決着
第四騎士団の団長、アルボワを蹴り倒した直後、左右に別れていた副団長と千人長の二人が慌てて戻ってくるのが見えた。
「……っ! 戻れ! そこのやつを逃すな!」
副団長が叫ぶのが聞こえた。
呆然としていた騎士達の表情が変わり、こちらに向き直る様子を視界の端に捉える。
「時間がないか」
呟き、一足飛びに倒れて呻くアルボワの首に剣を当てて、声を掛ける。
「これで決着とさせていただきます」
アルボワは目を見開き、何か言おうとして苦しそうに咳き込む。だが、悠長に返答を待つ時間は無い。
「反転する! 森に戻るぞ!」
私は素早く指示を発して踵を返した。戻りざま、後ろに回り込もうとした騎士達の盾に剣を叩きつけるようにしてぶつけ、何人か吹っ飛ばしておく。
幸運にも想定したよりも長く騎士達が混乱していてくれたお陰で、私達は素早く森に戻ることが出来た。
「第四騎士団、団長のアルボワ殿を倒してきました!」
「よくやった。少々前に出過ぎていた点以外、言う事なしだ。次からは左右と後方を守ってもらいながら切り込むと良い」
報告をすると、父は嬉しそうに笑いそうになるのを堪えながら小言を言って誤魔化す。それに、周りの騎士達は興奮した様子で口を開いた。
「いやいや、騎士団長の一人をあんな形で圧倒するなんて! 普通じゃないですよ!」
「この部隊は確実に全滅すると思ってたけど、大金星じゃないか!」
「やばい! あいつら追ってくるぞ!」
浮かれる者や警戒する者が入り乱れる中、私は後ろを振り返り、木々の隙間から溢れ出すように攻めてくる大勢の騎士達を見る。
「殿は私が務めます! 早く奥へ! 旗の元へ向かってください!」
怒鳴り、後方を警戒しながら走る。
足の速い者が何人か来たが、近くの木を剣で切り倒し、進路を妨害した。
「……あまり深追いはしてこないな」
どうやら、あまりに少数過ぎた為に挟撃や包囲を警戒してくれたらしい。
「本陣まで撤退する! 上手くいけば、旗を狙う他の騎士団の背を突くことが出来るだろう! 寡勢とはいえ、必ず相手を混乱させることが出来る!」
「おぉ!」
父の指示に、他の騎士達も頼もしい声を返した。先程までの苦笑や失笑、苛立ちなどは影を潜め、純粋に父の言葉に従っているようだ。
我が父が認められたようで素直に嬉しい。
しかし、今後はあんな無茶な作戦は立てないようにお願いしよう。
そんなことを思いながら森を抜けて、旗の方へ向かった。だが、そこで我々は予想外の光景を目にする。
旗が、既に他の騎士団に奪われていたのだ。
旗を掲げて吠える髭面の男と、その周りで他の騎士達と戦っていたであろう第五騎士団の面々。まさか、騎士団長を止めることが出来ずに奪われてしまったのか。
「旗は第三騎士団がいただいた!」
そう宣言する第三騎士団の団長に、コベルテッドは困ったように笑った。
「いや、まさか山を張っていた方向と真逆から攻め込まれるとは……完敗ですね」
と、ひどくあっさりとした物言いで敗北を認める。それに第五騎士団の騎士達も特に何か文句を言うわけでもないので、本気で戦って負けたのかもしれない。
しかし、我が父にはそうは見えなかったようだ。悔しそうに俯き、奪われた旗を睨み上げるように見ていた。
我々がコベルテッドのもとへ合流しに戻ると、コベルテッドや他の騎士達もこちらに気がつく。
「ああ、アンドール百人長。心配してたんですよ。皆、無事そうですね。交戦はしなかったのですか?」
コベルテッドは眉をハの字にして心配そうにそう言った。だが、他の騎士達は複雑な表情をしている。文句がありそうな顔で父を見ていたり、中には露骨に舌打ちをする輩もいた。
対して、父は冷静に報告をする。
