入隊
アルザスに案内されて拠点内の受付のような場所に行くと、比較的小柄な女性二人に会い、入隊希望届のような書類を書かせられた。髪の短い少し目つきの鋭い女性と髪の長い上品そうな女性だ。二人とも簡易的な鎧を着ているので、恐らく騎士か衛兵だろう。
「まぁ、字がお上手ですね。やはり、貴族の方は幼少時から教育がしっかりされているのですね」
上品そうな顔の女性が口元に手を当ててそう言った。隣の髪の短い女性が若干眉根を寄せてこちらを見る。
私は苦笑混じりに首を左右に振り、髪の長い女性を見た。
「ありがとうございます。あまり貴族らしいとは言われないので嬉しいですね。騎士団に入れたらお世話になることも多いかと思います。ご迷惑をお掛けしますが、宜しくお願いします」
低めの声を意識してそう挨拶すると、二人の女性は目を丸くして固まった。
「どうしました?」
小首を傾げて尋ねると、髪の長い女性の方が頬を赤く染めながら首を左右に振る。
「あ、い、いえいえいえ! な、なんでもありません」
と、なんでもなさそうな態度で女性は笑った。
「そうですか? あ、書き終わりました。ご確認をお願いします」
そう言って紙を差し出すと、髪の長い女性は微笑みながら受け取る。
「あ、ありがとうございます。あ、まだ十八歳でいらっしゃいますのね。とても落ち着いていらしたので……」
「ははは。今は猫をかぶっているだけですよ」
と、なんとなく雑談に花が咲いていると、後ろで父が咳払いをした。
「アルザス殿を待たせているのだぞ」
そう言われ、私は「ああ、申し訳ない」と謝りながら髪の長い女性と笑い合う。
それに、アルザスは噴き出すように笑い、片手を左右に振った。
「いやいや、面白いものを見せてもらいました。まさか、一瞬で我が隊の一人が心を奪われるとは。今までこんなことはありませんでしたよ。特に、我が隊の華と言われるアンジュとミュスカが」
笑いを堪えながらそんなことを言うアルザスに、髪の長い女性は慌てて首を左右に振る。
「そ、そんなことは……! さ、クロウ殿、こちらへ!」
「アンドール卿もこちらへどうぞ」
わたわたと髪の長い女性が私を案内しようと身振り手振りを交えながら前に出てきた。髪の短い女性は父の方についている。
「さて、このままお二人に付いていく方が楽しそうですが、残念なことに業務中でして……二人とも、アンドール卿とクロウ殿のご案内、お願いしましたよ」
「はい!」
アルザスが残念そうに二人に指示を出すと、女性二人も今までの態度が嘘のように真剣な表情で返事した。
私たちは簡単にアルザスと別れの挨拶を交わすと、受付を交代してこちらに出てきた女性に案内されて、施設の奥へと移動する。
廊下を進むと、突き当たりに扉があった。そこを開けると、外の光が差し込んできて、私は目を細める。
「……練兵場?」
そう呟くと、髪の短い女性が浅く頷いた。
「はい。こちらは第三騎士団専用の練兵場です。ここで、クロウ様の入団試験を行わせていただきます」
「え?」
唐突に言われた言葉に振り向くと、髪の短い女性は目細めてこちらを見る。
「……今回、アンドール卿は貴族として王都騎士団に参加ということで、指揮官候補となり一般試験は免除されます。しかし、クロウ殿は爵位を持ちませんので一般入団試験を受けてもらわねばなりません」
「……今からこの場で戦え、ということですか?」
確認すると、女は微笑みを浮かべて剣を抜いた。
「規定では、騎士団長の前にて実力と騎士たり得る精神、性格であるかを確認するとなっています。しかし、最低限以上の人物であることを確認しないと、騎士団長の手を煩わせるだけとなってしまうのです」
そこまで言って、女は練兵場の奥に移動し、こちらを振り向く。細身の両刃の剣を軽く左右に振ってから、ピタリと剣の先を私の顔に向ける。
