乱入試合…バルザックの驚愕
バルザックが木剣を片手で素振りし、軽く上体を捻ったりしている。
その簡単な準備運動一つで、バルザックの研ぎ澄まされた技量の一端が感じられた。腰を捻り、膝を曲げて重心を移動しながら腕を無理のない方向に振るう。剣はその腕の延長のようにスムーズに加速し、風を切り裂いていく。
体にかかる反動も負荷も最小限に抑えられているにも関わらず、剣は無駄が無い分だけ鋭く重いだろう。
虚実も何も無い、真っ直ぐな剣だ。本来なら次の手も予測しやすい正道の剣術だが、あれだけ高い技量を持って振るわれたら速度と重さだけで大概の剣士が敗北するだろう。
それに、仮にも王国一の騎士と呼ばれたバルザックである。それだけでは無い筈だ。
私は気を引き締めて、木剣を正眼に構える。
「クロウ! バルザック卿に遠慮は不要だ。全力を出しなさい」
と、離れた場所で腕を組んで見ていた父が余計なことを言った。
それに、バルザックは片方の眉を器用に上げる。
「ほう、まだ本気ではなかったか。久しぶりに高揚が抑えきれんな。いざ、剣を交わし、語らうとしよう……参る!」
木剣を地面と平行に振り、バルザックがこちらに向かって一歩踏み出してきた。バルザックの威圧感により、場の緊張感が高まる。それまで笑いながら見ていた騎士達の表情も引き締まり、バルザックの動きを注視しようと目を向けた。
呼吸だ。
強者相手に勝負するならば、相手の呼吸に着目せねばならない。
人間、空気を吸う瞬間は反射的な行動であっても動きが僅かに遅れるものである。つまり、息を吐き切った瞬間、相手の予測を超える動きをみせれば良い。
笑みを浮かべて鼻で呼吸しているバルザックだったが、僅かに鎧の上下を確認できた。
それに合わせて、鋭く息を吐きながら一足飛びに接近する。
「シッ!」
前傾姿勢になりながら、横薙ぎに木剣を振るう。速度、威力ともに及第点だろう。父ならば防御しても失神するレベルの一撃だ。
だが、バルザックは目を見開いたものの、焦った様子もなく木剣を傾けて私の攻撃を斜めに受けた。
やり方は違うが、私がマディランに対して行ったことと同じだ。私の剣は軌道を逸らされてしまい、バルザックの頭上を通過する。
だが、バルザックにとって予想外の威力だったのか、目を見開いて驚きながら、後ろに一歩二歩と下がって態勢を整えていた。
「……これは驚いた。軽く受け流して一撃と思っていたが、そんな細身でこれほどの威力……まさに、剛力無双」
バルザックは興味深そうに私と木剣を見比べながらそんな感想を漏らした。
それに、周りにいた騎士たちも驚愕する。
「鬼教官より剛力、だと……?」
「鬼新人か……」
「やばい、イジメられそうだ……」
ヒソヒソと不穏な言葉が聞こえる。騎士団に入る前に変なイメージを持たれてしまわないか心配だ。
と、そんなことを思っていると、バルザックは口の端を吊り上げて腕を何度か振った。
「よし! 続きといこうか! 次はこっちから攻めるぞ! 覚悟をしておけ!」
怒鳴り、突進してくる。予備動作はほぼ無く、あっという間に距離を詰めてくるのに、気が付いたら木剣を振りかぶって構えている。
流石は元騎士団長。まともに戦うと技術の差でやられてしまうだろう。
ならば、私が有利になる戦い方で勝負するしかない。
何故かは分からないが、私には生まれながらの圧倒的な身体能力がある。それに地球で得た知識を合わせれば、なんとかなる筈だ。
バルザックが木剣を上段から振り下ろしてくる。受け流すが、それを予測していたかのように次は鞭のような鋭い蹴りが飛んできた。
金属の脚甲を木剣の腹で受けつつ、後ろに跳んで威力を逃す。
「やるではないか!」
と、バルザックが嬉しそうに叫び、今度は突きを放ってきた。距離を離して態勢を立てなおそうとしたのだが、その目論見を潰す為に突きを選択したのだろう。
予定外だったが、チャンスだ。
胸目掛けて真っ直ぐに突き出された木剣を目で追いながら、身体を捻って突きをギリギリで躱す。
目の前に、バルザックの巨躯が迫ってくる。
剣の達人の懐に入る機会。奇跡的に訪れた機会を無駄にしてはいけない。
持っていた木剣を手放し、素早く伸び切ったバルザックの腕を掴んだ。そして、背中を押しつけるようにしてバルザックの懐に入る。
その態勢のまま、膝を曲げて重心を下げながら前傾姿勢になり、同時に腕を力づくで引いていく。
相手の腕を抱えたまま前回りを行うような格好だ。最初に背中を押しつけて技に入ったことにより、バルザックの方は反対に重心が上がってしまい、力では抗えない形になった。
「な、なんと……!?」
驚くバルザックの声を聞きながら、私は鎧を着た巨躯を一本背負いで投げ飛ばした。
体に伝わる衝撃と地響き。地面に大の字で倒れたバルザックの上を半回転程度転がり、素早く立ち上がる。
落とした木剣を拾い上げて素早く構え直すと、地面に背中から叩きつけられたバルザックが咳き込みながら身動ぎし、上体を起こす。
「ゲホッゴホゴホ……! これほど、見事に投げられたのは、生まれて初めてだ……! 感服したぞ、クロウ殿!」
バルザックは苦しそうにしながらも、豪快に笑いながら私を褒め称えた。
それまで絶句していた周りの騎士達も、バルザックの言葉を聞いてようやく口を開く。
「ま、まさか、鬼教官が投げ飛ばされるとは……!」
「バルザック卿が倒れる場面など見たことがないぞ!?」
「なんなんだ、あのクロウという青年は!?」
騒然となる中、アンジュとミュスカがこちらに走ってきた。
「す、凄いです、クロウ様! あのバルザック様に土を付けるとは!」
「流石は私を倒したクロウ殿。次こそは、私に再戦の場を……」
二人が興奮した様子で同時に話しかけてくる。それに片手をあげながら苦笑を返した。
「いや、剣の腕ではバルザック卿に勝てないと踏んで投げ技に移行したのです。たまたま奇襲が成功しただけですよ」
そう答えるが、二人は取り合ってくれなかった。そこへ、今度は父も寄ってくる。
「またも我が剣術を使わなかったではないか……まぁ、奇跡的にバルザック卿に勝利したのだから何も言わんが、次からは格上と戦うならば必ず全力で挑むように」
「は、ははは……」
不満げながら何処か嬉しそうな父に苦笑いを返しつつ、バルザックの元に歩み寄る。
「ありがとうございました」
「なんの。こちらこそ、良い経験をさせてもらった。貴殿とは是非騎士団の関係を抜きにして語り明かしたいものだ。どうだ、貴殿。酒は嗜むか?」
と、バルザックは上機嫌に答えながら立ち上がった。
こうして、入団初日から元騎士団長を倒した脅威の新人の話題が王都騎士団の間で広まっていくのだった。
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