模擬戦
王都騎士団は大所帯である。
常時、騎士が一万以上おり、総勢で二万もの大人数だ。
他の領地にある各貴族の騎士団を合わせると、王国内で約四万の騎士がいる。そして、一般兵士や傭兵などを加えると、王国の用意できる総兵力は八万と言われている。
王国の防衛に戦力を割いている為、現実的に遠征を行うなら四万が最大戦力と言えるだろうか。
ちなみに、今回の模擬戦でも出来る限り他の業務を最小限にして人数を集めたが、全騎士団で一万人は集まっていない。
各騎士団、約二千人ずつといった配分である。
つまり、第一騎士団は千人ずつに別れて飛び出していったので、旗を守るのは第五騎士団の二千人のみだ。これで第一騎士団が奇襲に失敗した場合、最悪六千の敵が三方向から旗を奪いにくることになる。
その場合は確実に敗北だ。
ならば、なにか手を考えなければならない。
「父上、何か作戦を考えないと負けてしまいます」
そう告げると、隣に立っていた父は腕を組み、深く頷いた。
「ふむ、その通りだ。ならばどうするか……よし、団長に進言してみよう」
と、父は早速動き出した。
コベルテッドに何かを話に行き、暫くやり取りをしてから戻ってきた。
「独自に動く許可を得てきた。人数は百人だ」
「え?」
「ん?」
予想外の言葉に、思わず疑問符を上げて首を傾げる。それに父も同様に首を傾げていた。
そうだった。我が父上は戦争に赴いた経験は無いのに、イメージトレーニングで英雄の気持ちになれる強者だった。すでに、父の頭の中では少数で大軍を撃破する場面が描かれているに違いない。
無謀も無謀な話だが、既にコベルテッドから許可までもらってしまったなら、なんとかして実行し戦果をあげなければならない。
溜め息を吐きつつ、私は訓練用に受け取っていた刃を潰した剣を手にする。
「……分かりました。では、その百名でどう戦うか考えましょう」
そう言って、コベルテッドが召集している騎士達の元へと父と向かった。
整列する約百人の騎士達を見回し、父が口を開く。
「私の名はアンドール・コート・エルミタージュ。貴公らと共に戦えることを誇りに思う。私は先程の作戦を聞き、もしも第一騎士団の奇襲が空振りになってしまった場合どうするのかとコベルテッド団長に尋ねた。すると、もし良案があるならば独自に動いても構わないという寛大な言葉をいただいた。故に、貴公らを集めていただいた次第だ」
と、父が成り行きを話す。父も父だが、コベルテッドも信じられない決断を下したものだ。普通、騎士団というのは完全なる縦社会であり、新任の百人長ごときが勝手な行動をとるなどありえない話だろう。
だが、集められた騎士達もそれについて文句を言うような雰囲気ではない。いや、若干名はアンドールのことを面白いものを見るような顔で見ている。
なるほど。なんとなく、第五騎士団が傭兵騎士団と呼ばれる所以が見えてきた気がする。騎士の集団というにはクセがありそうな面々だ。
と、集められた騎士達の中に寮で話をしたシュザール達三人の姿を発見した。隊列を組んでいる為、横顔を向けて目で合図を送ってみる。しかし、三人からは苦笑で半眼の二種類の視線が返ってきた。
そんなことをしている内に、父の演説は佳境に入っていた。
「本日付けで配属となったばかりの私の指示に従うのは不安だろうが、なんとか皆の力を貸してもらいたい。それでは、宜しく頼む」
父の挨拶に、疎らな拍手が返ってくる。一先ず、否定的な態度はあまり見られなかったのは有難い。
「この辺りの地形に詳しい者はいないだろうか。また、訓練の最低限の決まりは知っておきたい」
そんな質問をする父に、答える者は中々現れない。
「誰も詳しい者はいないか?」
再度確認するが返事は無い。仕方ないと、私はそっと列から離れて後方に並ぶシュザール達の方へ移動した。
「え、く、クロウさん?」
戸惑う三人。思わずといった様子でブラニーが私の名を呼んだ。
私は三人に頭を下げ、頼み込む。父の突発的な行動を謝罪しつつ、知恵を貸してほしいと伝えると、三人は顔を見合わせた。
そして、シャロネーズが手を挙げる。
「おぉ、詳しい者がいたか。すまないが、色々と教えてほしい」
父がホッとしたような顔でそう言うのを見て、私も胸を撫で下ろす。
そうして、地形や模擬戦のルール、相手が何処に陣取っているかの予想まで教えてもらい、父は腕を組み唸る。
地面には情報通りに描かれた簡単な地図があった。
「……では、第一騎士団はこちらとこちらに向かっているのか。しかし、あちらの森を迂回する一団があった場合、対応出来ない恐れがあるな。もう片方は、恐らく接近する前にコベルテッド殿が気付くことだろう。対応は間に合うに違いない」
そう呟くと、父は顔を上げて小規模な森に向き直る。
「我々はあちらの森に向かう! 少数での利点は速さのみ! 素早く動き、相手の横っ面を思い切り叩いてやろうじゃないか!」
何処かの騎士物語にでもあったのか、豪快な指示を出して騎士達を鼓舞する父。
見つけた相手が無傷の二千人だった場合、百人程度の一団などすり潰されて終わりだろう。それを分かっているのか、何人かの騎士がせせら笑っている。
たしかに、我が父ながら無茶、無謀なことをやろうとしている。
だが、家族を笑われて良い気はしない。
「……仕方ない。我が父の為だ」
私は思い切り暴れる決意をして、小さく呟いた。
森の入り口に移動し、木々に隠れるようにして裏側へと回り込む。隠密行動だが、鎧を着込んだ状態での移動の為、隠れるにも限界がある。
斥候役として若くて足の速いシュザールに偵察を頼み、他の者達はバレないように森と草原の境を徐々に進む。
足場の安定しない森の中を移動しているが、意外に早く動けている。傭兵騎士団と言われているだけあって荒地に強いのかもしれない。
と、そうこうしている内に、焦った表情のシュザールが走ってきた。シュザールは中心を進んでいた父の元へ真っ直ぐに向かってくる。
「アンドール百人長! 第四騎士団を発見しました! このまま前方に向かえば縦列で進んでいる第四騎士団の側面にぶつかります!」
「そうか! 良く見つけてくれた!」
シュザールの報告に、父が実に嬉しそうに応えた。というか、百人長と呼ばれたことに喜んでいそうである。もうすぐ接敵だというのに、父はにこにこしながら皆を集めた。
「第四騎士団がこの先にいると報告を受けた。狙うは騎士団長だ。奇襲をかけて混乱させ、一気に倒す。指揮系統さえ混乱していれば十分に可能だ。質問はあるか?」
父のその言葉に、背の高い騎士が片手を挙げる。
「すみません、百人長。疑問があるんですが良いですか。千を超える人数相手に突撃して、本当に勝機はありますかね。騎士団長のアルボワ・ベルジュラックは、最年少で騎士団長になっただけに剣の実力は確かですよ。それに、副団長のドーセール殿も側にいる筈です」
と、至極真っ当な意見を口にした。その言葉に頷く者、にやにやと笑う者などが目につく。
対して、父は胸を張って腰に下げた剣を抜いた。
「戦う前から負けを考えてはいけない。我々は必ず成し遂げられる。敵を完膚なきまでに叩き潰すのだ」
我が父は迷い無き眼でそう言い放った。こんなに浮かれている父は初めて見た気がするな。
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