騎士団配属と訓練の開始
鎧を着込み、まずは全体が集まる集合訓練だ。言われるがままに王都の外に隊列を組んで並ぶ。
ちなみに、初回となる騎士見習いは外に列の外に立たされた。つまり、父と私だ。
各騎士団長らしき豪華な鎧とマントを付けた騎士達が並び、その前には五列縦隊でそれぞれの所属騎士が並んでいるようだ。
各騎士団長達に、点呼をとった騎士が歩み寄り、何かを伝える。すると、手前の騎士団長から鞘に入った剣を地面に突き立てた。烏の濡れ羽色とでも言うべきだろうか。艶やかな黒髪が特徴的な背の高い美青年だ。年齢は二十代後半くらいだろうか。銀を基調とした美しい鎧と真っ白なマントに身を包んでいる。
青年は一度騎士達を見回し、静かに口を開いた。
「王都第一騎士団、騎士団長のリュベロン・ロマネ・サンテミリオンだ。本日は久しぶりに全騎士団がこの場に揃った。良い訓練が出来ることを期待している」
大声ではないが、不思議とその声は良く響いた。皆が咳一つせずに背筋を伸ばして待つ中で、次の騎士団長が剣を地面に突き立て、口を開く。
訓練前の一言、といったところだろうか。それぞれの騎士団長が安全についてだったり、訓練の意識だったりを簡単に語っていく。
そして、最後に最も奥に立つ黒を基調とした鎧を着た細身の男が剣を手にした。赤茶けたマントを翻し、鞘に入ったままの剣を地面に突き立て、口を開く。
「王都第五騎士団、騎士団長のコベルテッド・デ・ビノスです。また来週には遠征が控えています。怪我をしないようにしましょう」
と、控えめというより、訓練に消極的な姿勢で挨拶をする第五騎士団の団長。見た目も猫背気味で、威風堂々とした第一騎士団の団長よりかなり自信なさげに見えた。
色々な形の騎士団長の姿があるものだ。
そんなことを思っていると、その第一騎士団の団長であるリュベロンがイケメンオーラを発しながらこちらに振り返った。
爽やかな笑顔とともに、リュベロンは片手の手のひらをみせながらこちらを指し示す。
「本日付けにて、エルミタージュ男爵家の御当主であるアンドール・コート・エルミタージュ殿と、その御子息であるクロウ・エ・ローヌ・エルミタージュ殿の両名が騎士団に加わることとなった。王国法及び入団試験結果に基づき、アンドール殿は百人長、クロウ殿は正騎士という扱いとなる。皆、新たな王国の剣と盾に敬意を込め、拍手を!」
リュベロンの言葉に、見渡す限りの騎士達から盛大な拍手がおくられた。その迫力のある光景に、なんとなくアイドルのコンサートやロックフェスティバルなどを連想した。
これは、なかなか見れない景色だ。
その拍手を全身で浴びながら、父が前に出る。何か挨拶をするのか。すごい度胸だ。見直したぞ、父よ。
そんなこと考えながら様子を見ていると、父は片手を上げて皆を見回し、優雅に一礼して下がった。
まさか、それだけか。それだけなのか、父よ。騎士達も微妙な空気になっているではないか。どうしたものかと思っていると、リュベロンが快活に笑いながら頷き、口を開いた。
「一部はもう知っているかもしれないが、そちらのクロウ殿は入団試験にてバルザック教官に勝つほどの腕前だ。そして、アンドール殿はそのクロウ殿に幼少の頃より剣を教えてきた達人である」
リュベロンがそんな解説をいれると、騎士達がざわざわと騒がしくなった。その様子に満足そうな顔を作ると、リュベロンはさらに余計なことを口走る。
「今回、アンドール殿は持病の腰痛が悪化してしまった為、入団試験を受けることが出来なかったが、用兵や戦術についての筆記試験では充分な成績を残している。百人長として素晴らしい働きをしてくれることだろう。そして、バルザック教官に見事打ち勝ったクロウ殿も同様だ。両名はバルザック教官たっての希望により、最も実戦を多く経験することができる第五騎士団に配属されることとなった」
