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本試験

 バルザックが試験を宣言すると、元気の良さそうな明るい緑色の髪の青年が一歩前に出た。二十歳ほどだろうか。まるで品定めをするかのように私や父を見ている。


「……マディランか。ふむ、実力的には良いかもしれんな。よし、ではマディランを試験官とする。現役の騎士はハンデとして鎧着用で行う。武器は双方とも木剣である。よいか?」


 最後の言葉は私に向けられていた。


 それに頷き返し、前に出る。すると、木剣を手にした小柄な男が走ってきた。愛嬌のある顔で笑みを浮かべつつ、木剣をこちらに差し出してくる。


「マディランは強いですよ。でも一直線だ。思い切りは良いが、叩くか防ぐかしか知りません。それでも騎士団の中で上位に入る身体能力は恐ろしいほどです。頑張ってくださいね、若様」


 男は初対面の私に妙に親切にそう言うと、にっこりと笑った。細い目がさらに糸のように細くなる。


「ありがとうございます。全力を尽くします」


 私がお礼を言いながら木剣を受け取ると、男は軽く目を開いてこちらをマジマジと見た。そして、またにっこりと笑う。


「……思った以上に大物かもしれませんね。いや、失礼。ご武運を」


 そう言い残して、男は背を向けた。


 木剣に視線を落とし、握りを確認する。意外と小振りな剣だ。長さは一メートル程度だろうか。あまりに細くて軽い為、強度に不安が残る。


 いや、試験用だから怪我をしないようにしているのか。


 そんなことを考えていると、マディランが木剣を軽く振りながら、こちらに一歩出てきた。反対にバルザックは壁際に移動していく。


「……俺の名はマディラン・ヴィラージュ・ヴェール。負けても恨むなよ? 男爵家の御子息殿」


「私の名はクロウ・エ・ローヌ・エルミタージュ。よろしくお願いします」


 お互い名乗ったのを確認すると、準備が出来たと判断したバルザックが口を開いた。


「……では、試験を始める。お互い、大きな怪我はさせないように注意せよ……始め!」


 その合図を受け、マディランは地を蹴る。一歩、二歩と前方に向かって跳ぶように加速したマディラン。中々の速度だ。更に、その前傾姿勢のまま振りかぶっていた木剣を振るう。


