第十話 ② 予想はしていなかった
改めて地上で見ると、影者ボスはやっぱり大きかった……というよりこれ、地下にいたときよりでかくなってないか?
近くの建物の2階部分より上だから……ざっと8mは超えてそうだ。
「もしや、体折り曲げて歩いてたのかよ。そりゃビルも崩れるわな」
今にも朽ちそうな廃ビルだったらなおさら。
地下は暗かったから、よく見えてなかったらしい。今は昇り始めた太陽のおかげでよく見えるんだけど。けどきっとそれは、影者ボスにとってもそうだろう。
むしろ、相手からはっきり見られるようになったぶん不利だ。俺はレーダーが使えるから問題なかったもんな。
「てか、外に出たから動き早くなったな」
さっきから、地獄の鬼ごっこが開催されている。外に出て体の自由が利くようになったからか、影者の動きはだいぶ早くなっていた。しかも、ボスに誘発されたのか、周囲にいたらしい影者まで寄ってくる始末。今も、1匹の頭を撃ち抜いた。
「これじゃ絶対弾切れするじゃん」
今も若干危ない。商店街を駆け抜けつつ、俺は弾を補充した。
それから、手に意識を集中させる。
「もうちょっと先行ったとこなら、魔法撃っても問題ないよな?」
商店街の先は、なにかあったのか空き地になっていた。そこ目がけて全力疾走する。もちろん、邪魔な影者は殺しながら。
にしても、どうやって倒そう。
のっしのっしと重低音を響かせながら追いかけてくるボスを流し目で見つつ考える。魔法撃つにしても、なにが利くか分からない。とりあえず、銃は利かなかった。まぁそりゃ
こんだけでかかったらそれも当たり前だろうけど。
人間で言えば、飼ってるハムスターに輪ゴム飛ばされたくらいの威力しかないんじゃないか? いや、さすがにそれはないか。
思いつくかぎり、並べてみる。
火、水、電気、草、土……闇とか無とかのよく分からない属性はこの際無視で。
集中して考えていたら、また小さな影者が襲ってきた。それに銃弾を撃ち込みつつ、気づく。
――ひょっとしたら、銃弾でもボスには効くんじゃないか?
むしろ、下手に火とか発生させるよりも、確率は高い。
俺は闘うのをやめ、少し距離をとって手を構えた。意識を集中させると、血液が沸騰したかのようにグツグツいい出し、熱くなった。魔法が出るときの合図だ。
「単に、大きくさせたらいいんだもんな」
銃弾の構造を頭に思い描く。大切な武器だから、訓練学校のときにさんざん習った。
頭の中でイメージしたそれに何度も回転をかけ、威力が増したものを、ボス目がけてぶっぱなす。
……見事命中。頭だって砕けた。
「意外にあっさり終わったな」
そんなに強くなかった。半年も悩んだわりには。だから、第1層のボスだったのかもしれないけど。
さっき魔法を出した手をブンブン振りつつ、まだ周囲にいる影者を全て殺す。途中で銃弾がなくなったけど、それは魔法で代用した。
さぁさて帰ろうと、寮に向かって――ついでにまだ影者がいたから倒しつつ――歩き出したときだった。
「灯璃……?」
あぁ、これは予想してなかった。
「なんでこんなとこにいるんだ? ……ていうか、なんでこんなことになってるんだ?」
歩くごとにまとわりつく影者と、勝手に早朝に出歩く俺(任務の時間以外に外を出歩くことは禁止されている)。2つを見比べて、有明さんは眉を寄せた。
「朝から対影者レーダーがうるさくって。それで来たんだが……」
有明さんは、俺をじっと見つめた。周りにいた影者は、いつの間にか有明さんが引き連れてきた討伐部隊のメンバーに殺されていた。
「お前、なんでこんなとこにいるんだ?」
視線が突き刺さる。ひゅっと息を飲み込む音を、どこか他人事のように聞いた。
……でもよく考えたら俺はなにも悪いことはしていない。このまま白を切ったら良いだろう。
慌てちゃだめだ。慌てちゃ、だめだ。
慌てたら、余計疑われる。
「お、おはようございます有明さん。実は朝早く目が覚めたので、なにか仕事をしようと思って討伐部隊のデスクに書類を取りに行ったら、情報部隊の部屋の前から影者レーダーの鳴る音が聞こえたので……」
「じゃあ、なんで知らせなかったんだ?」
