英雄、クロウ・エ・ローヌ・エルミタージュ
貴族という言葉を聞いて、誰もが想像するものは何だろうか。
城のような邸宅。執事やメイド達。豪華な服に身を包み、贅を凝らした食事や生活を送る。まぁ、権力争いや後継者争いなどの負のイメージも根強いだろう。
だが、大半は優雅かつ豪華絢爛なものだ。また、良い貴族や悪い貴族で印象は変わるだろうが、一般的には領地を運営し、税金で暮らしているイメージはある筈だ。
我が家は男爵家である。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、準男爵、騎士爵がアペラシオン王国の定めた貴族の階級だが、我が家は男爵。つまり、下から三番目だ。
とはいえ、貴族である。最初に口にした貴族のイメージに該当してしかるべきだろう。
私もそう思うのだから間違いない。
だが、我がエルミタージュ家はそうでは無かった。
領地は猫の額ほど。さらに、産業という産業は無く、一次産業として代表的な農業で生活をしている。
エルミタージュ家を興した曾祖父様は文官であった。王城内での仕事を認められて男爵となったらしい。だから、曾祖父様の代はエルミタージュ家の春と言えた。
それから年月が経ち、祖父の代では一切手柄を立てることなく、領地の発展も無かった。つまり、遊んで暮らしていたのだ。
更に我が父の代になり、徐々に税収が減っていた我が領地の為に、我が家は生活を切り詰めた。商売に手を出してみたが焼石に水であったそうだ。
そんなこんなで私が物心ついた頃には、既にとても貴族とは思えない生活を強いられていた。家はそこそこ大きいが、調度品なども全て売られて無い。庭もただの原っぱだ。
食事の話をしようか。涙無くしては聞けない話だ。
いや、やはり止めておこう。私が泣きたくなる。
と、困窮する貧乏貴族の話はここまでにして、実はアペラシオン王国の貴族には恐ろしいルールがある。
三代、目立った手柄を立てられなかった時、その家は貴族としての位を落とされる。因みに、区分は上級、中級、下級だ。侯爵は伯爵にまで落とされ、伯爵と子爵は男爵にまで落とされる。男爵以下の下級貴族は、なんと平民に落とされて領地や財産の一部も没収される。
貴族から平民に落とされてしまえば、後は地獄だ。落ちぶれた元貴族など、様々な悪人、逆恨みする平民、商人などから虐げられ、食い物にされる。若い娘などいれば即座に奴隷商人が嗜虐的な笑みを浮かべて挨拶に来るだろう。
ああ、恐ろしい。
ちなみに、我が家は既に二代揃って手柄無しだ。むしろ税収が下がっているくらいだからマイナス方面にしか進んでいない。
そこで、父であるアンドール・コート・エルミタージュ男爵は考えた。
「農業で手柄を立てるのは無理だ。文官として功を成すには時が足りない。故に、これまで鍛錬に鍛錬を重ねてきた我が剣の腕を発揮するしかあるまい」
そう言って、父は趣味で磨き上げたアンドール派アペラシオン流剣術をもって武功をあげると宣言する。
どう考えても無理、無謀、愚行の一手だが、我が父は本気だった。元から思い込んだら一直線の性格である。既に父の頭の中では英雄のように敵将を打ち倒し、国王から直々にお褒めの言葉を賜っていることだろう。
そんな中、我が母であるローヌ・クレマ・エルミタージュはどうだったのかというと。
「まぁ、あなた。二十歳で騎士を目指すのならばともかく、御年をお考えください。もう四十ではありませんか」
至極真っ当な言葉である。それには心の底からホッとした。
しかし、思い立ったが吉日、父は食い下がる。
「安心しなさい。何も私だけで戦いに挑むのではない。クロウも一緒だ」
初耳である。
「クロウは幼少の頃より私の剣を教えている。正直に言えば、もはや私よりも実力は上だろう。ほんの少しだがな。ほんのちょっと、私より上であろう」
父は何故か誇らしそうでありつつ悔しそうという複雑な表情を作ってみせた。一方、私は困惑の色一色である。父はそれに気が付かずに、話を続ける。
「それに、仮にも男爵だ。王国の法の中にも、爵位を有するのに騎士団を持たぬ者は、部下を連れて参じれば百人長以上の地位を約束するとある。つまり、部下としてクロウを連れていけばいきなり百人長だ」
「……それはつまり、指揮官になるのは父上だけということでは……」
私は抗議の声を発しようとしたが、なぜか母の顔は綻び、手を胸の前で合わせて口を開いた。
「まぁ、それは凄いですね! クロウちゃんが一緒ならば間違いなく大丈夫でしょう。それに指揮官ならあなたでも怪我をしないでしょうし」
「私でも、という言い方が気になるが……まぁ、良い。一先ず、これで王都騎士団に応募が出来るな」
と、二人の話は上手く纏まってしまった。
その日の夕食の際、妹のターシュ・ローヌ・エルミタージュが同席し、その場で父が事の成り行きを伝える。
茶髪黒目で大柄な父と赤い髪茶色の目の母に対して、妹のターシュはピンク色の髪で背は低く華奢である。性格も良く、とても可愛らしい。
その妹が、食事の席で立ち上がり、驚愕の声を上げた。
「クロウお兄様が、戦場へ!?」
ターシュは驚き、そして不満の目を両親に向ける。
「何故、お兄様が!? お父様だけで良いではないですか!?」
「た、ターシュ……私だけで良いとは……」
ターシュの言葉に、父が地味にダメージを受けた。自業自得だ。苦しむが良い。
私が静かに頷いていると、母がターシュに顔を向けた。
「ターシュちゃん。クロウちゃんなら大丈夫ですよ。これは、クロウちゃんが英雄になる為に必要なことなのです。少し心配かもしれませんが、クロウちゃんなら間違いなく英雄になれますから、安心して送り出しましょう?」
そんな理屈も何も無い母の言葉に頭を抱えたくなっていると、何故かターシュは輝くような笑顔をこちらに向けた。
「お兄様が英雄に!? 分かりました! 私も、お兄様が英雄になられる日が楽しみです!」
「正気か、妹よ……」
我が家族ながら正気を疑ってしまうが、母と妹は仲睦まじく私の将来について話している。
私は味付けが塩だけの芋のスープを口にしてから、深く溜め息を吐くのだった。父も何処か遠い目をして項垂れているが、放置しておこう。
何にしても、信じられないことに長女である私が王都騎士団に入団することになってしまったのだ。
もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、ページ下部の☆を押して評価をお願い致します!
作者の励みになります!