父は腰痛を理由に実技試験をサボったのか。なんて奴だ。そんな言葉が頭の中を過ったが、それよりも何よりも、最後の第五騎士団への配属という言葉が一番問題である。
確か、別の名は傭兵騎士団だったか。尊敬されて付けられた名前ではなさそうだが、一体どんな騎士団だというのか。
元より騎士になって楽が出来るとは思っていなかったが、かなり不安になってきた。
と、頭の中でぐるぐると様々なことを考えて悩んでいると、さっさと定例の挨拶だったり何だったりを話し、リュベロンは訓練を開始すると宣言した。
すると、まるで打ち合わせでもあったかのように各騎士団がそれぞれ動き始める。
どうしたものかと思っていると、コベルテッドが苦笑混じりにこちらに歩いてきた。
「どうも、第五騎士団の騎士団長を任されています。コベルテッド・デ・ビノスです。いきなりで戸惑うでしょうが、一先ず私に付いてきてください。複数の騎士団での訓練は全て模擬戦です。良かったら参加してみましょう」
笑いながら、コベルテッドはそう言って前を歩き出した。
他の騎士団は駆け足で目的地へ向かっているが、第五騎士団の面々は通常の速度で移動している。その隊列の最後尾につき、私達は街道から大きく外れた丘の上に移動した。
「事前に組み合わせが出来ていますので、説明をいたします」
歩きながら、コベルテッドが口を開く。
「今回は第一騎士団と第五騎士団が組んで陣地の防衛を行います。敵はそれ以外の騎士団です。ちなみに、敵勢力はそれぞれがバラバラであると仮定していますので、三つの騎士団が足並み揃えて突撃してくるなんてことはありません。ただ、挟撃などはありえるでしょう。それに対して、私たちが守るのはあの旗です」
そう言って、コベルテッドが騎士団の向かう先を指さした。
丘の上には剣と盾が描かれた大きな旗が立てられている。どうやら、あれが守るべき対象のようである。実際、砦や城なども丘の上に建てられやすいので、それを守る訓練ということだろうか。反対に攻める側は城や砦を落とす訓練ということに違いない。
では、問題はどれほど本格的に攻めてくるか、対してこちらはどこまで本気で対応して良いのか。その二点だ。
もし、本気でこの旗を落とすならば、敵は弓矢や魔術を使ってくるだろう。それこそ三方向からありったけの矢や魔術が使われたのでは、旗など守っていられない筈だ。
「……相手は弓矢や魔術は使用しますか?」
不安に思ったので確認してみることにする。
「いえ、訓練ですので、双方とも死者が出るようなことはしません。剣も刃を潰したものを使いますよ」
「成る程。では、我々は旗の周りに陣取り、剣と剣でやり合うだけですね」
そう言うと、コベルテッドは苦笑しながら頷いた。あまり、戦術の訓練などにはならなそうである。
そんなことを思っていると、先に旗の前に待機していた第一騎士団が隊列を変えた。そして、先頭に立つリュベロンがこちらを見て大声を出す。
「間もなく、訓練開始の合図が鳴る! 今回の作戦は、我が第一騎士団が私と副団長とで二つに別れ、敵に奇襲を掛ける! 第五騎士団は防衛に尽力せよ!」
「……おっと、そう来ましたか」
リュベロンから作戦を言い渡され、コベルテッドは目を瞬かせながら呟いた。
返事をしようと手を上げた瞬間、合図らしき鐘の音が遠くで響き渡る。
「合図だ! では、任せたぞ!」
リュベロンはそう叫び、第一騎士団の半数を指揮して飛び出した。残りも反対側に向かって進軍を開始する。
コベルテッドはその様子を見送りながら、肩を竦めて溜め息を吐いた。
「……分散すると、旗を取りにきた相手の人数次第では何も出来ずに負けてしまいます。第一騎士団が向かった二方向以外の二箇所に分かれて隊列を組みましょうか」
困った困ったと、コベルテッドは頭を悩ませながら旗を見上げたのだった。
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