「いえ、こちらは第四騎士団と交戦。無事に騎士団長であるアルボワ殿を打ち倒しました」
そう告げると、コベルテッドは目を丸くして固まる。他の騎士達も似たような反応だ。その様子が第三騎士団も似たようなものだったのが面白かった。
「……嘘だろう?」
「僅か百人で、不可能だ」
「しかし、そんな嘘を吐いたところで……」
ざわざわと騒がしくなる二つの騎士団。そんな中で、見知った顔がこちらに気が付いて出てきた。
青い髪の爽やかな青年、アルザス千人長だ。そして、その後ろからはアンジュとミュスカの姿もあった。
「おぉ、アンドール百人長殿。それに、御子息のクロウ殿。お二人が、アルボワ騎士団長を?」
「いえ、クロウが単独で倒しました。訓練での戦いなので戦闘不能の状態にまではしておりませんが」
父も騎士団に所属した為、他の騎士団の上官となるアルザスには丁寧に対応している。
それに苦笑しつつ、アルザスは私を見た。
「……なるほど。流石はクロウ殿。バルザック様に真正面から打ち勝ったというのはマグレではないということですね。いや、これは恐ろしい新人が現れました」
そう口にして、アルザスは笑いながら父に再度挨拶をし、踵を返した。皆がアルザスの言葉に反応する中、こちらに真っ直ぐ歩いてきたミュスカが口を開く。
「……次回は、必ず私と戦いましょう」
「ミュスカ、失礼でしょう? それに、もう試験の時に負けたじゃないですか」
「次は本気ですから」
「申し訳ありません、クロウさん。あ、また休日が合えば、是非一緒に城壁から夕焼けを見ましょうね」
と、ミュスカとアンジュが交互に喋り、私は最後のアンジュの言葉に笑いながら頷いておいた。
すると、二つの騎士団の騎士達が更に騒ぎ出す。どうやら、第五騎士団の大半の者達が自分とバルザックの試合を知らなかったらしい。第五騎士団は遠征が多いと聞く。まだ王都に着いたばかりということかもしれない。
「バルザック様に?」
「それだけの実力者ならば、あんな無茶な作戦も……」
「いや、しかし、その作戦に付き合わされる者が実力不足だった場合は……」
と、皆が模擬戦の結果を放置して議論する中、二手に分かれていた第一騎士団が戻ってきた。特殊な状況に、リュベロンが怪訝そうな表情で近づいてくる。
「何かあったのか? 模擬戦はどうなった」
リュベロンがそう尋ねると、コベルテッドが困ったような顔で旗を指さし、第三騎士団の団長が旗を片手で持ち上げて見せた。
それにリュベロンは眉根を寄せ、肩を落とす。
「……第二騎士団は私が食い止めて撃退したが、副団長より第三騎士団を取り逃したと聞いた。殆ど無傷の第三騎士団が攻めてきたなら、第五騎士団では厳しいだろう。仕方がないな」
どうやら、リュベロンは最初から第五騎士団を当てにしていなかったようだ。それ故、あまり落胆した様子もない。
と、そこでリュベロンはあることに気が付いた。
「……ん? 第四騎士団はどうしたんだい?」
その疑問に、コベルテッドが乾いた笑い声を上げて答える。
「……恐らく、今は隊列を組み直してこちらに向かっている最中かと思います」
「なんだ、盗賊の集団か何かと交戦したのか。なるほど、だから皆で集まっていたのだな」
リュベロンは納得したと頷き、そんなことを言った。だが、その勘違いに何人かの騎士達が苦笑し、こちらを見た。
コベルテッドは私と父を掌で指し示し、口を開く。
「その、盗賊団との戦いではなく、我が騎士団のアンドール百人長が騎士の一部を引き連れ、アルボワ騎士団長を打ち倒しましたので……」
何故か申し訳なさそうに答えると、リュベロンは目を丸くして固まった。
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