「それは、鳴り方が異様っていうか、反応が大きかったので、たくさんの影者が現れたか、もしくは特別なのが現れたのかと思って……」
「自分だけで全て引き受けようと思った、ってことか?」
「はい! そういうことです!」
なるほどな、と有明さんが頷く。どうやら上手いこと解釈してくれたらしい。
ほっと息を吐く。
だけどどこが疑わしげな有明さんの一言で、体は硬直した。
「ところで1つ聞きたいんだが、灯璃、お前レーダー操作できるのか? あれ、特別な操作しないと、影者の場所なんて分からないだろう? ここ、寮から5,6kmあるぞ? ぶらぶら歩いて見つけられる距離じゃないだろう?」
……あぁ、そうだ。影者レーダー(機械の方)を操作できるのは、情報部隊の人だけだ。情報が漏れることを防ぐために、情報部隊の人間にしか、操作方法は教えられないのだ。だから俺こそは、特別な操作をしないと影者の場所が分からないことなんて知らなかった。一か八かのかけは、簡単に外れてしまったわけだ。
有明さんの言葉で、場が一気に緊張に包まれた。有明さんの連れてきた――というよりも、かなりの影者がいるだろうことを見越して連れてこられた――討伐部隊のほぼ全員の目の、疑いの色が強くなる。心臓がはっきり聞こえるくらい、バクバクと脈打った。
「それは……」
「どうして嘘をついてるんだ?」
有明さんははっきりそう言った。
もう疑っていることを隠す気もないらしい。
――疑うと言えば、そう、きっと、俺が魔王に出会ってたった1人生き残ったときからずっと疑われていた。
あのときあれほど人が死んだのは、俺が影者を呼んだからじゃないか、とか、任務の邪魔をして仲間を死に追いやったせいじゃないか、とかそういう風に。
つまり、俺は人殺しなんじゃないかってずっと、疑われていた。尋問でも何度も誘導するように、そんな類のことが聞かれた。
「別に嘘をつこうと思ったわけじゃ」
余裕はすぐに無くなった。
「でも実際ついてるだろう? 俺は疑いたくなかったし、灯璃のことは信じてたからあえて今までなにも言わなかったけど、なにか秘密でもあるのか?」
ふうふう、と息を吐きつつ、せめて落ち着いて、堂々としていようと顔を上げて、絶望した。黒光りする銃口は俺を指していた。
「えぇそうですよ、秘密があるんです」
今まで、人にここまで疑われた――というより、怖がられたことがあっただろうか? 俺の記憶では全くない。だからだろうか。信頼していた人に信じてもらえないというのは、魔王と出会った瞬間よりよっぽど辛くて――
思ったよりも必死な、掠れた声が出た。
「今は言えないですけど、秘密が」
魔法がなんだと言っても、取り合ってもらえないだろうけど。
「だから影者が現れたのも、場所も分かったんです」
「そうか」
こんなこと言っても、信じてもらえないと思った。だけど、思ったよりも優しい声だった。
「灯璃がそう言うなら、そうかもな」
少しの希望が見えた。たった一筋だけど。
「分かったよ。俺は信じる。1年近くの仲だもんな。まぁ、黙って外に出たことはいただけないけど」
けれど――
「とりあえず帰ろう、な」
頭をポンポンと叩かれて、有明さんの車に乗り込もうとした瞬間だった。
討伐部隊の隊員のために車を運転してきた情報部隊の隊員の1人が、声を上げた。
「有明情報部隊長! シェルター内に影者が侵入したらしく、被害者はもう100人を超えているとのこと! ほとんどの討伐部隊員がこっちに出払っていたため、対応が遅れているそうです。至急、東京第一シェルターに向かってください!」
その場にいた全員がぐりん、とこちらを向いた。
まるで目だけが切り取られたかのように見えた――俺のせいだ、と責めるような、目。 確かに、シェルターに影者が侵入するなんて、こんなことになるなんて考えてなかってけど。確かに、俺がもしボスにやられたとしても、全員で食い止められる日が良いと思って、今日を選んだけど。だから、俺のせいなんだけど――
一瞬の優しい空気は一瞬で消えた。
そのまま、俺は複雑そうな表情の有明さんに連れられて車に乗り込んだ。
「秘密、あとで俺にだけでも教えてもらえるか?」
運転席に座った有明さんは、呟いた。




