王都アペラシオン
元文官に領地を与えるということで、我がエルミタージュ男爵領は王都にほど近く、戦に巻き込まれる心配の少ない土地である。
場所的に重要地点や大都市の中継地点にはなれないが、それでも立地を考えたら幾らでも儲ける方法はありそうな良い領地だと思う。
そんな土地から、父と私はたった二人、馬に乗って王都に来た。
美しい石畳の街道が真っ直ぐ続いており、我が領地では見ることもない多くの人々が往来している。行商人や旅人、警護中の衛兵や冒険者。老若男女のみならず獣人の姿もあった。
「凄い人の数ですね」
「うむ。大国、アペラシオン王国の王都だ。人が多いということは成り上がる機会も多い。商人でなくとも魅力的に映るだろう」
流石に父は落ち着いたものである。初めて王都に来た私は見るもの見るもの真新しく、中々落ち着くことは出来なかった。
しばらくして、王都の外部を囲う城壁が見えてきた。
高さは十五メートル以上はあるだろうか。恐るべきは、その城壁の向こう側には城以外の建物が見えることだ。
「城壁の向こうの建物に城は見えませんね。城は逆に広く低い建物でしょうか」
そう尋ねると、父は顎を軽く撫でながら息を吐いた。
「単純に、ここからではまだ王城は見えぬだけだ。随分前だが、王都の広さは教えただろう?」
「成る程。現実感が湧かないほどの大きさですね」
応えてから、改めて城壁を見る。
つまり、あれだけの城壁が、広い王都をぐるりと囲っているのだ。相当の年月と労力、財力が無ければ不可能だろう。
俄然、期待に胸が高鳴る。
初めての都会だ。いや、厳密に言えば違うが、同等の高揚を感じているのは間違いない。
しかし、ようやく城門の前に立つことができたのに、そこには長蛇の列があった。優先的に中に入れる者もいたが、殆どの者は長い列に並んでいる。
「これは……何時間掛かるか分かりませんね」
そう告げると、父は胸を張り、列の横に逸れるように馬を進めた。
「ついて来なさい」
そう言って、父は鎧の胸元から金色に輝くメダルを取り出し、衛兵に差し出した。
「アンドール・コート・エルミタージュである。同行者はクロウ・エ・ローヌ・エルミタージュだ」
衛兵にそう告げると、衛兵達は慣れた動きでメダルを確認し、次に父と私の顔や格好を確認する。
そして、左右に別れるように一歩下がった。
「失礼いたしました。エルミタージュ卿。どうぞ、お通りください。御子息も」
衛兵達は恭しくお辞儀して、私達を見送る。父は鷹揚に頷き、今まで見た中で一番貴族らしい顔つきで城門を通過したのだった。
あの衛兵の男、顔は覚えたぞ。誰が御子息だ。頭を刈り上げるぞ。
イラっとはしたが、男爵家としては大成功だ。後で父を模擬試合で叩きのめし、気持ちを切り替えよう。
と、そんなことを思いながら中に入ると、私は即座に目を奪われた。
これまでの畑や原っぱ、森、丘の景色とは打って変わって、石造の建物が立ち並ぶ大都会である。馬車二台がゆっくり離合出来るような広い大通り。多種多様な人々が行き交い、店の軒先では声を張る商人が自慢の品々を売り込んでいる。
活気のある街の風景だ。パッと見回しただけで我が男爵領の全人口より多い数の人間が歩き回っている。
布屋は目を奪うように華やかな色の布を並べて飾っているし、肉を串に刺して焼く店は食欲をそそるような香ばしい匂いで私を誘惑していた。
なんということだ。ここは楽園か。はたまた人間を堕落させる魔の都か。
戦々恐々と道を進む中、父は颯爽と道の中央を進んでいく。その威風堂々と馬を進める姿に、行き交う人々も心なしか敬意を持って道を開けてくれている気がした。
「……父上が生まれて初めて格好良く見える気がします」
そう告げると、父は前を向いたまま軽く頷く。
「生まれて初めてという言葉が気になったが、まあ良いだろう。さぁ、目的の騎士団に着くぞ。馬から降りなさい」
「はい」
言われるままに降り、通りの先にある建物を見た。
周囲の建物と比べても頑丈そうな二階建ての建物だ。白っぽい石と木材で出来ており、二階部分には旗が取り付けてあった。旗には剣と盾、そして赤い狼が描かれている。
赤い狼は、アペラシオンの守り神である。燃えるような真紅の毛を持つ狼で、アペラシオン王国を興した初代国王に仕えていたという。
その伝説に準えて、アペラシオンに属する騎士団はどこの家の騎士団も、赤い狼を描くのが暗黙のルールとなっている。
ちなみに、我がエルミタージュ男爵家には騎士団を持つ余裕など無い為、無関係な話である。
「ここは東西南北それぞれに置かれた騎士団の拠点の一つだ。本部は王城に隣接している」
父がそんな解説をしてくれていると、その拠点から一人の騎士が近づいて来た。何故、衛兵や一般の兵士ではないと分かったのか。
簡単である。鎧が違うのだ。衛兵や一般兵は黒ずんだ鉄の鎧が多い。中には革と鉄を半々に使った鎧もあるが、大体は無骨なものだ。
反対に、目の前に現れた騎士の鎧は白く輝くような美しい銀色で、鎧の表面にも緻密な装飾が施されている。そして、兜を脱いで露出した顔だ。整った顔立ちに流れるような艶のある青い髪。とても剣を振るう者とは思えない。
「王都騎士団に御用事ですか?」
騎士は声も涼やかだった。まさに物語に出てくる騎士そのものの姿に感動すらしてしまう。
「私はアンドール・コート・エルミタージュ。今回は王を守る剣、王都騎士団に入団したく参った」
父はメダルを取り出して名乗った。騎士はメダルを恭しく受け取り、頷く。
「エルミタージュ殿。男爵位ですね。後ろにいらっしゃるのは御子息ですか?」
黙ってジッと見ていると、気が付けば私の話になっていた。
「はい。息子のクロウ・エ・ローヌ・エルミタージュです。私も騎士団への入団を希望します」
答えると、騎士は目を瞬かせて私の顔を見る。
「……これは、女性問題が心配ですね。アンドール卿?」
「はっはっは。なに、息子は朴念仁でね。よほど押しが強い女性でも出て来なければ発展も無いだろう」
そんな返事をする父の後頭部を見ていると、騎士は口元に片手を当てて笑う。
「ふ、ははは……いや、失礼いたしました。私はアルザス・ビーノ・ノワール。千人長をしております。もし王都第三騎士団に配属されたら宜しくお願いします」
「うむ、宜しく頼もう……ん、ノワール? ノワール殿、もしや父上はノワール子爵ではないか?」
父がふと思い出したようにそう尋ねる。それにアルザスを名乗った騎士は苦笑し、肩を揺すった。
「はっはっは。父はもう引退しましたよ。四人目の息子も独り立ちして騎士になりましたからね。今は悠々自適な隠居生活を送っています」
「なんと。では、アルザス殿は現在のノワール子爵の実弟か。お父上は良い息子を持たれましたな」
「そんなことは」
と、二人は貴族トークに花を咲かせ始める。
貴族は当主のみが爵位を名乗ることが出来る。そして、アペラシオンでは基本的に長男が次期当主となるのが通例だ。
つまり、アルザスが四男ならば貴族になる可能性は低い。当主になるか否かは大きな違いであり、それが原因で兄弟間の殺し合いもあると聞く。
そう思うと、明るく笑うアルザスは兄弟仲の良い家庭で育ったのだろうと予想された。
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