間に攻略してしまうだろうからな。ハンデとして、他人に見られているところでは魔法を使うことができない、という風にしよう。それは、お前の魂に刻み込む」


 聞き慣れた厨二発言。それをぼんやり反芻していると、意識は闇に呑まれていった。





☆☆☆

「して、782番よ」


 灯璃が完全に意識を失ったのを確認してから、魔王は瓦礫の陰へと声をかけた。

 声に釣られるように、小柄な少女が出てくる。


「お前に命ず。影者討伐隊へと潜入し、祈夜 灯璃を監視、観察せよ」


「御意」


 すぐに少女が跪くと、魔王は2回少女の頭を撫で、消えた。


 


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― 新着の感想 ―
[一言] ~しか見えない、~しか襲わないという設定が自分の駄作でも採用していたので気になって読ませていただきました。なかなかダイハードな世界が展開されていて、なんでしょうか荒廃感というか独特の雰囲気が…
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