脅威の新人、遠征にいく
「……クロウ・エ・ローヌ・エルミタージュ。アンドール百人長……覚えておくよ」
第二騎士団が合流し、合同訓練の終了を宣言した後、リュベロンはニヒルな笑みを浮かべてそう呟いた。
その場で解散となり、各騎士団ごと行動を開始しようとすると、アルボワ・ベルジュラックが紺色の髪を片手でがりがり掻きながらこちらに向かってきた。
そして、私の前で立ち止まる。
「……まさか、俺が全力で打ち下ろした一撃を止められるとは思わなかった。次は、お前のその剛腕を考慮して戦うからな? 覚悟しておけよ、クロウ」
何処か照れた様子を見せつつ、アルボワはそんなことを言い、去っていった。まるっきり負けず嫌いな子供の言い訳である。その大柄な体に似合わないセリフに、思わず笑ってしまった。
その背中を見送り、振り向くと第五騎士団の騎士達がこちらを見ていた。
「クロウ殿、アルボワ団長の実力はどうでしたか?」
「バルザック様を倒したのも、まさか本当に実力で?」
「アンドール百人長も強いと聞いているが、どっちが強いんだ?」
瞬く間に取り囲まれ、質問攻めに合う。
「あ、いや、私は……」
どうしようかと思っていると、父が両手を前に出し、皆に黙るようにジェスチャーを送った。
「……騎士たる者、誰が強い、弱いなどと比較してはいけない。いつでも、本当の強敵は自分自身でしょう。自分に打ち勝つ為に、日々努力を積み重ねなくてはなりません。その努力は必ず、騎士たる自分を高めてくれます」
と、父は言いたくて言いたくて堪らなかっただろう騎士としての心得を口にする。一部騎士達から感嘆の声が聞こえて、父は喜びに静かに震えていた。
まぁ、嬉しそうで何よりである。
こうして、訓練は我が騎士団と第一騎士団の敗北で終わった。第一騎士団は王都内の警護に戻り、第五騎士団は次の遠征の準備に移る。
遠征先は北の城塞都市だと教えられたが、防寒などの準備はあまり必要ないらしい。また、遠征の場合は指揮官は馬での移動が可能になる。
勿論、私は徒歩だ。
今回は第五騎士団五千人が遠征に赴き、残り五千人は王都近郊の盗賊や魔獣退治とのことだった。王都近くをパトロールする方が宿泊施設に悩まないので羨ましいが、遠征メンバーに選ばれてしまったなら仕方がない。
意気揚々と馬に跨る近く父の隣を歩きながら、私は周りを見た。
あの訓練前の少々ダラけた空気を考えて行軍はどうなるかと思ったが、意外にも綺麗な隊列をキープしており、足取りも確かだ。
無駄な私語も無く、黙々と歩いている。コベルテッドの方は欠伸混じりにのんびりと馬を進めている為、コベルテッドが遠征では厳しくなるなどの理由では無さそうだ。
不思議に思いながら歩くこと、なんと十時間。
休みなく歩いてようやく第一の村へと着いた。騎士団の遠征の為に用意されたのか、まるで小さな宿場町のような雰囲気だった。
周囲を囲う柵はそれなりに頑丈そうだが、中型以上の魔獣や盗賊団から村を守るには心許ない。
そんな村であるにも関わらず、五千人がぎりぎり泊まれるくらい宿が数があった。ほとんど広間に雑魚寝のような形だが、それでも屋根のある場所に寝られるのは嬉しい。
「あー、着いた着いた」
「やはり、重装での行軍はきついな」
と、周りの騎士達も宿の中では気が緩んでいるようだ。交代で周囲を見張る千人に選ばれた人は可哀想だが、こういう時はじっくり休ませてもらおう。
雑魚寝用の大広間が割り振られ、鎧や荷物を手元に置き、各々寛げる態勢になる。
私は急いで端を取り、荷物で簡単な壁を作り、横になった。
女であることを隠しての入団である為、出来るだけ無防備になる休憩、睡眠時は人から離れて休みたい。
が、そういう時に限って面倒なやつは現れる。
「……ちょっと待て。この部屋割りなら角は俺のだ。いくら実力があるからって、騎士団としての上下関係は守ってもらおう」