「大変申し訳ありませんが、まずこの場で実力の確認をいたします。充分な実力があれば、本来の入団試験を受けていただきます」
そう言った女の顔には、隠し切れない好奇心が見て取れた。どうやら、彼女は戦闘が好きらしい。もしくは、騎士になる前の若人を叩きのめすのが好きな加虐趣味か。
どちらにせよ、彼女の実力は確かなのだろう。
「……わかりました。全力でいかせていただきます」
剣を抜きながら、応える。片手で持つと、ズシリとしたいつもの剣の重さが腕に返ってきた。父から授けられた長剣だが、少し厚みがあって頑丈とのことである。
すると、父を連れた髪の長い女性が慌てて口を開く。
「あ、あの、これは試合ではありませんので、負けても失格というわけではありません。資質があるかどうかの確認です。勝ち負けではなく、冷静に実力を見せるように戦ってくださいね」
と、女性が助言すると、髪の短い女は肩を揺すって薄く笑った。
「アンジュがそんなにフォローするなんて、ね。大丈夫。手加減しますよ」
そんなことを言いながら、やる気に溢れている目で見つめられる。どうやら、髪の長い女性がアンジュで、目の前の女性はミュスカという名前らしい。
私は剣を構えて口を開く。
「それではやりましょうか、ミュスカ殿。手加減はしますよ?」
笑いながらそう告げると、ミュスカは頬を引き攣らせて目を細めた。
「……良い度胸です。それでは、クロウ殿。参ります」
呟いた直後、ミュスカは後方に下げていた左足で地面を蹴り、一足飛びにこちらに向かってきた。
身体を斜めにして、刀身で自らの体を隠すような体勢だ。正面から打ち込むには隙が無さ過ぎる。横に回り込むか、一度相手の攻撃を弾いて隙を作るべきだろう。
普通ならば、そうする。
だが、私はその場から動かずに剣を横抱きに構えると、横に薙ぐように振った。
その攻撃に、ミュスカは口元に笑みを浮かべて構えていた剣を打ち下ろした。力には強さと方向がある。地面と平行に振るわれている剣は、上下からの力に弱いのが常識だ。
しかし、そのタイミング、力と速さ次第では、その常識はあっさり覆る。
私の剣は、ミュスカの剣を弾き飛ばして体勢を崩させた。
目を見開いて、弾かれた剣に腕を引っ張られるミュスカ。無防備に体の中心を曝け出す形になってしまったミュスカに追撃するのは簡単だが、怪我をさせてしまうのも忍びない。
私はそのままの体勢で接近し、ミュスカの肩に手を回すようにして鎧の首部分を掴んだ。そして、柔道の払い腰の要領で投げ飛ばす。
簡易的とはいえ鎧を着ているのに、ミュスカは軽かった。思った以上の勢いで回転してしまい、焦った私は引き手を強く引いて背中の中心から落ちるように調整する。
地面に衝突する音と、ミュスカの呻き声が重なった。
「……あぅ……ぐぅ……」
息がまともに出来ずに喘ぐミュスカに覆い被さったまま、声を掛ける。
「申し訳ありません。思ったより力が入ってしまいました。ゆっくり息を吸ってください。徐々に楽になります」
そう告げると、ミュスカは呼吸の苦しさからか、顔面を真っ赤に染めながら口を何度か開閉させる。まだ、声は出ないようだ。
そっとミュスカを地面に寝かせて、立ち上がる。
「……剣では倒してませんが、どうでしょうか」
振り向いて尋ねると、ポカンとしていたアンジュが慌てて姿勢を正した。
「は、はい、文句無く合格です……ミュスカは副隊長クラスと同等の実力者なのですが……凄いですね」
驚きながらも称賛してくれるアンジュに対して、ようやく起き上がってきたミュスカが頬を染めたまま眉根を寄せる。
「……参りました。しかし、次回は必ず私が勝ちますからね」
ミュスカが頬を膨らませてそう言ったので、私は笑いながら頷いたのだった。
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