 足は地についておらず、体も斜めのままだというのに、父の全力の打ち下ろしより速い剣速だ。よほどバランス感覚に優れているのだろう。それに、身体の使い方を知っている。


 無駄なく、鋭い木剣の一撃が眼前に迫った。


 それを、勢いよく下方に打ち下ろす。地に足を付けていなかったマディランは、打ち下ろされた木剣に引っ張られるようにして顔面から地面に落下する。


 無様な格好で地面にしがみ付くマディランに、辺りがザワザワとざわめく。


「お、おい。マディランの初撃が初対面で破られたぞ」


「あの無茶苦茶な剣、普通なら動揺して反撃なんて出来ないだろう」


「……いや、防御と反撃を兼ね備えた見事な手である。何度か見ておかないと選べないような素晴らしい判断ではないか」


 土下座のような格好で倒れたまま動かないマディランを無視して、皆が私の剣技についてコメントしている。


 そんな中、カタカタと音を立てて震え出したマディランが、血走らせた目をこちらに向けながら上体を起こした。


「……なかなかやるじゃねぇか。だが、今のは俺の本気じゃなかったんだ。今から、本気の剣というものを……」


 マディランが言い訳めいたことを言いながら立ち上がると、周りから噴き出すような笑いが起きる。


「ぶは!」


「いやいや、負けを認めろよ」


「完膚なきまでにやられただろうに」


 野次が飛び、マディランは剣を振り回しながら周囲に怒鳴った。


「うるせぇぞ! くそ、俺はまだ本気を出してねぇんだって! ここで引き下がれるか!」


 不満を露わにして騒ぐマディランに、周りからは苦笑混じりの笑い声が上がる。確かに、全力で打ち合っていないなら不満も残るだろう。


「私は構いませんよ」


 そう答えると、マディランはパッと輝くような笑顔になり、周囲を見回す。


「ほら、挑戦者がやりたいって言ってんだ! 周りは黙っていろ!」


「最早お前が挑戦者だろうが!」


「新人に感謝しろ!」


「馬鹿マディラン!」


「うるせぇ!」


 と、突っ込まれて怒るマディラン。中々賑やかな職場らしい。イメージしていた騎士団の姿とは少し違う。


 ちなみにバルザックは何も言わず、ただただ豪快に笑っている。


「よし、相手になってやるぞ! 新人! 今度こそ俺の本気を見せてやる!」


「ありがとうございます」


 一礼して、木剣を構える。


 途端、先程までの緩んでいた空気が張り詰めた。マディランの目は鋭く細められ、野生の獣のように濃厚な圧力を発している。


 ピタリと動きを止めた木剣の先を見てから、マディランの肩辺りを眺める。


 挙動の起こりを見極める。これが、後手で対応する際に最も重要なことだ。マディランが動く気配を察知するには、肩を見ていれば良い。例え挙動を最小限に抑え、すり足で距離を縮めるとしても、肩を見ていれば分かる。


 鎧姿だからこそ、私に動きを察知されないように動くのは不可能だ。


「……いくぞ!」


 と、虚をつきにくると想定していた私に、マディランは正直に合図をしてから向かってきた。


 意外にも気持ちの良い性格である。


 思わず口元に笑みを浮かべてしまいながら、私は迫り来るマディランの連撃を弾く。


 目を見張るほどの速さの打ち下ろしを弾くと、木剣は斜め下方に流れ、それを手繰り寄せるようにして次の剣戟とした。


 最小限の弧を描いてからの切り上げ。こちらも軌道を逸らす形で受け流す。木剣は力の行き場を失って上に向いた。


 体の正面が思い切り開いてしまい、マディランが決死の形相となり、無理矢理蹴りの体勢をとる。無茶苦茶だが、よくぞ咄嗟に蹴りに移行できたものだ。普通ならば、想定した動きでないと剣を振ってから蹴りに繋げるなんてことは出来ない。


 しかし、いかんせん動きが荒く、無理な体勢であることから威力も速さも無い。


 こちらは木剣が振りやすい手元にあるのだから、焦ることなくマディランの脚を弾くことが出来た。


「ぎゃっ!?」


 強かに足を木剣で打たれ、反動で地面を転がるマディラン。脚に甲を付けていても、間違いなく痛い。


「ぐ、ぐぁあああ……」


 痛みと悔しさに顔を真っ赤にしながら苦悶の声を上げる。それに笑いが起きるかと思ったが、どうも様子がおかしい。


 周りを見てみると、ギャラリーの騎士達が激しく動揺していた。


「……今の見たか?」


「あのマディランの連続斬りを、その場から一歩も動かずに()()()()ぞ」


「剣技も我々とはかなり違うぞ。アペラシオン流剣術の亜流か?」


 称賛する声もあるが、それよりも戸惑いの方が大きいらしい。なにせ、アンジュとミュスカも目を丸くして固まっているくらいだ。


 そこへ、試合を取り仕切っていた筈のバルザックが木剣を軽く振りながら歩いてきた。


 子供のような顔で口元に薄い笑みを浮かべ、バルザックが口を開く。


「いや、実に見事である! 試合終了の合図を出すのを忘れるほど感動した! マディランよ、これが技量を磨くということだ! 身体能力に頼ってばかりでは壁にぶつかった時、乗り越えることが出来なくなる! 歳下の新人に技術で負けたということを重く受け止め、今後の糧とせよ!」


 試合内容について簡単にそれだけ告げると、木剣を自らの前に垂直に立てるように構えた。


「さぁ、試験は終了! 文句なく合格だ! 本来なら続けてアンドール卿の試験を行い、最後に騎士団長の面接があるが、そんなもの関係無く合格である!」


「ありがとうございます」


 不穏な気配を感じながらも、一礼して謝辞を述べた。


 すると、バルザックは声を出して笑い、両手を広げて私を見下ろす。


「つまり、騎士団規定の試験は全て終了である! なので、今から個人的に貴殿に模擬試合を申し込もう! よもや断ってくれるなよ? 先程から飛びかからんばかりに体が疼いているのだからな!」


 テンション爆上げでそんな宣言をするバルザックに、私は乾いた笑い声を上げつつ、木剣を構え直した。


「……お手柔らかに願います」






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