と、ゴリラ顔の男が仏頂面で指摘してきた。困った。出来たら角が良いのだが。
「申し訳ありません。まだそういったことには疎くて、気付きませんでした」
そう言って、荷物を両手に持って立ち上がる。すると、男は真正面から私の顔を見て、次に身体をジロジロと眺めてきた。
生理的に受け付けない視線だ。申し訳ないが、素直に気持ち悪い。
「……新人。お前、美人だな……」
「え、ゴレラ先輩……?」
ゴリラ顔の男が妙なことを口走り、後ろに立っていた細い男が疑惑の目を向けた。まさか、名前までゴリラっぽいとは思わなかった。
私はゴレラの名に驚きつつ、首を左右に振る。
「まだ見習いですが、一応騎士なので……美人よりかは男らしく見えて欲しいですね」
そう言って笑うと、ゴレラは急におどおどしながら「あ、ああ……そ、そうだな」と返事をした。
そして、そそくさと私が退いた後のスペースに荷物を置き、寝場所を確保する。ゴレラの後ろに立っていた男は、こちらをチラチラ見ながらも、ゴレラの隣に荷物を下ろした。
仕方ない。他に人が少ないスペースを探すか。そう思い、周りを見回す。
すると、入り口の方でシュザールとブラニーが手を振っていた。
「こっちなら壁際で寝れますよ」
「最初は周りに先輩がいたら眠れないですよね。僕も最初は寝不足になりましたから」
二人に気を遣われながら、ありがたく壁際をいただく。
「ありがとうございます」
そう言って壁際に背中を向けて座り込み、自分の周りに壁を作るように荷物や鎧を並べる。それに二人は顔を見合わせて、吹き出すように笑った。
「冷静そうに見えるのに、相当緊張してますね」
「もしかしたら、落ち着いて見えるのは単なる人見知りだったりして」
「じゃあ、仲良くなったら色々話してくれるかもしれませんね」
二人は笑いながらそんなやり取りをして、私の周りに自分達の荷物や鎧を並べてくれた。これなら少しは気を抜いて寝ることが出来るだろう。
「ありがとう、二人とも」
自然と微笑みながらお礼を述べると、座ろうと中腰になっていた二人は何故か頬を赤くした。
「あ、いやいや……」
「た、確かに、凄く美人です、ね?」
「こら。気にしてるんだってば」
二人は動揺した様子でわちゃわちゃと言い合う。それを見て笑い、就寝の時間で無事に横になることができた。
ホッと一安心すると、自然と眠気がくる。
二人は既に寝息が聞こえてきているし、同室の他の者のいびきなども響いていた。
外は静からしく、虫の声なども聞こえて来る。
ふっと、意識が沈み込むように眠りに落ちた。
だが、妙な気配を感じて眠りから覚める。薄らと目を開けると、暗闇の中に蠢くものがあった。
やばい。盗賊か何かだったら、相当な実力者だ。この広間に入る気配も感じなかった。
一気に意識が覚醒して、シュザールとブラニーが作ってくれた鎧の壁を見た。
その鎧と鎧の隙間から、ゴリラが顔を覗かせていた。目を皿のように見開き、鼻息荒くしている。
「はっ!」
「ぐはっ」
思わず、ゴレラの目を指で突いてしまった。湿った感触が気持ち悪い。絶叫しながら寝転がってもがくゴレラを無視して、自らの指を服のすそで拭う。
「ぐぁあああっ!?」
「い、痛い!?」
「え!? ゴレラ先輩!?」
近くで寝ていたシュザールとブラニーが暴れるゴレラの被害を受けてしまった。
「な、なんだなんだ」
「なんで、ゴレラ先輩が苦しんでるんだ?」
他の騎士達も起き出してくる。
その騒ぎは外にまで聞こえたのか、ドカドカと足音を立てて見廻りが走ってきた。
そして、悶絶するゴレラと頭や腹を押さえて痛がるシュザール、ブラニーを見て、険しい顔で怒鳴る。
「夜中になんだ、この騒ぎは!?」
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